第1話:指輪の主

アインレーラ「こんなの、今更だよな。」
アインレーラ「どんなに大切なものでも、壊れてからじゃ戻せないのに。」
アインレーラ「もう兄弟なんかには、戻れないってのにな。」

ユウ「またこうして、エルバスの町をもう一度訪れる日が来るなんてな。」
メルク「何だか感慨深いのですよ~。」
?(ヨルスウィズ)「ふーん。ユウ君とメルクちゃんは、この学生街に来るの、初めてじゃないんだー。」
メルク「一度、キャラバンの護衛で来たことがあるのです。あのときは確か、魔術発表会の時期で……、」
ユウ「宿がなかったんです……。」
?(ヨルスウィズ)「あるあるだねー。」
?(ヨルスウィズ)「ま、今回はその心配はしなくてオッケーだよ。俺が肩書きをフルに使って君たちに上等のお宿を用意してあげるから。」
ユウ「どんなところなんですか?」
?(ヨルスウィズ)「学生寮!」
ユウ「……。」
?(ヨルスウィズ)「俺のアカデミーの寮をナメないでくれよ。家賃はひと月2万ゴルド、どんな生徒も即日入居。今話題のルームシェアにも対応だぜ!」
メルク「それは学生向けの売り文句ではないのです!?」
ユウ「旅の宿としての不安がすごい!」
?(ヨルスウィズ)「冗談だよー。真面目な話すると、学生の安全のために部外者は基本は入れないって決まりになってるんだ。」
?(ヨルスウィズ)「本当は、冗談抜きで5つ星の特上ホテルの極上スイートルームを用意している……。」
メルク「突然のランクアップなのです!」
?(ヨルスウィズ)「これが俺のコネだー。」
?(ヨルスウィズ)「ま、今回は俺がわがまま言って君たちに個人的なお願いをしたわけだしさ。これぐらいのもてなしはさせてくれよ。」
ユウ「そういえば俺たち、まだヨルスウィズさんの『お願い』について聞いてないんですけど.……。」
メルク「なのです!私たちへの頼みとはいったいなんなのですよ?」
ヨルスウィズ「ああ、それはね……。」
ヨルスウィズ「今日の『夜』を守る手伝いをしてほしい、ってことなのさ。」
ユウ、メルク「夜?」

