第13話:兄と弟

アインレーラ「ちっ、混んでるな。早く行かねーと。」
アインレーラ「……シエラ!そこにいるんだろ、頼みが……、」
アインレーラ「うわっ!?」
シエラ「もう。驚かせてあげようと思ったのに、つまんなーい。」
アインレーラ「う、浮かせてくれとは頼んでねーだろ!」
シエラ「でも、観光客もいて混んでる地上より、箒も飛ばない空の上のほうが空いてるでしょ?」
シエラ「それに、二人きりで話をするにはちょうどいい静けさだわ。」
アインレーラ「話……!?悪いけど、今そんな暇ねーんだよ!」
シエラ「あら、残念。じゃ、約束の品はいらないのかしら?」
アインレーラ「約束の品って……、」
シエラ「あなたにこれを作ってあげる、っていう約束。」
シエラ「ありがたく受け取りなさいな。『厄災の魔女』が、癒術士の癒術を参考に作り上げた、オーダーメイドの『切り札』よん。」
アインレーラ「……何だこれ。こんな構造の魔道具、見たことねえ。」
シエラ「当然よ。それはきっと、この世で初めて創られたもの。」
シエラ「封呪魔道具ですもの。」
アインレーラ「封呪……、」
シエラ「呪いを解く方法には二つあると言われているわ。一つは、通常の魔法を解く方法と同じ『解呪』。」
シエラ「もう一つは、解呪でも解けない強大な呪いを止めるための特別な魔法……『封呪』。読んで字のごとく、『解けない呪いを封ずる』もの。」
アインレーラ「……、」
シエラ「これがあれば、あの呪いに決着を付けられる。そういったのはあなただったわ。」
アインレーラ「……覚えて、ねえ。」
シエラ「分かってるわよ。」
シエラ「……『あなた』は昔、私の店に来て言ったわ。詳しいことは語れないけど、自分には解かなければならない呪いがあるって。」
アインレーラ「『俺』が?」
シエラ「昔の服に、小さな魔道具の欠片がついてるのに気づいたと言っていたわ。」
シエラ「それが歪んだ魔力を帯びてひどく冷たくなっていたことも。」
シエラ「大した呪いじゃなかったけど、『あなた』には解けなかったらしいの。」
シエラ「まあ、魔道具は呪いと相性が悪くて専用の魔道具がほとんどないから、仕方ないのだけど。」
アインレーラ「だから『俺』は、お前に頼んだのか。お前なら、封呪魔道具を作ってくれるんじゃないかって。」
シエラ「そういうことねん。」
シエラ「……『あなた』は自力で呪いを解けなかった。だから、いつか自分で決着をつけられるよう私の魔道具が完成するまで待つと言ったわ。」
シエラ「それがこんな状況だなんて、私にとっても予想外だったけど……、意思は変わりないようね?」
アインレーラ「……ああ。」
アインレーラ「あの呪いは俺がどうにかする。それで……、」
アインレーラ「あの過去に、決着を付けたら。」
アインレーラ「あいつと仲直り、したいんだ。」
シエラ「……へえ、そう。」
シエラ「慣れないけど、悪くないわ。今のあなたの、そういう素直なところ。」

