第10話:言の葉の種

ブレイデン「ふ~ん。アンタが起きているなんて珍しいな。」
ロワローゼン「あれ?どうしたの?」
ブレイデン「なんだ、オレは呼ばれたわけじゃねえのか。てっきり、神樹さまの熱い要望により招かれたのかと?」
ロワローゼン「さあ、ボクは知らないなあ。そういうことはメルに聞いてよ。」
ロワローゼン「でも、ブレイデン。キミはもう、種に還ったの?」
ブレイデン「ま~ね。塵にもなれない呪われた身のうえだ。」
ブレイデン「いまは漂い流れる力のようなモンか。やがては、この姿も見失ってゆくだろう。」
ロワローゼン「それならキミと話すのも、これが最後なのかもしれないね。」
ブレイデン「ケケケ。そういえば、メルローゼンと会ったよ。」
ブレイデン「相も変わらず、妙な格好してた。神樹さまが認めたとは、未だに信じられないんだが。」
ロワローゼン「メルは、ボクよりも庭園の住人らしいよ。ありもしない姿に執着している、亡霊だから。」
ロワローゼン「メルは、見失っているんだ。かつてどのような人間だったか、なにも覚えてない。」
ロワローゼン「庭園の住人としては、ありふれた話かもしれないけど。そんなことに執着するひとは、ほかにはいないからね。」
ブレイデン「ふ~ん。だからああやって、変装を繰り返しているわけね。」
ブレイデン「まるで、白灰の王の伝承だな。自己を規定する心の所在が曖昧であるがゆえに、絶えず姿を変えていき、いつしかその原型を見失った。」
ブレイデン「王に残されたのは、名前だけ。あとはまあ、誓約の力だな。」
ブレイデン「メルローゼンと白灰の王。ただひとつ異なるのはアンタという理解者がいたことか。」
ロワローゼン「さあ。ボクは外の世界のことはさっぱりだから。」
ロワローゼン「ふああ、会いたいなあ。メルといっしょに眠りたい気分。」
ブレイデン「ケケケ。アンタにもなにかを待ち焦がれることがあるのか。」
ロワローゼン「ボクと血を分けた相手だからね。メルの不在をほかのもので埋め合わせることはできない。」
ロワローゼン「本能が、ヒリつくような焦燥を覚えるんだ。まるで、手足が欠けてしまったかのように。」
ロワローゼン「だから、いつまでもいっしょにまどろんでいたい。キミは、永遠なんて呪いだと口にしていたけど。」
ロワローゼン「ボクたちは、変わらないままでいたい。この身のうえでいられることが、大切なんだ。」
ブレイデン「そっか。いかにもアンタらしくて、安心したよ。」