アクセレータ「はいは~い、とうちゃあ~く!特急便空舟終点、『星祝祭』のエルバスの町でございまあ~す!」
ハリアープ「オーナメントの買い出しならこっちの空舟に乗ってきな。こっちは観光客用さ。」
ハリアープ「……って、アクセのやつ、30分はやく着きやがった。今日はいつもよりノってんな?」
キオ「紳士淑女の皆々さま、本日ございますのはたねも仕掛けもございます、不思議な魔術ショー!」
グイム「開催は本日正午から、あちらのエルバス中央広場でお待ちしております。期待の新人君のパフォーマンスにも、ご注目!」
アルシュータ「さすがは星祝祭、まだ昼だというのにすごい賑わいだ……。一日で周りきれる気がしませんね、セッカさん。」
セッカ「う、うん……。でも、ボク、アルシュータさんと一緒なら……。」
ヨルスウィズ「今日は、お祭りの日なんだ。」
ユウ「お祭り……?」
ヨルスウィズ「ああ。『星祝祭』っていうお祭りさ。」
ヨルスウィズ「祭の本番は夜だ。この国は魔法使いが……、いや、全ての人たちが。外国からの客までもが、今日の夜のためにやってくる。」
ヨルスウィズ「ところが、そこに困った来客もいるって話でね。来客は二人。ある『異変』と、ある『モンスター』だ。」
ヨルスウィズ「君たちに手伝ってほしいのはモンスターへの対応だ。……その魔法みたいな奇跡の力を借りたいのさ。」
ユウ「……そういうことだったんですね。」
ユウ「ヨルスウィズさん、そのモンスターって、一体どんなモンスターなんですか?」
ヨルスウィズ「おおー。話が早くて嬉しいな。」
ヨルスウィズ「この問題は、本当は君たちに頼ることじゃなくて俺たち、国の魔法使いが対処すべきことなのに……って思ってたんだけどね。」
メルク「みゅふふ。モンスターのことは、プロ癒術士のユウさんにどーんとお任せなのですよ!」
ユウ「あぁ、戦闘では守ってほしい時もあるんですけど。」
ヨルスウィズ「それくらい礼にも入らないって。」
ヨルスウィズ「君たちにどうにかしてほしいモンスター……ね。そいつは端的に言うと……、」
ヨルスウィズ「超でかいぬいぐるみだ!!」
ユウ「冗談ですか?」
ヨルスウィズ「マジだよ!」
ヨルスウィズ「マジなんだよ、これがー!おっきいぬいぐるみなんだってー、大人でも抱えきれないようなやつ!」
メルク「それは探し出したいモンスターというより、ヨルスウィズさんがいま欲しいものなのではないのです?」
ヨルスウィズ「いやまあ、ちょっと気になるけど……。」
ユウ「気になるんですね……。」
ユウ「あの、もう少し具体的な情報はありませんか?見た目についても、もっと詳しく。」
ヨルスウィズ「うーん、それがまだ種族名も分かってないんだ。キャッチャーな見た目だけは分かってる。」
シュトフティ「ガオオオオォォオ!」
メルク「あんな感じなのです?」
ヨルスウィズ「あ、そうそう!あんな感じじゃないかな?」
ヨルスウィズ「あれだー!」
ユウ、メルク「ええーっ!」
「モンスターだぁーっ!」
メルク「は、早いのです!いつになく展開が早いのですよーっ!」
ユウ「あっ、やばい!こっち来てる!」
ヨルスウィズ「あっぶねえ!」
シュトフティ「ガオッ……!」
ヨルスウィズ「癒術士には、戦闘用の護衛がいるんだったな!」
ヨルスウィズ「……つまり、俺一人でこいつの相手をしながらユウくんと観光客を守らなきゃってこと?」
「ぴゃっ!」
?(アシステア)「……。」
ユウ「あの子……!ダメだ、逃げ……、」
ヨルスウィズ「アシステアちゃん!」
「……。」
アシステア「……。」
アシステア「あわわわわ!?ああああ、あたし、さっき浮いてたわ!?あ、あたしの何がダメだったの!?」
「あーもー、今さらジダバタすんなって。」
アインレーラ「さっさと下ろして正解だったぜ。あの高さからお前が落ちてたら、俺、責任取れねーかもしれなかったしなー。」
アシステア「へ……、」
ユウ、メルク「アインレーラさん!?」
ヨルスウィズ「……。」
ヨルスウィズ「え?お前なんでいるの?」
アインレーラ「うげっ!?学園長!?」
ヨルスウィズ「アインレーラお前、休暇中はゴッテルに遊びに行くとか言って……、」
シュトフティ「ガオオォォォオ!」
ヨルスウィズ「うおっと!」
アインレーラ「ちっ。」
アインレーラ「……そこそこ攻撃範囲広いじゃん。厄介なやつが来たもんだ。」
アインレーラ「あー、もう!何でこう面倒なことばっか起こるかなー。俺、面倒なのってしんどいからきらーい!」
アシステア「あ、あの……、どなた?」
アインレーラ「俺?教師。」
アインレーラ「時間ねーから一個だけ聞くけどさー、お前、無事におうちに帰りたい?」
アシステア「う、うん……。」
アインレーラ「じゃあ、大人しくしてて。」
アインレーラ「学園長、ユウたちは頼んだぜ。俺はモンスターとこのガキを引き受けとくから。」
シュトフティ「ガオオオオォォオ!」
アシステア「ぴゃああぁっ!?」
アインレーラ「ビビんなって、へーきへーき。」
アインレーラ「……『応えよ。防げ。壁と謳え』
アインレーラ「俺、詠唱とか使わない派なんだけどなー。そうも言ってられねーか。」
アインレーラ「……今日は『星祝祭』だし。個人的な予定もあるし。『あいつ』が飛んでくる前に片付けたいかな。」
アインレーラ「『応えよ。縛れ。枷と謳え』」
シュトフティ「ガオ……ッ!?」
アインレーラ「『強めよ。鍛えよ。加速せよ』」
アインレーラ「『応えよ。斬り裂け。刃と』……、」
シュトフティ「ガ……、」
シュトフティ「オオォッ!」
アシステア「ひゃっ!」
アインレーラ「……ッ!俺の指……、」
「きゃあぁっ!」
シュトフティ「ガオォォォォォオオ!」
アインレーラ「……ッ!」
アシステア「……あ。」
アシステア「あ、あああ……、ああぁぁぁあ……!あたしのせいで、あたしのせいで……!」
ユウ「ア、アインレーラさん!?アインレーラさぁーん!?」
メルク「こここ、これは一体どういうことなのですよー!?」
ヨルスウィズ「……。」
ヨルスウィズ「……うーん。こいつは予想の斜め上の展開だなー。」
ヨルスウィズ「ま、人生ってそんなもんだよな!」
メルク「何深そうなこと言って締めようとしてるのですよ!?」
「……、」
アインレーラ「は?」

