第2話:学生と学園長と女の子

「ヨルくん、アインレーラさんは何をしてるのかしら?」
「あれは魔道具の整備だよ。魔道具は事前の準備が肝心だからねー。」
「あら?アインレーラさんは、どうして向きを変えたのかしら?」
「がっつり下準備してるのを見られたくないからだろうねー。見られるのは恥ずかしいなー、って思ってるんだよ!」
アインレーラ「何でいんの?」
「きゃっ!ど、どうしよう、ヨルくん!あたしたちがベッドの下にかくれてるって気づかれちゃったわ!」
「大丈夫だよ、アシステアちゃん。ここだけの話、実はとっくの前から気づかれてた。」
「そんな……!」
アインレーラ「何でいんの?」
アシステア「そ、その……。あたし、アインレーラさんのお手伝い、できないかしらって……。」
アインレーラ「なら何で隠れてたんだよ。」
ヨルスウィズ「俺、お前のことが心配で……。特にアシステアちゃんに大人げない態度をとらないかどうか。」
アインレーラ「うるせーよ。」
アシステア「ア、アインレーラさん!あたしにに何か手伝えることってある!?」
アインレーラ「ない。」
アシステア「……。」
アインレーラ「……ある。」
アシステア「……!」
アシステア「ね、ね、あたし、何すればいいの?」
アインレーラ「あー……、……部屋の片付け、とか。」
アシステア「はあい!」
アインレーラ(箒を動かすのなんか、初歩の初歩だしな。最悪魔法を使わなくても……)
アシステア「『帰らぬざんえいよ。止まれ。ひるがえれ。再びいでよ』」
アインレーラ「ん?」
アインレーラ(三音節以上の詠唱?それも、アカデミーですら習わねえような……)
アシステア「『戻らぬ』……、『ざんしよ』。えっと……『直せ。去るな。再びいでよ』」
アインレーラ「……、」
アシステア「えっと、えっと……。『今ここに、かにょ』っ!」
アシステア「……できなかったわ。」
アインレーラ「何が?」
アシステア「あたし、やっぱりダメな子なんだわ。おへやだって元に戻せないんだもの……!」
アインレーラ「俺の話を聞けよ。」
アシステア「あ、えと……、あたし、魔法でおへやを元に戻そうって……。でも、全然ダメだったの。」
アインレーラ「何の魔法だか知らねーけど、お前、その魔法は普段の練習なら使えるのか?」
アシステア「あ、あんまり……。」
アインレーラ「なら本番でできるようになるわけないだろ。」
アシステア「……!」
ヨルスウィズ「お前さー、ものには言い方があるって知ってる?」
アインレーラ「できないことの練習を積み重ねて、練度を上げなけりゃ、何だってできるようになるわけないんだよ。」
ヨルスウィズ「このくらいの年の子はね、普通はお前ほど『頑張る』ってことが分かってないの。」
ヨルスウィズ「自分の考えを伝える時は、伝え方が肝心だぜ。相手に何か教える時は、相手の気持ちを考えて言葉を選ぼうな!」
アインレーラ「……。」
ヨルスウィズ「返事が聞こえないんですけど?」
ヨルスウィズ「アシステアちゃん、元気出してー!女の子の気持ちが分かんない奴なんかほっとこう!」
アシステア「いいの、ヨルくん……。アインレーラさんの言うとおりだもの。あたしがダメな子なのが悪いの……。」
アインレーラ「おい。」
アシステア「ぴゃっ!ご、ごめんなさい!」
アインレーラ「怒られてねえのに謝るな。返事は『はい』でいい。」
アシステア「ごめ……、は、はい。」
アインレーラ「まず、お前はダメじゃない。」
アシステア「え。」
アインレーラ「俺が見てる限り、お前が魔法を使いこなせないのは魔力制御の問題だ。自分の魔力を自分でコントロールしきれてない。」
アインレーラ「制御能力は、おまえの修行次第でいくらでもよくなる。自分がダメだって言い訳で投げ出すな。」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「……今のは、お前はちゃんとできることがあるからそうめそめそすんな、って意味で……、」
アシステア「本当?」
アインレーラ「……、嘘、じゃない。」
アシステア「……!」
アシステア「ありがとう!先生!」
アインレーラ「先生?」
アシステア「だって、あたしに大切なことを教えてくれたもの!」
アインレーラ「は……、」
ヨルスウィズ「ふーん。なかなかやるじゃん、アインレーラ先生。俺の心配なんかいらなかったですねー。」
