第9話:森の幼子

「深緑の原風景。」
「夢に立ち現れるのは、ただひとつ。視界いっぱいに広がる深緑の原風景。」
「オレは森に魅入られていた。たしか。そのはずだった。森に魅入られた存在は、庭園の管理人となる資格を持つ。そして、管理人となったオレは、永遠の心体を手にした。」
「外界への関心を持たぬ者、感情の表出の乏しい者。自己規定の曖昧な、社会から隔絶された者。森に魅入られた存在は、得てして孤独な者だ。」
「ゆえに、未練はなかったのかもしれない。目にしたもの。耳にしたもの。口にしたもの。あらゆる体験が、膨大な空虚に押しつぶされた。」
「庭園の目的は、とある歴史の保存。管理人は庭園の機能として活動をつづける。それは心身のあらゆる感覚を麻痺させていった。」
「個を失い、庭園の機能に適合した心体に。残されたものは、たったひとつの原風景。」
「深緑の世界だった。」
「かつて、この地を訪ねたときにいちどだけ。深みへと足を踏み入れていったことがある。」
「オレはそこで、幻視体験をした。とある双子の物語だった。」
「そして、すぐに気づいた。よそ者が触れてはいけない領域であることに。」
「双子の神話によれば。神樹はかつて、人間であったという。」
「オレは知った、ひとつきりの名を。庭園の象徴となるまえの、神樹の名を。」
「老いようと、朽ちようと、種に還ろうと。命を授かった証である、名前だけは変わらない。」
「いかに姿形が変われども。揺らぐことのない、たしかなもの。少女にも、かつてはその名があったのだと知った。」
「管理人にあるまじき反応だったが、オレは庭園のありかたに疑問を抱き始めた。」
「やがて、オレは庭園を追放された。そして、一人の幼子と出会った。」

ユウ「これが、種……?」
グリゼル「管理人の種は、力の結晶です。手にした者は永遠を与えられると言われています。」
メルローゼン「うン。だから、王の望みはこれで叶う。」
ミルトニア「やっぱりわからない。あんなにも、神樹さまに執心していたキミが。」
ミルトニア「どうして、幼子のために。神樹さまから授かった力を放棄したのかな。」
ミルトニア「この場所も、庭園の真似事だし。てっきり神樹さまに未練があるのかと思っていた。」
メルローゼン「まァ、たしかに。かつてのブレイデンなら、ありえない判断だった。」
ミルトニア「ふふ。まるで、人間みたい。」
キアン「果物?おっきい。」
キアン「ブレイデン。お~い。」
キアン「む。ブレイデン?」
キアン「でて、こない。つまんない。」
キアン「ね。ベル。」
キアン「ん。いない?」
キアン「シナモン。メープル。ジンジャー。」
キアン「みんな。ねてるの。」
キアン「お~い。お~い。」
キアン「む。うごかない。」
ミルトニア「ふふ、たいしたことはないよ。ブレイデンは、あるべきところに還っただけ。」
キアン「ん。わかんない。」
ミルトニア「種になったら、おやすみなさい。そこからもう、起きてくることはないの。」
キアン「どして。キアンは?」
メルローゼン「う~ン、と。今後、キアンはほかの場所に住んでもらうことになる。ブレイデンやメリーベルたちは、いっしょに行けない。」
キアン「え。やだよ。」
キアン「キアンも。いっしょ。」
メルローゼン「おいっ、キアン?その種に近づいたら、ダメだって!」
メルク「みゅわわっ!?地中から巨大な樹木が這いだしてきたのですよっ!?」
ミルトニア「うん。庭園が、どんどん壊れていっちゃうね。」
ミルトニア「森に魅入られた幼子の力で、大地に眠っていた緑精が暴走しているのかな。」
メルローゼン「いや、あれは……。」
キアン「声。きこえる。」
グリゼル「あっ!?キアンちゃん、待ってください!」
グリゼル「白灰の森です!いますぐあとを追いかけましょう!」
ユウ「あ、おいっ!ブレイデンの種がなくなって……!?」
メルク「あちらなのです!枝葉を橋渡しみたいにしながら、木々の間を転がっていくのですよ!」
?(ブラン)「クルルルゥ!」
メルローゼン「まずいっ!王がキアンのところに!」
ユウ「種を追ってるんだ……!このままじゃキアンが危ない!」
メルローゼン「あ~もう!言ったそばから世話焼かされるハメになってンだけど!」

メルローゼン「キアン!こっちに戻ってこい!」

「きこえる?」
「きこえる。きこえる。きこえる。」
「目にうかばない涙も。口にだせない悲嘆も。耳にとどかない哀願も。」
「ぜんぶ。キアンのなか。」
「とどかないものは、いらない。わかんないものは、いらない。」
「いらない。いらない。」
「邪魔なものは、いらない。」

グリゼル「やめてくださいっ!キアンちゃん、種から離れて!」
ミルトニア「ふふ。種を取り込んで庭園の管理人にでもなるつもり?」
メルク「ブレイデンさんは永遠を呪いだと言っていたのですよ。キアンさんがそうなることは望んでいないはずなのです!」
キアン「王さまには、あげない。」
?(ブラン)「クルルゥ……!」
メルローゼン「白灰の王を少しとはいえ退けるか。永遠の封じられている種とはいえ、たいしたモンだな。」
メルローゼン「そしてその力を操るキアンも。だが……、それも時間の問題か。」
メルローゼン「もうあのキアンは、涙も叫びも知らない森に魅入られた幼子じゃない。」
メルローゼン「ブレイデンに執着する、ただのコドモ。いずれ種の力も操れなくなる。そうすれば、ひとたまりもない、か。」
メルローゼン「ったく、しかたね~な~!ユウ、グリゼルも、手を貸してくれるか。」
ユウ「ああ。今は白灰の王からキアンを守らないと……!」

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