「家から出さない?」
「この国では、魔法使いでない人間は生きていけない。『御三家』ともあれば猶更だ。」
「……幸い、あの子には兄がいる。あの子に跡継ぎになってもらう必要はない。」
「『存在している』必要もないというのですか?」
「それを外に言って何になる。」
「……いいか、私たちがあの子を守るんだ。それ以外の誰も、あの子を守ってくれない。」
「私たちが守る国すらも、あの子を守ってはくれないんだ……!」
アインレーラ「……。」
レルハルニー「まだ起きてたの?」
アインレーラ「うん。」
レルハルニー「ねえ聞いてよ、アインレーラ。養子の話、父さまと母さまが考え直してくれたんだって。これからはずっと、家族みんなで暮らせるね。」
アインレーラ「俺のこと、人に話したくないから?」
レルハルニー「お前はオレたちの大切な宝物だから、気安く人になんか話せないんだよ。」
アインレーラ「……。」
レルハルニー「留守番している間、本を読んでいたの?アインレーラは賢いもんね。」
アインレーラ「全部読んだ。つまんない。」
レルハルニー「アインレーラには簡単だったかな。」
アインレーラ「魔法のことしか書いてない。……何にも面白くない。」
レルハルニー「じゃあ、本を読むのなんかやめよっか。」
レルハルニー「ほら、ぬいぐるみ持ってきたんだ。一緒に遊ぼう!」
アインレーラ「外で遊びたい。」
レルハルニー「それは、父さまが許してくれないよ。」
アインレーラ「じゃあどうして、兄さまは外に行くの。」
レルハルニー「オレは長男だから、父さまの後を継がなきゃいけないんだ。そのために、外へ連れて行ってもらってるだけだよ。」
レルハルニー「……父さまには内緒だけど、本当はオレ、外に行きたくなんかないんだ。ずっとお前と、この部屋にいたいって思ってるんだよ。」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「俺は嫌だ。」
アインレーラ「俺がこの部屋から出ちゃだめなのは、俺に魔力がなくて、魔法を使えないからなんだ。」
アインレーラ「俺は何もできない子で、いるだけで恥ずかしいから、何でもできる兄さまみたいに家から出してもらえないんだ。」
レルハルニー「……。」
レルハルニー「……っ!」
アインレーラ「兄さま?」
レルハルニー「あ……ごめん。何でもないよ。」
アインレーラ「ねえ、兄さま。俺って一体何ができるのかな。」
レルハルニー「アインレーラ。」
アインレーラ「……何。」
レルハルニー「オレはお前を愛してる。」
アインレーラ「……。」
レルハルニー「父さまも母さまも、お前を心から愛してる。みんなお前のことが大好きだ。」
レルハルニー「それでいいだろ。」
アインレーラ「……。」
アインレーラ(嘘つき)
アインレーラ(本当に、父さまと母さまが俺のことが好きなら俺のことで喧嘩なんかしないんだ)
アインレーラ(兄さまはいつもこうだ。大切なこと、何にも教えてくれない)
アインレーラ(やっぱり俺は、何もできない子なんだ)
アインレーラ(俺は……、『かわいそう』なんだ)
アインレーラ「……外、見飽きた。つまんない。」
アインレーラ(箒なんか、もう見たくない、俺には一生、乗れないんだから)
アインレーラ(兄さまとは違って……)
アインレーラ「……何。外、まぶしい。うるさい……。」
アインレーラ「……そっか、今日は、星祝祭なんだ。」
アインレーラ(本で見た。『アストロギアの夜』に、星の祝福を記念して親しい人に杖や箒を贈るお祭り)
アインレーラ「……。」
アインレーラ(俺も、欲しい)
アインレーラ(……でも、もらっても使えない)
アインレーラ(だから父さまも母さまも兄さまも、今まで俺に何もくれなかったんだ。家がお役目で忙しいって、嘘までついて)
アインレーラ(いや、違う。みんなが俺に何もくれないのは……、俺のことが、鬱陶しいから……)
アインレーラ「……もう、寝よう。」
アインレーラ「……一人じゃ、いやだ。兄さまからもらったぬいぐるみ……、確か、窓際に……。」
アインレーラ「……あれ?」
レルハルニー「指輪?」
アインレーラ「うん。いつの間にか、部屋にあった。」
レルハルニー「……これ、魔道具だな。補助用の簡素なものだ。」
アインレーラ「魔道具?」
レルハルニー「魔法の力を込めた道具なんだって。中に魔宝石が入っていて、それで動くんだよ。」
