第9話:下手な道化

マリスジェム「責任ある立場の人間は、時に隠し通す必要のない感情にさえも責任を感じて、隠そうとしてしまうことがある。」
マリスジェム「まぁ要するに、あまり抱え込むな、ということじゃ。君は特に、責任ある立場の人間じゃからのう。」
マリスジェム「年寄りのお節介か……、言いえて妙じゃ。じゃが、お節介の一つ、焼かせてはくれんか。同じ御三家のよしみとして。」
マリスジェム「現に君は、ワシたちにすら本当の姿も心も、見せんじゃろう?」

シエラ「あなたって本当、つまらない男ね。」
シエラ「上手いのはその変身魔法と減らず口だけ。その術で表現したいものがないから、本質がつまらないのよ。」
シエラ「当ててあげましょうか、『無面』。」
シエラ「あなたは、道化を演じてるだけの……、」

アインレーラ【嘘つき】
アインレーラ【兄さまの嘘つき!俺のこと、ずっとかわいそうだって思ってたんだろ!】
アインレーラ【俺はお前に哀れまれるために生まれてきたんじゃない!俺はお前の弟になりたかったんだよ!】
アインレーラ【でも、もう嫌だ!こんな家なんかいたくない!お前みたいな兄貴だっていらない!】
アインレーラ【こんなに辛くて悲しいなら、俺なんか生まれてこなけりゃよかったんだ……!】