シエラ「あなたって本当、素直じゃないのねん。」
シエラ「……自分一人の手に負えないって分かってるなら、初めから協力してくれって言えばいいじゃない。」
アインレーラ「この件はちょっと特別でな。誰にも話せないし、話したくないんだよ。」
シエラ「依頼する相手にも?」
アインレーラ「いやだから、悪いって何度も言ってんじゃん。そういうのも含め、お前しか頼れそうにないってこともさぁ。」
シエラ「……もう一度聞くけど、本気なの?封呪の魔道具なんて、私でもすぐに作れる代物じゃないわ。そしてあなたでも、すぐに使いこなせるとは限らない。」
アインレーラ「分かってるっつーの。呪いは、魔道具とは一番相性の悪い相手だ。」
アインレーラ「それにあれは、俺にとっては相手にしにくいもんだからな。オーダーメイドの魔道具を用意したとしてもそう簡単に片がつくとは思えねーわけ。」
アインレーラ「……お前の腕を軽く見てるわけじゃないぜ。相手が、色々こじらせちまった厄介な思いってだけだ。」
シエラ「そこまで見通しがついているってことは、何か他にも手があるわけ?」
アインレーラ「ま、一応はな。これとか。」
アインレーラ「学園長からの許可ももらってる。あいつには何も話してねーけど、……ま、大体気づかれてるだろうな。」
シエラ「何だ、あなた、教師辞めるのね。」
アインレーラ「いや、何でそうなるわけ!?長期休暇届って書いてあんじゃん、ここ!」
シエラ「2年も教師を休んでいたら、ほとんど辞めたようなものでしょう。大体の生徒には忘れられるんじゃない?」
アインレーラ「……。」
シエラ「そんな休暇まで取って、何するのよ。どこかで修行にでも明け暮れるつもり?」
アインレーラ「俺、そういうキャラじゃないんで。」
アインレーラ「紋章だよ、紋章。俺の魔力量じゃ、いくらお前の魔道具の出来が良くても俺の方が先に使い物にならなくなっちまうはずだからな。」
アインレーラ「それに、リュ……教え子のこともあるし。あいつには色々教えてきたけど、もうそろそろ、今まで教えてこなかったことを教えないとねー。」
シエラ「何を教えるのん?」
アインレーラ「せんせー離れ。」
シエラ「ふうん、ちょうどいい機会ってわけ。」
アインレーラ「そんなとこ。あいつに忘れられてたら、その時は俺はそれまでの教師だった、ってことだな。」
アインレーラ「……。名目上も、実際のところも、あいつの師匠は俺だ。」
アインレーラ「でもさー、俺も思うわけよ。人の師ってのは、誰かに何かを教える能力より先にそうしてもいい資格がなきゃ名乗れないもんだって。」
アインレーラ「俺自身が自分の後始末もできない人間じゃ 師と名乗る資格も、師と仰がれる資格もない。つーか、ダサいだろ、そういうの。」
シエラ「だから誰にも頼りたくない、ってこと。」
アインレーラ「……この件は俺の責任だから、魔術協会や『あいつ』の横杖が入る前に俺が片をつけなきゃならねえ、ってところもある。」
アインレーラ「まあ結局、お前に頼らざるを得なかったんだけどな。」
シエラ「妥当なところでしょ。この前まで院生で、教え子も一人しか持ってない新人が一人で何でもできるわけないんだから。」
シエラ「ま、人の師も人の子、ってことね。」
アインレーラ「お前にこんな話するんじゃなかったわ。」
シエラ「あなたがこんな真面目な話をしたのは、事情を全て話せない代わりに私に義理を通すためだと思ってたけど、違うのかしら?」
アインレーラ「ほんと、お前にこんな話するんじゃなかったわー。」
アインレーラ「……まあ、ともかくそういうことなんで。頼むぜ、シエラ。」
アインレーラ「俺の過去には、俺が始末をつけるのが道理だからな。」

「……違う。お前は、何にも、しなくていいんだ。」
「あれは全部、俺のせいで……、だから俺が、止めなきゃ……、」
レルハルニー「……っ!」
レルハルニー「……。」
レルハルニー(屋敷じゃない、アインレーラもいない……)
レルハルニー「まさか……、」
レルハルニー「……魔力封印の魔道具か。俺がこれ以上暴走しないように……、俺が、邪魔をしないように、つけたのか。」
レルハルニー「邪魔だな……!」
レルハルニー(俺があれだけやって、止められなかった呪いなんだ。あいつが何をしても止められるわけない)
レルハルニー(俺が止めないと、誰もあいつを止めてくれない……!)

「お前が守りたかった子供はもういない。今のあいつはもうお前が昔のように守るべき子供じゃない。そしてお前たちは、きっともう、元に戻れやしないよ。」
「『お兄ちゃん』の演技はもうやめようぜ。一人芝居じゃ、兄弟なんか演じ切れないんだよ。」

レルハルニー(これは、俺の『本当』だ)
レルハルニー(俺はあいつの兄なんだ。あいつが生まれてくる前から。あいつが家を捨て去っても)
レルハルニー(あいつがもう、そう思ってなくても)

「お前はそれで満足か?」

レルハルニー「……っ。」
レルハルニー「なら、どうしろっていうんだ?」
レルハルニー「俺が何をしてもあいつの心を傷つけるなら、俺があいつを守る方法はこれしかないんだ……!」

