第6話:すごい魔法使い

アインレーラ「……くそっ!」
アインレーラ(あいつが何考えているか分からねえ。でも本気だ)
アインレーラ(俺がまだこの件に関わろうとしたら、きっとすぐ飛んできて止めるはずだ……!)

「実際、『今』のお前は子供だろ?」
「この件に関わるのはやめておけよ。本来のお前ならまだしも、『今』のお前じゃ話にならない。こういうことは、オレたち大人に任せて……、」
レルハルニー「今のお前じゃ、何もできないよ。」

アインレーラ「…。」
アインレーラ(……馬鹿じゃねえの。まだ何もしていないのに……、手が……震えるなんて)
アインレーラ(あいつとの力の差を思い知らされるのが怖いのか?)
アインレーラ(じゃあ俺は今まで一体何のために、アカデミーなんかで死に物狂いで魔道具の勉強をしてきたんだ!?)
アインレーラ「……もし、あいつが本気で俺を止めに来るなら魔道具がなきゃ話にならねえ。」
アインレーラ(『俺』の予備の魔道具。どれもこれも、俺の魔道具よりずっと性能がいい)
アインレーラ(これを使えば……)
アインレーラ「……、」
アインレーラ(ここまで性質も用途も違う玄人向けの魔道具を一度に使うのなんて、むちゃくちゃだ。加減を誤ったら、俺の魔力なんてすぐ……)
アインレーラ「……、ためらってる暇があるなら、分析進めた方がマシだ。」
アインレーラ(成長したら、俺もこれを全部扱えるようになるのか)
アインレーラ(のんだくれで、隙だらけで、教師なんかやってるくせに?)
アインレーラ「……何なんだよ、将来の俺って。」
アインレーラ「くそ……。」

ヨルスウィズ「くっそー。」
ヨルスウィズ「アインレーラめー、帰ってくるなり俺たちを締め出すって何なんだよー。オーボーだ、オーボー!」
アシステア「あの……、ヨルくん。」
ヨルスウィズ「ん!どうしたの、アシステアちゃん。」
アシステア「ヨルくんは、若くなっちゃう前の先生とも知り合いなのよね。」
アシステア「その……、今の前の先生と、若くなっちゃう前の先生って、どっちの方がすごいの?」
ヨルスウィズ「んー?アシステアちゃんは難しいこと聞くなぁ。」
ヨルスウィズ「アインレーラはずっと優秀で勤勉だし、そういうところは今も昔も変ってないかなー。努力って点では、俺は今でも、あいつ以上の奴を知らないね。」
ヨルスウィズ「……今の台詞、聞かれてたらヤバかったな。あいつ、『努力』って言葉で評価されるの嫌いだから。」
アシステア「あ……、違うの。すごいっていうのは、魔法使いとしてっていうことで……、」
ヨルスウィズ「そりゃ言うまでもなく、若返る前のアインレーラの方が上だね。経験も実力も何もかも。」
アシステア「……そうなの。」
ヨルスウィズ「それがどうかした?」
アシステア「……。」
アシステア「あたし、やっぱり先生に言わなきゃいけないんだわ。『ありがとう』でも、『ごめんなさい』でもないこと。でも……、」
アインレーラ「俺に何の用?」
アシステア「先生!」
ヨルスウィズ「……。」
ヨルスウィズ「アインレーラ君、どうしたの?そんな背伸びした魔道具なんかつけちゃってさー。」
アインレーラ「分かってるなら聞くなよ。時間の無駄だろ。」
ヨルスウィズ「なら、今のお前がしてることは自分で自分の首を締めるって言うんじゃないかなー。」
ヨルスウィズ「君がその魔道具全部使いこなすなんて無理だよ。彼の制御能力は、アカデミーの学生程度が見様見真似でパクれるようなもんじゃない。」
アインレーラ「パクってねーよ。俺のものなんだ、元々。」
ヨルスウィズ「いや、そういう屁理屈じゃなくてさー。」
ヨルスウィズ「お前の実力は、日々の積み重ねと経験故のものだ。こんな短時間ですぐに埋まるようなもんじゃないって、お前が一番分かってるんじゃないの?」
アインレーラ「俺の努力が分かるのは俺だけだ。」
ヨルスウィズ「……。」
アインレーラ「魔道具の分析は大体済んでるし、性質も用途も全部把握した。あとは微調整すれば8割方は使える。」
アインレーラ「毎日必死になって積み重ねたのが俺の実力なら、今から何倍も必死になってやればいいんだ。生まれ持ったものみたいな、埋まらない差なんかじゃない。」
アインレーラ「あいつを引きずり出すためなら、俺はそれくらいできる。」
アシステア「……、」
アインレーラ「……お前はいい加減でふざけてるけど、部外者の子供を危険な目に遭わせるような馬鹿じゃない。アシステアと一緒に出店回ってろよ。」
ヨルスウィズ「お前は?」
アインレーラ「調査するって言っただろ。」
ヨルスウィズ「あ、そう。」
ヨルスウィズ「とりあえず言っとくけどさー、今のお前じゃ絶対、その魔道具は使いこなせないぜ。」
ヨルスウィズ「お前がナメてるより、教師のお前は素晴らしい男だよ。」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「知らねーよ。そんな奴のことなんか。」
ヨルスウィズ「……アインレーラったら、アツくなっちゃって。ありゃ、痛い目見ないと分かんないみたいだなー。」
ヨルスウィズ「これ以上自分からすすんで傷つきに行くとか、ほーんとストイックな男だぜ。ねー、アシステアちゃん。」
アシステア「……。」
ヨルスウィズ「あれ?ていうかあいつ、アシステアちゃんに用聞いといてスルーしてなかった?」
アシステア「いいの。」
ヨルスウィズ「え?」
アシステア「大丈夫!」
アシステア「あたし、まちがってたわ。先生って、元に戻らなくてもすごい魔法使いなのね!」
アシステア「あたしも先生みたいになりたい。先生みたいに、何でもできる人に……。」
アシステア「……あたしはダメな子だから、きっと、なれないけど。」
ヨルスウィズ「……。」
ヨルスウィズ「そっかー。じゃ、俺と一緒にあっちのお店でも回ろっかー!」
アシステア「うん!」