アシステア「へくち!」
アシステア「……ずび。」
アシステア「……あたし、ダメな子だわ。こんな時間に外に出ちゃダメって、お姉さまが言ってたのに。」
アシステア「お姉さまから怒られるようなことをするのは、いけないことだわ。」
アシステア「……だから今度は、ちゃんとあやまらなくちゃ。」
「……、」
アシステア「ぴゃぁ!」
アシステア「……ど、どなた?」
レルハルニー「やあ。」
アシステア「あ!昼間のお兄さん……。」
レルハルニー「こんな夜中にどうしたの?子供はもう寝る時間だよ。」
アシステア「あ……その。あたし、先生を探してるの。」
レルハルニー「いなくなっちゃったのかな?」
アシステア「うん……。」
レルハルニー「そう。……やっぱり子供だな。」
レルハルニー「彼のことは僕が探しておくから、君は早く帰りなさい。この森は危険だ。」
アシステア「お兄さんは?」
レルハルニー「僕は大人だから。」
アシステア「でも……。お兄さん、顔色、よくないわ。」
レルハルニー「……、」
アシステア「お姉さまが言ってたわ。具合がよくない時は、おうちに帰って休むのよって。」
レルハルニー「心配してくれてありがとう。でも僕は大丈夫だよ。」
アシステア「本当?」
レルハルニー「ああ。いつも通りだ。」
アシステア「……、」
アシステア「お兄さんは、いつもうそをついているの?」
「ここにいたのか。」
レルハルニー「……。」
アインレーラ「屋敷で待ち伏せでもするかと思ってたんだけどな。」
アシステア「先生!」
アインレーラ「アシステア。ガキはさっさと帰って……、」
アインレーラ「って、なんでお前がいるんだよ!」
アシステア「せ、先生がいなくなっちゃったから……。」
アシステア「あ……あたし、じゃまだった?じゃあ、えっと……、そこの木の影で、じっと待ってるわ!」
アインレーラ「やめろ。」
アシステア「じゃああたし、どうすれば……!」
アインレーラ「特に何もしなくていいから、勝手にどっか行くな。」
アシステア「はい……。」
レルハルニー「……あれだけやってもまだ分からないなんてね。お前は賢い子だと思ってたオレが間違ってたみたいだ。」
アインレーラ「お前の口からまだ何も聞いてねーんだから、何も分からなくて当然なんだよ。」
レルハルニー「これ以上踏み入ったことをお前に説明するつもりはない。オレがまだ警告で済ませているうちに帰るんだな。」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「ああ、そうかよ。」
レルハルニー「分かってくれたんだね。やっぱりお前は賢い子……、」
アインレーラ「なら、お前の気が変わるまで居座ってやる。」
レルハルニー「は?」
レルハルニー「……待て。お前、どうして魔道具を持っていないんだ。」
アインレーラ「今更気づいたのかよ。お前らしくねーな。」
アインレーラ「俺はお前と話をするために来たんだ。だから……、魔道具はいらない。」
レルハルニー「……、」
アインレーラ「攻撃したきゃしろよ。どうせ今の俺じゃ、どれだけ無理してもお前には敵わないんだ。」
アシステア「先生……。」
アインレーラ「手、出すなよ。」
アインレーラ「こいつは、お前に手助けしてもらう必要もないくらい簡単なことなんだ。」
アシステア「……!」
レルハルニー「……無抵抗たと示せば、俺が何もしないとでも思っているのか。」
アインレーラ「お前と話ができるなら何されてもいいって言ってんだよ。」
レルハルニー「お前に話すことは何もない。」
アインレーラ「じゃあ世間話でもしようぜ。」
アインレーラ「お前、最初に『会いたかった』って言ったけど、本当は会いたくなかったんだろ。」
アインレーラ「俺も会いたくなかったよ。話もしたくなかった。」
アインレーラ「でも今は、お前と話がしたい。どれだけいがみ合っても、傷つけられてもいいから。」
アインレーラ「結局どうしたいとか、どうなりたいとか、そういう目的なんか後回しでさ。世間話くらいできるようになったって、罪じゃねーだろ。」
レルハルニー「……。」
アインレーラ「兄……、」
「どうして。」
レルハルニー「どうして分かってくれないんだ?」
アインレーラ「……、」
レルハルニー「『天よ、地と成れ。現よ、幻と成れ。命ずる我が名は罪科と成り果てる』」
アインレーラ「な……、」
アインレーラ「……っ、アシステア!あいつから離れろ!」
レルハルニー「『真よ、偽と成れ。理よ、戯と成れ。求むる我が声は妄執と成り果てる』」
アシステア「な……何、あれ?まわりの木が、お星さまに……!」
アインレーラ「……。」
アインレーラ(この詠唱……、こんな威力で使えば、俺だけじゃなくて、アシステアも……、町も消え……)
アインレーラ(何で)
アインレーラ(何で、そこまでするんだ?)
レルハルニー「何だよ、その顔。」
レルハルニー「ヴェヒターの当主なら絶対こんな真似しないって……、信じてたのに、裏切られたって。そう思ってるのか。」
レルハルニー「お前の思ってる通りだ。こんなの、父上や母上にも、お前にも顔向けできない……!」
アインレーラ「……、」
レルハルニー「お前を屋敷に入れるわけにはいかない。」
アインレーラ「何?」
レルハルニー「何も聞くな!お前に話せることなんか何もないんだ!」
レルハルニー「だからもう何もしないでくれよ……!」
アインレーラ「……。」
レルハルニー「『有よ、無と成れ。無よ、有と成れ。唱える我が身が虚像と成るとも、全てを変じ創り変えよ』
レルハルニー「『万物を我が手に、万物を我が下に』
レルハルニー「……『万象成る跡に在るは、我が偉業』……!」
「はーい、そこまで。」
レルハルニー「……ッ!」
レルハルニー「……お前は。」
「君も罪な男だねー。君が一線超えそうだったから、隠居ジジイの俺もとうとう手出しちゃったよ。」
ヨルスウィズ「まー、冗談で済むならいいんだけど、今のは冗談きつかったかなー。」
アインレーラ「学園長!?」
ヨルスウィズ「つーかこの魔法、そんなに使いたくないなら無理に使わなくていいと思うなー、俺は。無理するのって体に悪いし?」
ヨルスウィズ「あれー?レルハルニー君、よく見たら調子悪そう!もしかして魔力の制御がうまくいっ……、」
ヨルスウィズ「うわっ!あっぶねー!」
レルハルニー「何の用だ。」
ヨルスウィズ「ひえー、こわーい。いつもの敬語と愛想、どこ行ったの?」
レルハルニー「答えろ!」
ヨルスウィズ「さあ……、何だろうな。でも君ならもう分かるよね。」
レルハルニー「……、」
ヨルスウィズ「でも、困ったなー。かの『無面』君相手となると、凡才の俺じゃ勝ち目なさそー。」
ヨルスウィズ「だからズルしちゃお。」
アシステア、アインレーラ「え?」
ヨルスウィズ「『行け。向かえ。果てまで』!」

「お前ッ……、待て!やめろ!ゼディ……、」
「……。」

「うわああぁぁああっ!?」
アシステア「い、いたた……、な、何?何が起こったの?」
アインレーラ「転移魔法か!ここは……、」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「屋敷だ。これはヴェヒターの……、」