シエラ「はい、到着。……思ってたより、ずいぶんな有様ねん。」
アイザック「……。」
クラフト「君たちは……?」
シエラ「助っ人、兼、真打。」
リュナリュナ「……お前たち、何故来た。」
アインレーラ「悪いが、詳しい事情を話してる暇はねえ。……その結界、一瞬だけ解いてくれ。俺が中に入って呪いを解く。」
リュカリュカ「ふえぇぇっ!?」
リュカリュカ「そ、そんなの、危ない……!そんなことしたら、こ、凍えちゃう!」
リュナリュナ「……ふざけるなよ。この僕がはいとでも言うと思うのか?」
アインレーラ「思ってないから頼んでんだろ。」
リュナリュナ「黙れ!僕は、僕の言うことを聞かずに消える奴が一番嫌いなんだ!」
アインレーラ「消えたりしねーよ。」
アインレーラ「まだ、やることがあるんだ。」
リュナリュナ「……。」
アイザック「分かった。」
リュカリュカ「お師匠さま……、」
アイザック「俺たちだけで食い止めているのはもう限界だ。お前がこの呪いを止めてくれるなら、それに越したことはない。」
アイザック「そうですね、クラフトさん。」
クラフト「ああ。僕たちには、この呪いに対する有効打がない。」
アイザック「心配するな。最悪の事態が起こらないよう、俺もでサポートさせてもらうよ。」
アイザック「この彗星の光術士が、マーヴェラスにな。」
アインレーラ「え……、」
アインレーラ「アイ……ザック。」
アイザック「やれやれ、やっと気づいてもらえたか。自覚はなかったが、俺は昔と今とでそんなに変わったのかな?」
アインレーラ「……俺の記憶の中じゃ、自称だった。その『彗星の光術士』ってやつ。」
アインレーラ「本当になったんだな。弟子もいるのか。」
アイザック「ああ。お前と同じだよ。」
アインレーラ「俺と……、」
シエラ「悪いけど、つもる話はそこまでにした方がよさそうねん。」
アイザック「……、そのようだな。」
アイザック「すまない、アインレーラ。この続きは、また後ででもゆっくりしようじゃないか。」
リュカリュカ「え、えぇっ!?この人、アインレーラせんせー、なの……!?」
リュナリュナ「……。」
アインレーラ「糸、返しそびれてたな。」
アインレーラ「ありが……、」
リュナリュナ「いらない。」
リュナリュナ「それをどうしても僕に返したいなら、この騒動を解決してからにするんだな。」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「分かった。借りてくよ。」
リュナリュナ「……っ。」
リュナリュナ「……僕はお前の、そういう僕の思い通りにならにところが大嫌いなんだ。」
リュナリュナ「さっさとしろ!僕の記憶の中のお前は、へらへら笑いながら何だってやってのける魔法使いだろうが!」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「俺は、お前の知ってる『そいつ』じゃない。」
アインレーラ「でも、いつかそうなってやるよ。」

アインレーラ(寒い)
アインレーラ(……どこだ、ここ?さっきまで屋敷にいたのに)
【アインレーラ】
アインレーラ「……兄貴?」

リュカリュカ「お、お師匠さま……!せんせー、一体、どうしちゃったの?」
リュナリュナ「あんなに呪いの近くで倒れてたら、こ、のまま、じゃ……!」
アイザック「落ち着け、リュカリュカ。気を失っているだけだ。」
クラフト「呪いは感情……心だからね。それと真正面から向き合うとこうなる。僕たちにできることは……、」
リュナリュナ「いざという時にあの男を引きずり出すことだけ、か。」
シエラ「まずいわ。」
アイザック「何かあったのか?」
シエラ「もうとっくに起こってる。」
シエラ「本当なら、もうとっくに呪いは封呪できているはずなのよ。でも現実はこのありさま。」
リュナリュナ「な……、」
シエラ「まだアインレーラは無事。もう少し様子を見てもいいとは思うけど……、」
シエラ「……あの魔道具に入れてある魔力が尽きてしまえば、紋章もない『あの』アインレーラは危険だわ。」
シエラ(『無面』でさえも止められなかった……、本当なら魔術協会が動くはずだった)
シエラ(アインレーラが、あの呪いを封印しようとすること時代土台無理な話だったのかしら)
シエラ(ならあいつは、今まで一体何のために……)