アインレーラ(寒い)
アインレーラ「……っ。はぁ……。」
アインレーラ「……わっ!あぶね……、」
アインレーラ(何もないところで足ひっかけるとか、笑えねえ……)
アインレーラ(……あいつに見られてたら)
アインレーラ「……。」
アインレーラ(嫌だ)
アインレーラ(ちくしょう、最悪だ。魔力足りねえし、頭回らねえし、……寒いし)
アインレーラ(……帰りたい)
アインレーラ「……どこに帰るんだよ。」
アインレーラ(そもそも、学園長にハッタリ言った手前帰れねーだろ……)
アインレーラ「……つーか、何で屋敷の塔があんなとこにあるんだよ?ヴェヒターの屋敷は、このあたりにあったんじゃ……」
アインレーラ「……引っ越したのか?今の俺が知らねえだけでその可能性はあってもおかしくねえ、けど……、」
アインレーラ(何で、そんなこと……)
「……ルン。」
アインレーラ「……っ!」
アインレーラ「はあっ!」
キーフェルン「ルン……ッ!」
アインレーラ「……はっ、さすがはアカデミー教師様の魔道具だな。属性相性の悪い相手にこれだけ……、」
アインレーラ「……っ!」
アインレーラ(やべ、魔力……、制御ミスったか!?)
「ルンルン!」
アインレーラ(まずい、もう一体……!近い!)
キーフェルン「ルルン!」
アインレーラ「『応えよ。防げ。壁と謳え』!」
「……。」
アインレーラ「な……、不発!?嘘だ、何で……!」
キーフェルン「ルルッ!」
アインレーラ「ぐっ!」

「魔道具のコツは、魔力の制御のコツとおんなじなんだ。」
「コツは……、」

アインレーラ「……。」
アインレーラ「……っ、『応えよ。穿て、刃と謳え』!」
キーフェルン「ルン……ッ!?」
アインレーラ「はあ、はぁっ……!」
アインレーラ(何で……)
アインレーラ(何で助けたんだ。何で教えたんだ)
アインレーラ(お前が無責任にあんなこと教えたから、俺は……!)
アインレーラ「……え?」
「うわあああぁっ!」

「魔道具が使えない?」
「全然できない。魔力がなくなるだけ。」
「もうやりたくない。できないから。」
「……俺には何もできないんだ。」
「そんなことないよ。できないのは、まだやり方を教わっていないからだ。」
「誰も教えてくれない。教えたって、俺にはできないって分かってるから……、」
「そんなことないよ。」
「……。」
「アインレーラ、手を出して。」
「魔道具の使い方を、教えてあげる。」

アインレーラ(寒い)
アインレーラ(……立てない)
アインレーラ(俺……、怪我したのか。それとも、魔力切れ……、いや、どっちも……)
「……。」
アインレーラ(誰か……いる。見えない……、聞こえない……、全然)
アインレーラ(……さっきのモンスターだったら、ヤバいな……)
アインレーラ(……あ。手……)
アインレーラ(人だ。それも、魔力……、分けて、くれてるのか?)
アインレーラ「……。」
アインレーラ(……あったかい)
アインレーラ(こんな風に、手を握ってもらったのって……、あの時以来だ)
アインレーラ(……もう、握ってもらえない)
アインレーラ(目……、見えて……)

