第8話:ダメな子と見習いと魔女

クチーテル「大丈夫?」
アシステア「……。」
クチーテル「えと、何かあった?家族の人と、はぐれちゃった、とか……?」
ストゥーピド「落ち込んでいるなら、飯をおごってやる。ただで飯を食うと、誰でも心が軽くなるものだ。」 
スコーラ「あんた、たまにはいいこと言えるじゃない。ほんのちょっとだけ見直したわ。ほんのちょっとだけ。」
アシステア「……、ごめんなさい。」
クチーテル、ストゥーピド「……。」
スコーラ「……、そう。じゃ、もし何かあったらいつでもそこの屋台に来なさい。」
アシステア「……はい。」
アシステア「……。」
「あー、アシステアちゃん。こんなところにいたんだー。」
アシステア「ヨルくん……。」
ヨルスウィズ「もー、急にいなくなるからびっくりしちゃった。」
ヨルスウィズ「アインレーラはボロボロで帰ってくるし、アシステアちゃんはいなくなっちゃうしで、俺てんてこまいだよー。」
アシステア「……先生の具合、よくなった?」
ヨルスウィズ「おかげさまでねー。」
ヨルスウィズ「魔力切れ、凍傷、滑落のケガと、ひどい有様だったけど、あの調子なら、数日寝てれば治るだろうね。若いってのは力だな……。」
アシステア「……。」
ヨルスウィズ「そんな辛そうな顔しなくても、大丈夫だよー。」
アシステア「……うん。」
アシステア「……ごめんなさい。」
アシステア「ごめんなさい……。」
ヨルスウィズ「……。」
ヨルスウィズ「ね、アシステアちゃん。よかったら、俺に何か話してほしいなー。今、君の話を聞きたいんだ。」
アシステア「……、」
アシステア「あのね、ヨルくん。あたし……、」
アシステア「先生に、ひどいことを、したわ。」
ヨルスウィズ「魔法の爆発のこと?」
アシステア「……。」
ヨルスウィズ「……君は、一定時間ものの時間を巻き戻す『若返りの秘術』を継ぐ名家エルヴィヒ家のお嬢様で、アインレーラが若返ったのは、本当は君の力だった。」
ヨルスウィズ「でもあれは事故だったんだろ?君はまだ、その魔法を使いこなせていないんだから。アインレーラの記憶が引き継がれなかったのがその証拠だ。」
アシステア「……。」
アシステア「あたし、ダメな子なの。」
アシステア「お姉さまみたいに、ちゃんとおうちの魔法を使えない。でも、使いたい時じゃなくても使っちゃう。なのに、失敗した魔法を解くこともできない……、」
ヨルスウィズ「君ぐらいの歳で、名家の魔法を発動できる子は珍しい方だよ。ちゃんと使える子はもっと少ない。」
アシステア「そうじゃないの。あたしが本当にダメなのは……、」
アシステア「魔法を解く方法を、知ってたのに、言わなかったからなの。」
ヨルスウィズ「え?」
アシステア「お姉さまに頼めばよかったの。お姉さまなら、あたしの魔法なんかすぐ解けちゃうんだから。」
アシステア「あたし、言わなかったの。失敗したって言いたくなかったから。人に迷惑をかけたって、知られたくなかったから。」
アシステア「お母さまやお父さまに、お姉さまと比べられるから……。」
アシステア「魔法が解けなくてもいいのかもって思ってたの。先生は、今のままでもすごい魔法使いだから大丈夫なんだわ、って。」
アシステア「だから……、気づいても、うそだって思いたかったの。先生が無理して、辛そうだってこと……!」
ヨルスウィズ「……。」
ヨルスウィズ「そっか。」
アシステア「……。」
ヨルスウィズ「エルヴィヒ家の人は迎えに来る?」
アシステア「……きっと、あたしを探してるわ。」
ヨルスウィズ「家に帰りたい?」
アシステア「……帰りたく、ない。」
ヨルスウィズ「じゃ、おうちの人には俺が言っておくよ。アシステアちゃんは大切な用事があるから帰れない、俺が責任を持ちます、って。」
アシステア「……ありがとう。それに……、ごめん、なさい。」
アシステア「あたし、先生に謝らなきゃ。それから……、何か、しなくちゃ。あたしは、先生の助手だから……。」
ヨルスウィズ「何かって?」
アシステア「それは……。」
アシステア「……あたしなんかに、何ができるのかしら。」
アシステア「……ヨルくんには、分かる?」
ヨルスウィズ「うん。」
ヨルスウィズ「でも、教えない。」
アシステア「え?」
ヨルスウィズ「アシステアちゃん。」
ヨルスウィズ「この問題には、君が答えを出すべきだと俺は思うよ。たとえ俺の言うことが、どんなに正しかったとしても。」