アインレーラ「俺は、先生、じゃない。」
ヨルスウィズ「俺にだけリアクションが辛辣じゃない?気安さの裏返し?」
アインレーラ「ストレートな辛辣さだよ。」
アインレーラ「……最悪だよ、マジで。自分と他人を重ねてイラつくとかさ。」
ヨルスウィズ「それでさー、アインレーラ先生はどうして急に魔道具磨きなんか始めちゃったわけ?」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「『あいつ』に会った。」
アインレーラ「『あいつ』は人前に無駄に姿を現したりしない。俺におかしなことが起こったからって様子を見に来るなんてことも……、あるわけない。」
アインレーラ「この町で起こっていることは『何か』があるんだ。だから、アカデミー学園長のお前が『烏』なんか連れてエルバスの町にいるんだろ。」
ヨルスウィズ「おー、ご名答。優等生のお前が戻ってきたじゃん。」
アインレーラ「俺は初めからこうだっつーの。」
アインレーラ「聞かせろよ学園長。この町で起こってることについてな。」

ユウ「ま、魔法薬入りの瓶が一つ、二つ、三つ……、こ、これ以上持てない……。」
頭蓋骨「やーい、貧弱ーぅ!」
ユウ「ぐはっ!」
メルク「ユウさーん!」
メルク「や、やめるのですよ!それ以上の貧弱ネタは私が許さないのです!」
頭蓋骨「お前はつるぺた。」
メルク「みゅわっ!」
ユウ「メルクー!」
シエラ「店の片づけ、あなたたちに頼んで正解だったわん!見てて全然飽きないもの!」
ユウ「さっき、俺たちに『手伝って欲しいことがある』って言ってましたけど……、それがこの片付けなんですか?」
シエラ「それは別件。」
ユウ「ということは、この仕事は……?」
シエラ「掃除くらい、本当は魔法ですぐできるんだけどねん。」
ユウ「辞めます。」
メルク「清々しい表情なのですよ……。」
「あっ、ユウくん!メルクちゃん!」
メルク「みゅ?この声は……、」
ユルエ「久しぶりなんだよ~!魔法の国に来てたんだね!」
メルク「ユルエさん!お久しぶりなのですよー!」
ユウ「ってことは……、」
ルスティ「よう、ユウ。」
ユウ「ルスティ!」
ルスティ「発表会の時以来だな。元気そう……、」
ルスティ「じゃないな。厄災の魔女に何かされたのか?」
ユウ「ご明察です……。」
シエラ「ひどい言い草。傷ついたから、今日はもう店じまいにしようかしら。」
アイザック「それは残念だ、レディ。せっかく君の創作魔法を目当てにエルバスの町まで来たっていうのに。」
シエラ「アイザック……。久しぶりね、いつ以来だったかしら?」
アイザック「アロイス博士の研究発表以来だ。最近は俺の方が忙しくなってしまって、あまり会えていなかったからな……。」
アイザック「しばらく見ないうちに装いも変えたのか?よく似合ってる。」
シエラ「あら、どうも。気に入ってる私服なのよねん、これ。ちょっとレトロなのがかわいいでしょ?」
アイザック「ああ。その意匠を見ていると、若かった頃を思い出す。君は、アインレーラやアロイス博士とアカデミーに……、」
ピエトロ「何をしているのだ、ヒトデ男!俺とリュカリュカがつっかえてるぞ!」
アイザック「いたっ!痛い痛い!魔法剣の先でつつかないでくれ!」
リュカリュカ「ピ、ピエトロ……!お、お師匠さまが痛がってる……!」
メルク「みゅわ~、急に大繁盛なのですよ!」
シエラ「今日は星祝祭だもの。みんな、プレゼントを買いに来てるのよ。」
メルク「星祝祭……。」
ユウ「プレゼント……。」
ユルエ「あれ、知らないんだよ?」
ユウ「そういえば、ヨルスウィズさんたちがそんなことを言ってたような……。」
ピエトロ「町の周りにオーナメントが飾ってあっただろう。あれはな、今夜の星祝祭の準備なのだ!」
メルク「そういえば、そんな飾りもあったような……。」
ユウ(色々ありすぎて頭から飛んでた……)
メルク(のですよ)
ルスティ「星祝祭は、『アストロギアの夜』と呼ばれる年に1度の特別な星の巡りを祝って、親しい人に魔道具を贈る祭日なんだ。」
ルスティ「魔法の国には、星祝祭に合わせて家族で杖や帽子を贈りあう風習があってな。」
ルスティ「それが発展して、家族に限らず大切な人に魔道具を贈るようになったんだ。贈るものも変わって……、」
シエラ「こういう指輪型の魔道具を贈るの。『その手に星の祝福を』ってね。」
メルク「みゅわ~!綺麗な指輪なのですよ!」