キアン「う。あ。」
キアン「シナモン?メープル?ジンジャー?」
キアン「みんなの声。もう、きこえない。」
「逃げろ、キアン!」
キアン「え?」
?(ブラン)「……。」
キアン「あっ!」
キアン「やめて。種はだめっ。」
メルローゼン「キアン。ブレイデンが、誓約の対価に種を差し出したンだよ。」
キアン「しらない。そんなの、しらない。」
キアン「王さま。種に、ふれないで。」
キアン「ブレイデン。もっていかないで。」
キアン「王さま!やめて……!」
?(ブラン)「クルルルゥ!」
ユウ「キアン!」
キアン「……っ!」
「ブラン、もうやめてください!」
ブラン「……。」
グリゼル「ブラン……。かつてわたしが名付けた、あなたの名前です。」
グリゼル「ようやく。また、会えましたね。」
メルク「グリゼルさん……?」
グリゼル「わたしの虚弱体質を治す対価……、それはあなたの名前を見つけること。でも……、幼いわたしはその意味をはき違えていた。」
グリゼル「あなたに名前がないものだと思い込んで、あなたに名前を付けた。癒しの力を持つ、ブランの名を。」
グリゼル「ずっと、あなたをまた会いたかった。あなたをこの名で呼びたかった。」
グリゼル「あなたと別れたのちに、あなたの正体を知り、そして気づいたから。」
グリゼル「誰もがあなたをあなたとしてではなく、誓約の力を持つ白灰の王としてしか見ないことを。」
グリゼル「もう、やめてください。」
グリゼル「あなたは、己の本当がわからないから己の体質をよすがに、答えを求めて神樹さまに近づこうとしているだけなのではありませんか?」
グリゼル「その問いに……、わたしはブランと答えたいんです。あなたは本当は優しい心の持ち主のはずです。」
グリゼル「その体質がわからないままに己の姿を忘れ、魔物になったがために永遠を求め続けているだけ。」
グリゼル「あなたから流れ込んできた力は……、あたたかく、おそろしく、そして、さみしかった。」
グリゼル「きっと、このままキアンちゃんを退けて、その種を手に入れても、あなたが本当に望んだものは手に入らない。」
ブラン「……。」
グリゼル「ブラン!だって、あなたはあのとき……っ!」
メルローゼン「ど~しようもね~よ。誓約は成ったんだ。感情でそれを覆すことはできない。」
メルローゼン「そしてあいつの名は、白灰の王だ。」
メルク「それでは、やはりブレイデンさんの種は……!」
メルローゼン「あたしたちにできるのは、ふたつにひとつだ。白灰の王が種を手に入れるのを見届けるか、種を守り抜いて、代わりにおっかない代償を得るか。」
メルク「そんな……。」
グリゼル「いいえ、いいえ!」
グリゼル「わたしは信じます!わたしは、わたしだけは。ブランの、あのさみしい心の傍にいたい!」
ブラン「クルルルゥ……!」
キアン「……っ!」
メルク「白灰の王さまがキアンさんに近づいていくのですよ!」
メルローゼン「どうすンだ~?」
グリゼル「わたしは、ブランを信じます。だからどうか、これからさき、ブランがすることを見守ってくれませんか。」
グリゼル「いざという時は、わたしがキアンちゃんの代わりになりますから。」
ユウ「グリゼ……、」
ブラン「クルルルルゥ!」
キアン「……っ!ブレイデン、わたさない……!」
ユウ「キアン、ブラン……!」
メルク「みゅっ!種から、光が……!」

「気づけば、オレはまたここに立っていた。だが、これまでとはどうも様子が異なっていた。」
「その違和感の正体が、ニオイだと気づいた。オレは探るように、周囲を眺めまわした。」
「ふと、目に留まったのは。榛の木の枝葉にかかる、ゆりかごだった。」
「かつて、庭園を追放されたオレは、白灰の森で種に成り果てようとしていた。」
「未練はない、恐怖もなかった。あらゆる感覚が、すでに機能していなかった。」
「庭園の管理人となったその日から。オレのなかにある時計の針は止まったままだった。」
「そして夢幻をさまよっていたそんなとき、枝葉にかかるゆりかごが、目に留まったのだ。」
「ゆりかごのなかにいたのは、森に魅入られた、あどけない幼子だった。」
「ふと気まぐれを起こしたオレは、白灰の王と、ある誓約を交わすことにした。」
「それは、いつか種を譲り渡す代わりに、力を分け与えてほしいというものだった。」
「おかげでひとまず肉体を維持することはできた。代わりに樹枝のような紋様が全身に現れた。永遠を望む王と誓約を結んだ、呪いのしるしだった。」
「オレは幼子に小さな庭を与えた。幼子は、すこやかに成長していった。」
「身も心も老いることがなければ、成長もない、そんなオレとは異なり、幼子にはたしかな時間が流れていた。」
「ただ幼子を眺めているだけで、まるでオレにも時間が戻ったかのような錯覚を覚えた。」
「管理人となったのは、いつの日のことだったか。記憶にすら残っていない遠い昔日に、失われたもの。」
「老いること。やがては朽ち果てること。限りある命を育むということ。」
「誰しもが生まれながらに与えられたいたはずの、時間。ひとりの人間として生きる力を、オレは渇望していることに気づいた。」
「不意に、声が聞こえた。芽ぐむことのない木偶の名辞を、呼ぶ声が。」