(俺が馬鹿だったんだ。馬鹿だから信じてたんだ)
(あいつが嘘つきだって、初めから知ってたのに)
(信じるから裏切られるんだ。信じたがっているから、裏切られるのが……)

アインレーラ「……。」
アインレーラ(……町までたどり着いて、ぶっ倒れたから……、学園長あたりが運んでくれたのか)
アインレーラ(みじめだな。本当に)
アインレーラ(あいつに子供みたいにあしらわれても、仕方ない……)
アシステア「先生。」
アインレーラ「アシステア?」
アインレーラ「……俺のこと看病してくれてたのか。悪い、面倒かけて……、」
アシステア「ちがうの。謝るのは、あたしなの。」
アインレーラ「え?」
アシステア「あたしが若返りの魔法を、攻撃の魔法と間違って使っちゃったの。それで……失敗しちゃったの。」
アシステア「あたしの力なら、きっと一晩もたてば、魔法は解けるわ。先生も、元の先生に戻れるの。」
アシステア「今までだまってて、ごめんなさい……!」
アインレーラ「……、そういうことか。」
アインレーラ「なあ。もし魔法が解けたら、魔法がかかってた間の記憶ってどうなるんだ。」
アシステア「それ、は……、術者が、ダメダメなあたしだから……、」
アインレーラ「戻らないなら、いいよ。」
アシステア「……ごめんなさい。」
アインレーラ「お前のせいじゃない。」
アインレーラ「俺は……、何かの間違いだったって決めつけられて消えてなくなるのなんか、嫌なんだよ。」
アインレーラ「このまま記憶が消えたら、俺は何もできないままで、何もできなかったことすら覚えていられないんだ。そんな俺じゃ、いる意味ねーんだよ。……あいつと違って。」
アインレーラ(それ以外に何もないんだ)
アインレーラ(あいつを見返さなきゃ、俺には何もない……)
アシステア「……あいつ、って?」
アインレーラ「何でもない。」
アシステア「……先生のお兄さまのこと?」
アインレーラ「……!」
アシステア「あ……その。先生、寝言でずっと……言ってた、から。」
アシステア「……お兄さまと、何かあったの?」
アインレーラ「……ない。」
アインレーラ「もういない。俺の兄弟なんか。」
アシステア「……、」
アインレーラ「他人のことを自分の理解者だと勘違いして、気が合わなくなって、それきりだ。」
アインレーラ「他人ならよくあることだろ。」
アシステア「……、ご、ごめんなさ……、」
アシステア「……ううん。」
アシステア「あ……、あたしにも、そういうこと、あるわ。でも、そういうときはちゃんとお話しして、その人のことを知ったら、怖くなくなるの!」
アシステア「今日のあたしと、先生みたいに……!」
アインレーラ「……できねーよ。」
アインレーラ「俺はあいつのことをよく知ってる。俺はあいつが嫌いだし、……あいつも俺が嫌いだよ、きっと。」
アインレーラ「俺が、できそこないだから。」
アシステア「先生が、できそこない?」
アシステア「そんなの、うそだわ。だって、先生はすごい魔法使いだもの。」
アインレーラ「……、」
アシステア「あたしにだってできることが、先生にできないなんてこと、ないわ。」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「……、でも……、」
アシステア「……。」
アシステア「……もしかしてあたし、何かへんてこなことを言っちゃった?」
アインレーラ「……、言ってない。お前、もうちょっと全体的に自信持てよ。」
アシステア「……、」
アインレーラ「胸を張れってことだよ。」
アシステア「は……はい!」
アインレーラ「物理的にじゃない。」
アシステア「はい……。」
アインレーラ「……。気持ちは、分かるけどな。」

アシステア「うぅ~……。」
アインレーラ「……もうガキは寝る時間か。」
「せんせい……。」
アシステア「あたし……、わかんないの。どうしたら、何にもできない自分じゃなくなるのか。」
アシステア「あたし一人じゃ、わかんない……。」
アインレーラ「……お前は、俺に大切なことを言ってくれた。何にもできない人間じゃない。」
アインレーラ「なんて……、他人から勝手に認められても、納得できないよな。」
アシステア「……。」
アインレーラ「なら、お前がお前を認めてやらねーとな。」
アシステア「……できないの。」
アインレーラ「できないって思ってることをやらねーと、ずっと自分を認められねーままだよ。たとえ誰がお前を褒めそやしてもな。」
「……。」
アインレーラ「……ちょっと縁のあるガキにだけ、真面目な面で白けた説教かよ。私情で助言するとか、本当、冗談じゃねえ。」
アインレーラ「ガキにできることがまだできないなら、ガキに何にか教えるんじゃねえよ……。」
「その思考、まさしく『教師見習い』ねん。」
アインレーラ「え?」