レルハルニー「お前を屋敷に入れるわけにはいかない。」

アインレーラ「……、」
アシステア「きゃっ!」
アインレーラ「……遠くで、魔力がぶつかりあってる。学園長があいつを足止めしてるんだ。」
アシステア「え……!ヨルくん、大丈夫なの?」
アインレーラ「大丈夫じゃない。」
アインレーラ「あいつらが本気でやりあったら、周りだって危険だし……、……仮に仲裁が入っても、処罰が……、」
アシステア「……。」
アシステア「止めなきゃ。」
アインレーラ「行くな!」
アシステア「やだ!」
アインレーラ「行ったって何もできないんだよ!」
アインレーラ「学園長が俺たちを引き離したのは、あそこにいたって足手まといにしかならないからだ!でも……、」
アインレーラ「でも今の俺たちなら、あいつが隠している真実が分かる!」
アシステア「……、」
「お前も一緒に来い!今の俺じゃ、お前が離れたら守れないんだ!」
「分かるだろ……!俺たちに今できることはこれしかないんだよ!」
アシステア「先生……。」
アシステア「泣いてるの?」

ヨルスウィズ「『魔よ。集え。兵と化せ』」
レルハルニー「……っ!『烏』か、鬱陶しい!」
ヨルスウィズ「焦りは禁物だぜ?特に君みたいな、魔力が途方もなく多い人間にはね。」
ヨルスウィズ「それだけの魔力を完璧に制御することは、いかに君が天才でも簡単なことじゃない。心理的な動揺に陥ってるなら猶更……、」
ヨルスウィズ「おっと。」
レルハルニー「あの二人をどこへやった!」
ヨルスウィズ「人に聞く前に自分で考えてみようよー。」
レルハルニー「探知妨害の結界まで仕掛けていたのは誰だ!お前、初めからこうなることが分かって……、」
レルハルニー「……。」
レルハルニー「お前、どこまで知っているんだ。」
ヨルスウィズ「さあ?でも、監視者の君を監視したり君を表舞台に引きずり出すのには、結構骨折れたかな。」
レルハルニー「……、」
ヨルスウィズ「お前、この騒動の黒幕面してるけどさ。本当はそうじゃないんだろ。」
ヨルスウィズ「お前は誰かをかばってる。じゃあ、お前が家のメンツまで潰してかばいたいものは何なんだろうな。」
レルハルニー「『閃光。流星と成れ。尾を引いて貫け』!」
ヨルスウィズ「『書よ。変われ。黒羽と化せ』」
ヨルスウィズ「『黒羽。集え。黒翼と化せ』」
ヨルスウィズ「『黒翼。哭け。挑まず統べよ』!」
ヨルスウィズ「……『強めよ。鍛えよ。加速せよ』。」
ヨルスウィズ「悪いけど、年甲斐もなく本気出すぜ。」
ヨルスウィズ「半分くらい。」
レルハルニー「ぐ……っ!」
レルハルニー「……『変われ。失せよ。星影と成れ』!」
レルハルニー「……っ、はぁっ、はあっ……!」
ヨルスウィズ「……うわー。俺の魔法、全部星屑にされちゃったよ。」
ヨルスウィズ「ここまで揺さぶってもその制御精度とか、恐れ入るね。セコい手使って正解だったな。」
ヨルスウィズ「さすが、アインレーラの最初の師だ。」
レルハルニー「……。」
ヨルスウィズ「お前はいつもあいつを守ろうとしているな。」
ヨルスウィズ「20年前に起こったヴェヒター邸の爆発事故でも。それに絡む釈明でも。そして、あいつがアカデミーに転がり込んできたときも。」
レルハルニー「それが当然なんだ!オレはあいつの……、」
ヨルスウィズ「お前はそれで満足か?」
ヨルスウィズ「お前が守りたかった子供はもういない。今のあいつはもうお前が昔のように守るべき子供じゃない。そしてお前たちは、きっともう、元には戻れやしないよ。」
ヨルスウィズ「『お兄ちゃん』の演技はもうやめようぜ。一人芝居じゃ、兄弟なんか演じ切れないんだよ。」
レルハルニー「……。」
レルハルニー「そこを退け。」
レルハルニー「オレは演じてなんかない。オレはあいつが生まれる前から、あいつの兄なんだ。」
レルハルニー「オレがあいつを守らなきゃいけないんだ!それ以外の誰も、あいつを守ってくれないなら!」

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