ヨルスウィズ「だからさー、何度も言ってんじゃん。」
ヨルスウィズ「巨大ぬいぐるみモンスターが町で暴れてて!」
ヨルスウィズ「俺とユウ君が町の平和を守るために戦って!」
ヨルスウィズ「そこにお前が合流したら!」
アインレーラ「俺がこうなってたって?」
ヨルスウィズ「うん。」
アインレーラ「馬鹿にしてんのか?」
ユウ「それが本当なんです……。」
メルク「なのですよ……。」
アシステア「……。」
ヨルスウィズ「うーん、俺は悲しいなー。頭脳明晰、一挙三反、ツンツンツンツンのアインレーラが急に物分かりの悪い教え子になっちゃってさー。」
ヨルスウィズ「もしかして、突然の出来事に思考停止してる?自分の身に起こったことを理解したくないとか。」
アインレーラ「してねーよ。つーかツンツンツンツンって何だよ。」
ヨルスウィズ「ツンツンデレデレって言おうとしたけど、お前にデレってなかったなーって。」
アインレーラ「あっそ。」
ヨルスウィズ「で?自分の身に起こったことはちゃんと分かった?」
アインレーラ「嫌でも分かってるっつーの。」
アインレーラ「……ここが、俺の知ってる世界の『10年後』だってことくらいはな。」
ヨルスウィズ「と言うより、お前が『10年前』に戻っちゃったって表現した方が適切だな。異変が起こったのはお前の方。」
ヨルスウィズ「お前さー、やっぱりまだ思考停止してない?ちょっとテストしてみる?」
アインレーラ「いい。」
ヨルスウィズ「第一問!お前は今から1時間前、何をしていたんでしょうか!」
アインレーラ「……期末試験を受けてた。丁度終わって、帰って来た。」
ヨルスウィズ「ふーん。」
アインレーラ「何だよ。」
ヨルスウィズ「正解は俺たちも知らねー。1時間前にお前と顔を合わせちゃいなかったし。」
ヨルスウィズ「でも、不正解だぜ。『今』のお前は、受ける側じゃなくて、出題する側だから。」
アインレーラ「出題?」
ヨルスウィズ「『お前』は我がアカデミーの教師さ。」
アインレーラ「は?」
ヨルスウィズ「『は?』じゃないよ。」
アインレーラ「いい加減にしろよ。」
ヨルスウィズ「いやいや、ほんとだよ!なー、ユウ君!」
ユウ「は、はい!」
ヨルスウィズ「メルクちゃん!」
メルク「アカデミーの学園祭で会ったこともあるのですよ!」
ヨルスウィズ「アシステアちゃん!」
アシステア「……。」
アインレーラ「知らねえじゃねーか。」
ヨルスウィズ「こ、この子だけさっきお前と会ったばっかりだから!」
アシステア「……。」
アインレーラ「……おい、そこのバンダナ。」
ユウ「は、はい?」
アインレーラ「俺が……、くそ、ややこしいな。『若返る前の俺』がどこから来たか分かるか。」
ユウ「え?えっと……、」
メルク「確か、あの宿屋さんの窓から飛び出してきたのですよ。」
アインレーラ「サンキュー。じゃ。」
ユウ「……。」
メルク「……。」
ユウ「行っちゃった。」
メルク「のですよ。」
ヨルスウィズ「何だ、あいつ。もしかして現実逃避でも始めた?」
メルク「ヨルスウィズさん、さっきの女の子もついて行ってるのですが……。」
ヨルスウィズ「んー!?アシステアちゃんも!?」
ヨルスウィズ「わー、大丈夫かな?学生時代のあいつとか、『今』以上に子供の相手ド下手くそな気しかしねーんだけど。」
ユウ「で……でも、将来教師になる人ですし、大丈夫なんじゃないですか?」
ヨルスウィズ「あいつにも若い頃があったんだよ。」
ユウ、メルク「……?」