シエラ「これ、今年の新作なのん。」
ユウ「シエラさんが作ったんですか?」
ルスティ「つけたら鳥頭になったりしないだろうな。」
シエラ「堅物ってこれだから嫌だわん。発想がワンパターンなんだもの。」
ルスティ「前例を作ったのはお前だろ!もし、これをつけた師匠に何か起こったら、絶対に許さないからな!」
シエラ「じゃあ特別に、つけたら頭がゾウになる魔法をかけておくわね。」
ユウ「新作だ!」
アイザック「君は相変わらず素直じゃないな。」
ユルエ「う、うーん……。すっごく綺麗な指輪だけど、これをつけたらるーくんがゾウ頭に……、」
ユルエ「……はっ!何でもない、何でもないんだよ、るーくん!」
ルスティ「お前はお前で、何を一人で慌ててるんだ……。」
ルスティ「……やっぱり俺には、災厄の魔女の考えてることは分からん。師匠の分も、ユルエの分と一緒に買ってくれば……、」
ルスティ「……!な、何でもない!何でもないからな!」
ユルエ「るーくんもどうして一人で慌ててるんだよぅ!?」
メルク「みゅ~ん……。でも、不思議なのです。どうして杖や帽子だったものが指輪に変わったのですよ?」
シエラ「そっちの方がロマンチックだからよ。」
メルク「みゅわ~……!」
ユウ「……。」
メルク「もう、ユウさん!どうしてこの乙女のロマンスが分からないのですよ!」
ユウ「だって俺、乙女じゃないし!」
シエラ「杖や箒より指輪に惹かれる理由、男の子には分からなくても、女の子には分かるのよねん。」
メルク「みゅふふ~、シエラさんの言う通りなのです!」
ユウ「いや、それはプレゼントの中身が変わった理由になってないだろ。」
メルク「もう、ユウさんはこれだから……、」
メルク「って、言われてみればユウさんの言う通りなのですよ!?」
ユウ「ほらー!」
アイザック「いつ、どうしてプレゼントが指輪に変わったか、はっきりとした定説は実はないんだ。」
アイザック「だが昔は、贈る相手の身を案じて実用的なものを贈ることが相手に気持ちを伝える一番の方法だと言われていた。」
アイザック「癒術士の登場や他国との交流で国が変わり、アカデミーによって魔法の学び方が変わり、魔道具の発展も顕著になってきた。」
アイザック「そういった変化に合わせて、プレゼントも変わったのだろうね。」
ユウ「なるほど……。」
アイザック「製法もとってもマーヴェラスだ。星憶魔法石と呼ばれる、特別な石を使うのさ。その輝きはとても美しく神秘的で……、」
シエラ「持ち主の大切な記憶を、その輝きに閉じ込めておいてくれる、なんて言い伝えもあるのよねん。」
メルク「ロマンスなのですよ~……!」
シエラ「でしょう?」
アイザック「だから祭日の贈り物に使われている、というわけだな。逆に、それ以外の場所では滅多に見ないものだが。」
ユウ「どうしてですか?」
アイザック「実用的な魔道具には不適だし、何より貴重なものだからさ。限られた場所でしか採れないからね。」
アイザック「星憶魔宝石が採れるのは、ゴッテル地方、ダルフ地方、それから……、」

ヨルスウィズ「このエルバスの町の森だ。」
ヨルスウィズ「今年、その森に星憶魔宝石採掘に行った魔宝石採掘業者たちから連絡があった。森が異様に『寒い』らしい。」
ヨルスウィズ「太陽が出ていても日が差し込まないせいで、あの辺のモンスターも気が立ってるっていう。」
ヨルスウィズ「おまけに、『巨大ぬいぐるみモンスター』の目撃情報だ。数か月前の森のアカデミーの調査じゃ、そんなモンスターは発見されなかったってのに。」
アインレーラ「それでお前が手を出したのか?」
ヨルスウィズ「エルバスの町には学生が多いからさー。学園長としては、学生街の安全は気になっちゃうわけ。」
ヨルスウィズ「ユウ君も呼んだが、急にお前が学生になるし、当のモンスターはいつの間にか消えちゃうしで、朝からトラブル続きだよ。」
ヨルスウィズ「ああ~……。こんな厄介ごとがなけりゃ、俺は今頃ロイツェの学会で研究者漁りしてたのになー……。」
アシステア「……あたし、お姉さまに言われたの。エルバスの森には入っちゃダメよって。」
アシステア「森で遊べなくなっても、悲しくないわ。お姉さまはあたしを心配してくれてるって、分かってるもの。」