アインレーラ「……じゃあ、いらない。箒も杖も使えないやつに、宝石魔法なんか使えない。」
レルハルニー「逆だよ、アインレーラ。魔道具は、誰でも使える魔法の道具なんだ。」
レルハルニー「父さまが言ってた。魔力がない人でも使える魔宝石を、もっといろんな人が使えるようにできないかって話があるんだって。」
レルハルニー「その研究の成果が魔道具なんだよ。いつか、箒や杖と同じように魔法具がお店に並ぶ日が来るかもしれないね。」
アインレーラ「……。」
レルハルニー「……ねえ、アインレーラ。父さまと母さまには、何も言わないでおこうよ。」
アインレーラ「え……。」
レルハルニー「これはきっと、お前へのプレゼントだよ。」
レルハルニー「星の力は、奇跡を起こしてくれるっていうだろう。今までいい子にしていたお前を、お星さまが祝福してくれたんだよ。」
アインレーラ「俺への……、」
アインレーラ「……違う、そんなわけない。そんなのただの言い伝えだし、そもそも、俺を祝ってくれる人なんかいないんだ。」
レルハルニー「じゃあ、この魔道具は何だと思う?」
アインレーラ「……。」
レルハルニー「これはお前のものだ。本当に大切なものなら、誰にも言わずに大切にするんだよ。」
アインレーラ「……魔道具の使い方なんて、分かんない。」
レルハルニー「教わって練習すれば、できるようになるよ。」
アインレーラ「誰も教えてくれない。」
レルハルニー「俺が教えるよ。」
アインレーラ「……。」
レルハルニー「アインレーラ、手を出して。」
レルハルニー「魔道具の使い方を、教えてあげる。」
アインレーラ「……『凍れ』!」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「できない。やめる。」
レルハルニー「お、俺がお手本を見せるよ。ほら、『凍れ』!」
アインレーラ「兄さまにできても、俺には無理なんだ。」
レルハルニー「そんなことないよ。魔力の制御は難しいから、すぐにできなくて当然なんだ。」
アインレーラ「……兄さまもそうだった?」
レルハルニー「そうだよ。だからたくさん練習したんだ。」
アインレーラ「たくさん……。」
アインレーラ「すぅ……、」
アインレーラ「『凍れ』!」
レルハルニー「ちょっ!声が大きいって!」
「何を騒いでいるのですか!もう遅いのですから、早く寝なさい!」
レルハルニー「はい!母さま!」
レルハルニー「……続きはベットの中でやろうか。」
アインレーラ「……ごめんなさい。」
アインレーラ「『凍れ』!」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「……。」
「……もう、やだ。」
「兄さまに、やっぱりやめるって言おう……。」
「……。」
アインレーラ「……もうちょっとだけ、やろう。」
レルハルニー「……。」
アインレーラ「……できた。」
アインレーラ「できたよ、兄さま。」
アインレーラ「できたよ!俺にもでき……、」
「わぁっ!」
レルハルニー「すごいよ、アインレーラ!おめでとう!」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「で、でも、こんなの兄さまに比べたら全然……。」
レルハルニー「お前は、自分の力で魔法を使ったんだ。立派な魔法使いだよ!」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「うん……。兄さまのおかげ。」
アインレーラ「俺もなれるかな)
アインレーラ(兄さまみたいな魔法使いに……)
「よいしょ……。」
アインレーラ「さすが、兄さまの本棚だな……。難しい魔導書も。いっぱい置いてある。」
アインレーラ(……兄さまは最近、全然帰ってこないな。父さまの後を継ぐためだから、仕方ないけど)
アインレーラ(帰ってきたら、教えてあげよう。水流魔法もできるようになったって。実は、兄さまが読んでいる魔導書の魔法も勉強してるんだって)
アインレーラ(兄さま、きっと驚いて……、褒めてくれる。すごいねって)
アインレーラ(もう、何もできない俺じゃないんだ)
アインレーラ「えっと、初級の魔導書は……、」
「あっ!」
アインレーラ「ご、ごめんなさい兄さま!いっぱい本落としちゃった……、」
アインレーラ「……あれ?」
アインレーラ「指輪だ。俺がもらった指輪と同じ……。何でこんなところに……、」
アインレーラ(……たくさんあるんだ?)