アインレーラ「あいつと仲直り、したいんだ。」

シエラ「……、」
「……ォォォオオ。」
リュナリュナ「何だ!?」
リュカリュカ「お兄、ちゃん!結界の、中……っ!」
シュトフティ「ガオオオオォォォオッ!」
アイザック「な……、モンスター!?」
アイザック「馬鹿な……!結界の外から来たならともかく、何故モンスターが結界の中に!?」
クラフト「呪いを食べていたんだ。」
クラフト「シュトフティは強い感情に惹かれるモンスターだ。だから呪いに惹かれて……、呪いと一緒に、封印されていた!」
リュナリュナ「馬鹿なことを言うな!あの封印が解けたのはずっと前だ。あいつは黙って僕たちを見ていたというのか!?」
クラフト「逆だよ!シュトフティは、今の今までずっと封印されていたんだ!多分、呪いよりもっと強い力で!」
クラフト「その封印をシュトフティ自身が破ったんだ。封印が解けたから、呪いに込められた感情を一身に浴びた。」
クラフト「そのせいで今、感情に『飲み込まれている』……!」
シュトフティ「ガオオォォオオ!」
アイザック「まずい……!アインレーラ!」
「てえ~いっ!」
シュトフティ「ガオッ……!」
リュナリュナ「な……んだ、今の……、間の抜けた声は。」
ルスティ「はあ!?お前、ユルエに助けてもらったくせにその言い草は何だ!」
ユルエ「る、るーくん!今はそんなこと言ってる場合じゃないんだよぅ!」
アイザック「そうか……、今のは魔道具か!さっきの発光現象は、マンドラの魔力反発効果だな!」
アロイス「その通りです。さすがの分析能力ですね、アイザックさん。」
ピエトロ「リュカリュカ!ヒトデ男!無事だったか!?」
リュカリュカ「ピエトロ……!う、うん!」
メルク「ユウさん!このモンスターは……!」
ユウ「ああ、今朝のモンスターだ。……自分を抑えきれなくて、苦しんでる。」
ユウ「今度こそ癒します!皆さん、強力してくれますか!」
クラフト「ああ。あんなシュトフティを放ってはおけない!」
アイザック「任せてくれ。」
リュカリュカ「お兄ちゃん……!」
リュナリュナ「……すぐにケリをつけるぞ!」
シエラ「私はパス。」
ユウ「……。」
ユウ「ええぇぇぇっ!?」
アイザック「シ……シエラ?俺の聞き間違いでなければ、今、『パス』と言ったように聞こえたが。」
シエラ「そんなことより、いいことを思いついたの。」
メルク「そんなことなのです!?」
アロイス「……シエラ。いいことって何か、聞いてもいいかい?」
シエラ「とびきり面白いことよ。」
シエラ「ほら、あなたたちも。ちょっと耳を貸して。」
クラフト「え?僕?」
ユルエ「わたしたちもなんだよ?」
ルスティ「て、手短にしろよ!」
シエラ「……。」
クラフト「……。」
ルスティ、ユルエ、アロイス「……。」
シエラ「ね?面白いでしょ?」
クラフト「……あなたは、何と言うことを……。だが確かに、それができればこの異変を解決できる!」
ユルエ「うん!シュトフティの暴走も収まるかもしれないんだよ!」
シエラ「難点は魔力消費ね。大がかりな魔法になるから、ここにいる全員の魔力を全て使っても足りないかもしれない。」
シエラ「でも、それさえどうにかできれば……、」
アロイス「できるはずだよ。」
アロイス「今日は『アストロギアの夜』だ。そしてここには、星の光を用いた魔力増幅方法の専門家までいる。」
ユルエ「あ、あの!さっき落ち着かせたマンドラたちに協力してもらえば、結界も維持できるかもなんだよ!」
ルスティ「そうか……、マンドラの葉に強化魔法を使ってシュトフティの攻撃を防ぐ簡易的な魔道具を作るんだな!それなら、結界維持での魔力消費も抑えられる!」
シュトフティ「ガオオォォォオ!」
ピエトロ「お、お前たちー!一体何を盛り上がっているのだー!」
シエラ「というわけだから、私たちが作業している間、一生懸命頑張ってねん。ま、この布陣なら問題ないでしょうけど。」
ユウ「『というわけ』がどういうわけか教えてもらってもいいですか!?」
メルク「何かとっておきらしきものがなさそうでありそうなことしか伝わってこなかったのですよ!」
シエラ「そこまで分かってるなら上出来ねん。」
シエラ「頼むわよん、あなたたち。私たちはこれから、不発だった切り札の代わりに……、」
シエラ「『禁じ手』を創るから。」

タイトルとURLをコピーしました