アインレーラ「……、」
レルハルニー「うわっ!」
アインレーラ「……何、で……、何で、お前が……、」
レルハルニー「待て!」
アインレーラ「あっ!」
レルハルニー「急に走るな、まだ魔力供給が終わってない……、」
アインレーラ「うるさい!」
アインレーラ「何で助けたんだよ!いつもは見てるだけのくせに!」
アインレーラ「最悪だ……!お前だけは……、こんな……っ!」
レルハルニー「……。」
レルハルニー「……何で俺が、お前を助けたかって?そんなの、俺がお前ともう一度仲良くなりたいからに決まってるじゃないか。」
アインレーラ「……、」
レルハルニー「でも、人の心って不思議だよな。魔法みたいに、理屈じゃ説明できない。」
レルハルニー「俺にもよく分からないかもしれないな。俺がお前を、本当はどう思っているのか。」
アインレーラ「……、」
レルハルニー「でも、一つだけ確かなことがある。」
レルハルニー「今のお前には、そんな危険なものは使わせられないってことだ。」
アインレーラ「なっ……!」
アインレーラ「返せ!それは俺の魔道具……、」
レルハルニー「お前が使いこなせないなら、こんなの、お前の道具なんかじゃない。」
レルハルニー「子供のおもちゃにした方がマシだ。」
アインレーラ「あっ!」
アインレーラ「……。」
レルハルニー「……複数の初めて使う魔道具をあそこまで使いこなすなんて、並の技じゃない。」
レルハルニー「若返った分、なくした時間のせいだよ。仕方ないことだ。」
「……。」
レルハルニー「……ここは寒いな。早く帰ろう。」
レルハルニー「町まで送って行くよ。」
「いい。」
レルハルニー「アインレーラ……、」
レルハルニー「……、」
アインレーラ「『応えよ。縛れ。枷と謳え』!」
レルハルニー「っ……!」
レルハルニー「……その糸、もう一本持っていたのか。」
アインレーラ「これ以上、ごまかすなよ。」
アインレーラ「俺は知ってる!お前は嘘つきだ!無責任で、自分勝手で、いつも大切なことはぐらかして……!」
アインレーラ「でも……!家の名と責任にふさわしい、すごい魔法使いなんだ……!」
レルハルニー「……、」
アインレーラ「お前が人や町をむやみにを脅かすなんて馬鹿げたことをするわけない!なら、お前は一体何をしてるんだよ!」
アインレーラ「何かしてるなら、どうして何も説明してくれないんだよ……!」
レルハルニー「……。」
アインレーラ「はあ、はあっ……、」
レルハルニー「アインレーラ。」
レルハルニー「俺の知らないところで、ずいぶん成長したんだな。」
アインレーラ「……。」
レルハルニー「お前のこと、町まで送って行くって言ったけど、……嘘になる。」
レルハルニー「ごめんな。」

レルハルニー「……。」
「あれー、レルハルニー君。」
ヨルスウィズ「変装もしないで、どうしたのー?俺に何か用でもあった?」
レルハルニー「とぼけないでいただけますか。」
ヨルスウィズ「うわー、以外。君の口からそんな言葉が出るなんてなー。」
レルハルニー「彼はあなたの教え子でしょう。何故、危機に陥ってると知りながら助けなかったんですか。」
レルハルニー「………かつて僕がアカデミーを監視対象から外したのは、あなたという人間を信用したからでした。彼をあそこから連れ戻さなかったのも……、」
レルハルニー「ですが、どうやら僕の目が曇っていたようですね。」
ヨルスウィズ「どうして俺がかわいい教え子に手を差し伸べなかったと思う?」
ヨルスウィズ「理由のひとつは、まあ単純。君が先にあいつを助けたからさ。」
レルハルニー「……。」
ヨルスウィズ「君、あいつがちょっと斜面から落ちたら、顔色変えてすっ飛んでいくからさー。俺の出る幕、なかったんだよねー。」
ヨルスウィズ「君があと少し遅れていたら、俺が助けていたよ。その様子じゃあ、信用してもらえてないだろうけど。」
レルハルニー「……『ひとつ』ということは、まだ理由があるのでしょう。」
ヨルスウィズ「んー、まあね。ふたつめもこれまた単純。」
ヨルスウィズ「俺、君ほど過保護じゃないんだ。」
ヨルスウィズ「アインレーラは、自分の意思で無茶して俺たちに嘘ついて、君に会いに行こうとした。そこまでする覚悟があいつにあるなら、俺は止めないよ。」
レルハルニー「覚悟?焦りの間違いでしょう。」
ヨルスウィズ「決めつけで否定にかかるのはよくないよ。感情的になってる証拠だ。」
ヨルスウィズ「いつもの君なら、そんな真似しないはずだぜ。」
レルハルニー「……、」
「ヨルくーん!どこにいるの?」
ヨルスウィズ「今行くよー!」
ヨルスウィズ「じゃあ、俺約束があるから。また今度ね~。」
レルハルニー「あなたとは、二度と会いたくないですね。」
ヨルスウィズ「嫌でも顔を合わせることになるよ。近いうちに。」
ヨルスウィズ「君とアインレーラがそうなるようにね。」

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