「種に還れども、芽ぐまば、はやしく咲かんとすなり。種に還れども、芽ぐまば、あえかな露の身たり。」

メルローゼン「はァ。ただいま~!」
ロワローゼン「やあ。おかえり、メル。」
メルローゼン「ロワ!どうしたンだよ、ずっと起きていたのか?」
メルローゼン「あ、さてはっ!おねえちゃンがそばにいなくて寂しかったンだろ!」
メルローゼン「ニョホホ!かわいいヤツめ~!」
メルローゼン「よしよし、いいこだからこっちにおいで~!おねえちゃンがいっしょに添い寝してやるからさァ!」
ロワローゼン「もし仮に、メルがボクのお姉ちゃんだとしても。」
ロワローゼン「ボクをひとり残して遊びにいっちゃうヒトを、ボクのお姉ちゃんと認めることはできないかな。」
メルローゼン「ンなっ!?だっ、誰だ誰だロワをほったらかしにしたヤツは~!」
メルローゼン「ニョホホ!このあたしでした~っ!」
メルローゼン「ロワ。ごめンちゃい。」
ロワローゼン「ふふ。」
メルローゼン「おいっ!?ヒトが謝ってンのに、どして笑うの!?」
ロワローゼン「いや、メルの顔。そんなにおもしろかったかなって、つい。」
メルローゼン「誰の顔がおもしろいって!?フンだフンだ、ロワとはもう添い寝してやら~ン!」
ロワローゼン「ごめんね、からかってるんじゃないんだよ。ちょっと、変わったような気がするんだ。ブレイデンが、そうだったように。」
メルローゼン「ふ~ン。ロワも、あいつに会ったのか。」
メルローゼン「まァ、そういうことだってあンのかもな。でもあたしたちは、いまの関係でイイよな~っ!」
ロワローゼン「うん、そうだね。ずっとふたりで、永遠にまどろんでいられたら。」

ミルトニア「誓約はなされちゃったね。種は王さまのもとに。そして王さまは永遠を手に入れた。」
ミルトニア「ふふ、まさかこんなことになるなんてなあ。永遠を手に入れた王さまはどこへ飛び立ったのかなあ。もしかして、庭園を探す旅にでたのかもね。」
ユウ「永遠か……。本当にそれでよかったのかな。」
メルク「わからないのですよ。でも、望みがかなったことは確かなのです。」
グリゼル「……。」
グリゼル「人の心では耐えられない永遠も、魔物にとっては受け入れられることなのかもしれません。」
グリゼル「私はもう、ブランにとってはいつか忘れ行くひと時になってしまったんですね。」
グリゼル「かつてのブレイデンさんにとってのキアンちゃんと同じように。」
グリゼル「いえ、あれほど気をかけてもらったわけでもないのですが。ふふ、悔しいですね。」
グリゼル「わたし……、ブランの、理解者になってあげたかった。さみしい心に寄り添ってあげたかった。」
グリゼル「……永遠を手に入れたブランをわたしはもう、理解することが、できません。」
メルク「グリゼルさん……。」
グリゼル「でも……、いいんです。たとえ、もはや失われてしまうものだとしても。」
グリゼル「ブランはやっぱり、わたしが感じた心の欠片を持っていてくれたから。」
グリゼル「きっとブレイデンさんとキアンちゃんの暮らしがブランの心の欠片をさらに芽吹かせてくれたんです。ブレイデンさんとキアンちゃんの、時の流れが。」
グリゼル「……誓約が言葉で成されている以上、語られなかった抜け道がそこにはあります。」
グリゼル「そう。かつて、ブランがその抜け道を使って対価を誤った私に代償を課さなかったように。」
キアン「ん。種は。」
キアン「ない。どこ、いったの。」
キアン「どして。王さま、王さま。」
キアン「う。うう。」
キアン「え?」
キアン「シナモン?」
キアン「まって。ね、まって!」
キアン「いない。いないっ。」
キアン「わっ!?」
キアン「膝、すりむけた。ひりひり、する。」
「ケケケ。なにやってんの、オマエ。」
キアン「あ。」
グリゼル「ブランが奪ったのは永遠を司る種の力。そして、残った器を捨てただけ。」
グリゼル「契約は種を与えるということだったから、不必要なものをどうしようが、契約がなされたことに変わりはない。」
ミルトニア「……。」
ミルトニア「わからないなあ。王さまはどうして、そんな面倒なことをしてまで誓約を破ったブレイデンを見逃したの?」
ミルトニア「名前なんて、ただの音の羅列なのに。」
グリゼル「そんなことありません。あれは、ブランの所在を示すもの。わたしの中で芽吹いた、ブランのあり方。」
グリゼル「それが……、」
ミルトニア「……なまえ。」
グリゼル「はいっ。」
ミルトニア「……。」
ミルトニア「なまえ、かあ。」

「よう。」
「……。」
「あら。もしかして、忘れちゃった?」
「ブレイデン……?」
「ケケケ。ど~だか。」
「……。」
「なあ。もういちど、呼んでくれるか。」
「ブレイデン!」

「ただいま。」
「キアン。」

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