アインレーラ「酒瓶、酒瓶、酒瓶、つまみ、酒瓶、つまみ……。」
アインレーラ「これが『将来の俺』かよ。……最悪だ。」
アインレーラ「こんなの、ただの飲んだくれじゃねーか。部屋も散らかってるし……、」
アインレーラ(……いや、部屋の方は違うな。窓が開いてたってことは、モンスター攻撃の煽りでも食ったのか?)
アシステア「あの……。」
アインレーラ「お前、さっきの……。」
アシステア「えと……、アシステア。」
アシステア「アインレーラ、さん。さっきは、その……、ありがとう。」
アインレーラ「何が。」
アシステア「え?」
アインレーラ「お前には悪いけど、今の俺にはさっきまでの記憶がな……、」
アシステア「……。」
アシステア「ごめんなさい!ぜんぶぜんぶ、あたしの、しぇい……!あたしがダメな子だからなんだわ~っ!」
アインレーラ「はあっ!?」
アインレーラ「おまっ……おい、やめろって!急に人前で泣き出すんじゃねーよ!」
アシステア「ごみぇんなしゃい……。」
アインレーラ「俺の話聞けよ!」
アシステア「ごみぇんなしゃひいぃ……。」
アインレーラ「いや、だから……。」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「ほら!……ハンカチ。」
アシステア「あ……。」
アインレーラ「『あ』じゃねーよ。顔拭け、ほら。」
アシステア「ぷぎゅ!」
アインレーラ「いいか?人にお礼言うのも、人に謝るのも急にやったって伝わらねーもんなんだよ。」
アシステア「……ひぐっ。」
アシステア「……さっき、アインレーラさんは、おっきなモンスターから、あたしを……助けてくれたの。」
アインレーラ「それが『ありがとう』かよ。で、『ごめんなさい』は?」
アシステア「それは……、」
アシステア「その……、いろいろ。」
アインレーラ「はぁ?」
アシステア「……。」
アインレーラ「分かった!分かったから!」
アシステア「あたしの……、そ、存在とか……っ。」
アインレーラ「急に重てーこと言うな!」
アシステア「あ、あたしがいたから……、アインレーラさんが……。」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「ったく、お前が気に病む必要なんかねーよ。お前みたいな半人前のガキをモンスターから守ろうとするのは、おかしなことじゃない。」
アシステア「え……、」
アインレーラ「その『当然』でしくじった『俺』に落ち度がある。……部屋がこの様子じゃ、肩書だけのろくでもねー野郎だったっぽいしな。」
アシステア「それは……、その、ち、違うわ!」
アインレーラ「何が。」
アシステア「おへやが散らかってるのは、あたしのせいなの!あたしがダメだから、こうなっちゃったの!」
アインレーラ「え?」
アシステア「きっと!」
アインレーラ「……一応聞いておくけど、この部屋、お前が散らかしたのか。」
アシステア「そ、それは、そうじゃないけど……。」
アインレーラ「なら謝る必要ねーよな。」
アシステア「……。」
アシステア「あたしのせいじゃない……?」
アインレーラ「多分。」
アシステア「……!」
アシステア「ありがとう、アインレーラさん!アインレーラさんって、やさしいのね!」
アインレーラ「いや、別に。」
アシステア「ね、ね、アインレーラさんは何をしてるの?」
アインレーラ「家探し。」
アシステア「やさがし……!?」
アシステア「……『やさがし』って、なあに?」
アインレーラ「お前は知らなくても生きていけるよ。」
アインレーラ「トランクか。中身は書類と……、」
アインレーラ(予備の魔道具。この事態をどうにかできそうなものは……)
アインレーラ「……チッ。使えそうなもん、全然ねーじゃねーか。」
アインレーラ「これからどうするか……、ん?」
アインレーラ(何だ、これ。……メモ?)
アインレーラ「……、」
アシステア「アインレーラさん?」
「……。」
アシステア「あら?今、まどの外で何か……、」
?(ネウル)「……。」
アシステア「えっ!?」
アインレーラ「……!」
アシステア「ど、どういうこと?今のモンスター、ネウルだったのにフロワだったわ!ネロワでフウルだわ!」
アインレーラ「落ち着け。全部違う。」
アシステア「そんな……!」
アインレーラ「あいつは……、」

「お前を愛してる。」
「お前を心から愛してる。」
「それでいいだろ。」

アシステア「……アインレーラさん?」
アインレーラ「……何でもない。」

ヨルスウィズ「ふーん。」
メルク「みゅ?ヨルスウィズさん、どうしたのですよ?」
ヨルスウィズ「いやー、珍しい奴がいるなー、って。」
ヨルスウィズ「モンスターが町に現れたり、アインレーラが若くなったり色々とんでもないことは起こってるけど、『彼』が動くほどの事態じゃないはずだからさー。」
ヨルスウィズ「お前もそう思うよな。」
「そうねん、学園長。今日起こっていること全て、『裏』も『繋がり』もありそうで……、」
シエラ「とっても面白そうだわ。」

タイトルとURLをコピーしました