レルハルニー「……、」
アインレーラ「これ、兄さまの部屋で見つけた。」
アインレーラ「……兄さま、ずるい。星祝祭のプレゼント、俺なんかよりたくさん、もらってたんだ。」
レルハルニー「あ……、違うんだ。それはその……。」
レルハルニー「……。」
レルハルニー「それ、オレが作ったんだ。」
アインレーラ「え?」
アインレーラ「嘘だ。魔道具は、たくさんの部品が必要だし、作るのも難しいから、職人しか作れない。」
レルハルニー「うん。だから、お店で売ってる初歩的なものしか真似できなくて。」
レルハルニー「でも、そんなに難しいものじゃないよ。分解して、構造と性質を分析すればいいだけだから。必要な部品は変身魔法で作れるし。」
アインレーラ「……。」
レルハルニー「オレ、毎日たくさん魔力を『使わなきゃ』いけないんだ。……そういう体質なんだって。」
レルハルニー「魔道具の『模造』って、それにぴったりなんだ。あんまり褒められたことじゃないから……、誰にも言ってない、けど。」
アインレーラ「……じゃあ。」
アインレーラ「じゃあ、何で俺にくれたの?そんな必要、なかったのに。」
レルハルニー「え?」
レルハルニー「だって……、あんまりだろ。魔力がないから魔法が使えないって決めつけられて、魔法を教えてもらえないなんて。」
アインレーラ「……。」
レルハルニー「お前も、魔道具があればきっと……、」
アインレーラ「俺がかわいそうだったの?」
レルハルニー「え?」
アインレーラ「俺がヴェヒターの人間なのに、魔力がなくて、家から出してもらえない、みじめで何もできない子だったから。」
アインレーラ「自分と違って、生まれてきてからずっとかわいそうだったから『助けてあげよう』って思ったの?」
レルハルニー「……、」
アインレーラ「そうなんだ。」
アインレーラ「お前にとっての俺って、そんな生き物だったんだね。知らなかった。」
レルハルニー「ア……、」
アインレーラ「俺だけだったんだ。こんなもの、馬鹿みたいに大切にして、つまらない魔法を使えるようになって喜んでたのは。」
アインレーラ「お前にずっと騙されて、見下されて、かわいそうな子だって思われてるって知らないまま……!」
アインレーラ「……っ!こんなの、いらない!」
レルハルニー「な……、やめろ!魔道具を無理に壊したら、暴走して……、」
アインレーラ「いくらでも替えがあるだろ!」
レルハルニー「違う!アインレーラ、聞いて……、」
アインレーラ「何が違うんだよ!」
レルハルニー「お前に嘘ついててごめん!でも、俺は本当にお前のことが大好きで……、お前のこと、どうにかしたくて、だから……、」
アインレーラ「言い訳するな!お前に愛してもらいたいって、誰が頼んだんだよ!」
アインレーラ「かわいそうだからって理由で好きになってもらって大切にされるなんて、そんなのお前の弟じゃないんだ!」
レルハルニー「……、」
アインレーラ「そんな風に思われてるくらいなら、初めからお前の弟に産まれなきゃよかった……!」
「何の騒ぎだ!開けなさい!」
「待て、様子がおかしい……!部屋の中の魔力が膨れ上がって……、」
アインレーラ「いらない、いらない……!こんなの……っ!」
アインレーラ「うわああぁぁああっ!」
「何が……、爆破……、」
「……結界が……、破れ……、」
「……ダメだ!レル……ニーを……、止め……、全員で……、」
アインレーラ(寒い)
アインレーラ(……でも、生きてる。あんなに高いところから落ちたのに。雪、積もってたから……)
アインレーラ(誰も…いない)
アインレーラ(誰も、探しに来てくれない。こんなに痛くて、寒いのに)
アインレーラ(兄さまも……)
アインレーラ(やっぱり、俺はヴェヒターにいらなかったんだ。何にもできないから、探す意味ないんだ)
アインレーラ(何か出来るようになったって思ってたのは、俺だけだったんだ)
アインレーラ「……俺、馬鹿だったんだ。馬鹿だから信じちゃったんだ。」
アインレーラ「兄さまが嘘つきだって、初めから知っていたのに。」