アシステア「でも、モンスターのせいで魔宝石がとれなくなって、星祝祭の指輪をあげられなくなっちゃうのは……、」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「つーか、そんなに大事ならお前より先に治安維持部が手を打ってるんじゃないのか?何か聞いてないのかよ。」
ヨルスウィズ「動いてるってのはちらっと聞いた、ような気がしなくもない。」
アインレーラ「はっきりしねーな。」
ヨルスウィズ「いやー、連絡取るのめんどくて、ちゃんと話聞いてなくてさー。」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「……お前がエルバスの町にいた理由は分かった。じゃあ、『あいつ』が町に来てた理由は何なんだ?」
ヨルスウィズ「えー、そんなの知らねーよ。本人に聞いて。」
アインレーラ「……じゃ、モンスターが森に現れるようになった理由は?」
ヨルスウィズ「知らない。」
アインレーラ「俺が若返ったのは?」
ヨルスウィズ「知らなーい。」
アインレーラ「……、お前が10年前から全然見た目が変わってねーのは?」
ヨルスウィズ「それは内緒!」
アシステア「ヨルくん、すごいわ!」
ヨルスウィズ「えへへー!」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「結局、ろくな手がかりはなしかよ。一番手が出しやすそうなのは森の異変か……。」
アシステア「そうなの?」
アインレーラ「森は立ち入り禁止なんだろ?ってことは、わざわざそこに入った奴には何かしらの事情があるってわけだ。」
アインレーラ「……『応えよ、示せ、導きと謳え』」
アシステア「これって……?」
ヨルスウィズ「ふーん、魔道糸か。」
ヨルスウィズ「汎用性が高い分、使用者の練度によって性能が大きく変わる玄人向けの魔道具だ。こんな風に使いこなせる人間はそういない……、」
ヨルスウィズ「……とは言え、たかが探知の一つでここまで肩肘張らなくてもいい気がするんだけどなー。」
アインレーラ「……。」
ヨルスウィズ「ちなみに、そんなアインレーラを育てたのは俺!」
アインレーラ「お前はいちいち茶番を挟まねーと生きてけねーのか。」
ヨルスウィズ「分かってないなー。俺はおまえの気持ちをほぐしてあげようと思って……、」
アインレーラ「教え子相手に余計な気使うなよ。一応、俺の恩師だろ。」
ヨルスウィズ「アインレーラ……!?急にデレるなんて、一体どうしちゃったんだよ!」
アインレーラ「今のなし。」
ヨルスウィズ「急にツンになった……。」
アシステア「先生、どこへ行くの?」
アインレーラ「……さっきの探知で一人、森の深くまで立ち入った奴がいる。」
アインレーラ「そいつに会いに行って、怪しかったら魔術協会に引き渡す。今の居場所ももう掴んだ。」
アシステア「まあ……!魔道糸って、そんなことまで分かるの?」
アインレーラ「初歩だよ、こんなの。」
ヨルスウィズ「本当はめっちゃ上級だよ。」
アシステア「先生、すごい!」
アインレーラ「俺は先生じゃない。」
アシステア「で、でも、ヨルくんはさっき、せんせい……、って言ってたし……。」
アインレーラ「何かの間違いだ。」
アインレーラ「教師なんて冗談じゃねーよ。俺は、教え子の人生に責任を持たなきゃいけない面倒な生き方なんか嫌だね。」
アインレーラ「それに……、」

「アインレーラ、手を出して。魔道具の使い方を、教えてあげる。」

アインレーラ「『先生』ってやつに、いい思い出もないしな。」
アシステア「……。」
「アインレーラ、ひどい!何でそういうこと言うの!?」
「あっ!?違う、今のはお前のことじゃなくて……、」
「アインレーラのバカ!もう知らねー!」
「勝手に嫉妬してへそ曲げるんじゃねーよ!ほら、さっさと行くぞ!」
アシステア「……。」
アシステア「ねえ、ヨルくん。」
ヨルスウィズ「へ?アシステアちゃん?」
アシステア「どうして、あたしのことを黙っててくれるの?」
ヨルスウィズ「……。」
ヨルスウィズ「んー、そうだなー。今のアインレーラに話すと、余計にあいつを混乱させそう、っていうのが一番かな。」
ヨルスウィズ「それに、今『本当のこと』を言ったところで何も変わらないしね。」
アシステア「……。」
アシステア「……そうね。……そうよね。」

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