「あなたが教師になるって聞いたときは何かの冗談かと思ってんだけどねん。」
「今なら、納得できる気がするわ。」

アインレーラ「お前……、」
シエラ「シエラ。あなたの同級生だったの。覚えてる?」
アインレーラ「……覚えてるよ。俺の記憶の中じゃ、そんな大人じゃなかったけど。」
シエラ「あら、本当に覚えてたのねん。てっきり忘れられてると思ってたわ。」
アインレーラ「お前のことなんて、そうそう忘れられねーよ。色々目立つ奴だったしな。」
シエラ「なぁに、その顔。」
アインレーラ「え。」
シエラ「あなた、私のことをどう思ってたのかしらん?」
アインレーラ「……、」
アインレーラ「……変わった『天才』。」
アインレーラ「お前、教科書に載ってない魔法を創ってただろ。名のある魔法使いでも簡単にできることじゃない。……少なくとも、俺には絶対にできないことだったよ。」
シエラ「へえ、意外ねん。そんなことを言われるなんて、思ってなかったわ。」
シエラ「私、あなたに嫌われてると思ってたのよ。あなたは真面目な優等生で、私は不真面目な劣等生だったから。」
アインレーラ「はぁ?」
アインレーラ「………お前がそう言われてたのは、不真面目でテストの点数が悪かったからだろ。でも、お前の才能は……、」
シエラ「試験の点では測れないって、私も信じてたわ。」
シエラ「でも同時に、心のどこかで疑っていたのよ。あなたみたいな、自分にない力を持っている人間がひどく輝いてみえたものだから。」
シエラ「……今のあなたと同じくらいの頃にはね。」
シエラ「あの頃、優等生なんて肩書なんか欲しくなかったけど、それを持ってるあなたのことはうらやんでいたのよ?」
アインレーラ「……知らなかった。」
シエラ「私たち、別に仲良くなかったからねん。」
アインレーラ「卒業まで?」
シエラ「ええ。」
アインレーラ「……なら、もっとお前と、話しておけばよかったな。話したくないって思う前に。」
アインレーラ「あいつとも。」
シエラ「あら、おかしなことを言うのね。」
シエラ「私たちが学生だった時代は、もうとうに過ぎ去ったけれど。あなたが『無面』と子供っぽい喧嘩をしてる時代はまだ終わってないんでしょう?」
アインレーラ「そうだ。だから、……会いに、行ってくる。」
シエラ「魔道具、忘れてるわよ。」
アインレーラ「いいんだよ、それで。」
シエラ「……ふうん。」
シエラ「あ、そうそう。とりあえず、今のあなたにも伝えておこうかしら。」
アインレーラ「何の話だ?」
シエラ「心当たりがないって顔ねん。ま、許してあげるわ。学友のよしみだもの。」
シエラ「……『約束』は果たすわ。アインレーラ。」

シエラ「で?」
シエラ「安心した?教え子が思いのほか元気そうで。」
ヨルスウィズ「うげー。バレてたか。」
ヨルスウィズ「お前ってほんと、素晴らしい教え子だよねー。俺なんかもう足元にも及ばない。」
シエラ「私はあなたほど質の悪い魔法使いじゃないつもりだけど。」
ヨルスウィズ「俺、褒められてるの?」
シエラ「もちろん。」
シエラ「ところで、一体どんな心変わりなのん?放任主義のあなたがわざわざ手を貸しに行くなんて。」
ヨルスウィズ「心変わりなんかじゃないよ。はじめから、こういうつもりだったのさ。」
シエラ「何か考えでもあるのかしら。」
ヨルスウィズ「悪いが、今はお前にも話せない。」
ヨルスウィズ「ま、こればかりは俺の手がいりそうだからさ。俺としてはやりたかないけど、背に腹は代えられないってやつ。」
ヨルスウィズ「招かれざる客ってのも、あと二人くらい登場しそうだし。」

アシステア「……先生?先生、どこ?」
アシステア「……もしかして、あたし。先生に、ダメなことを言っちゃったのかしら……。」

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