第8話:呪われし樹果

ブレイデン「たいそうなモンだよなあ。わずかな緑精の力を寄せ集めたところで、アンタにいったいなにができんの?」
ミルトニア「ふふふ。キミには、関係ないでしょ。」
グリゼル「や、やめてください!」
ミルトニア「なあに?グリゼル。」
グリゼル「白灰の王から、手を引いてください。今度は、ただの怪我では済まないかもしれません。」
ミルトニア「それがどうかしたの?」
グリゼル「えっ?」
ミルトニア「ねえ、どうしてあなたが口をはさむのかな。白灰の王がいなくなったほうが、あなたにとってもいいことなのかと思うんだけど。」
グリゼル「それは……、」
ブレイデン「なあ。アンタもかの王と誓約を結んでんだろ~?」
ユウ「え?グリゼルが、白灰の王と……?」
ブレイデン「メルローゼンですら力の使えないこの場所で、アンタはミルトニアの治療に緑精の手を借りた。」
ブレイデン「おかげで傷はたちどころに癒えた。緑精の力を蓄えている白灰の王との繋がりがなければ、できない芸当だな。」
グリゼル「えっと、はい。ブレイデンさんは、気づいていたんですね。」
メルローゼン「グリゼル。どうして、おまえも。」
グリゼル「わたしは生まれつき重度の虚弱体質だったんです。白灰の王に力を分け与えてもらうまえまでは、人並みの生活を送ることすら困難なほどに。」
メルク「では、グリゼルさんは白灰の王さまに恩義があったのですね……。」
ミルトニア「あはは。キミのことは、ちょっといいなって。いいこいいこ、してあげたいなって気分だったけど。」
ミルトニア「おあずけ、だね。やっぱり、私がかわいがるのは、私だけだもん。」
ミルトニア「ねえ、メルローゼン。キミは、どうするの?」
メルローゼン「ここでブレイデンを相手にしても、手も足も出ないままやられちゃうけど。」
メルローゼン「う~ン。ミルトニアがそのつもりなら、あたしは構わないよ。」
グリゼル「へっ!?な、なんでそうなっちゃうんですか~っ!自分の体を大切にしたくださいっ!」
ブレイデン「あ~そう。この状況でも、相変わらずだなあ。」
ブレイデン「ミルトニア。メルローゼン。アンタらが、説得の通じる相手じゃね~のは理解してる。庭園を守るためならば、いかなる手段も厭わないだろう。」
ブレイデン「かつてはオレもおんなじだった。ま、いまはそういうわけにもいかなくなったが。」
ブレイデン「だから、ひとつ交渉を申し出たい。」
ミルトニア「ふうん、キミが。でも、なあに……?」
ブレイデン「白灰の王がここを去れば、やがて緑精たちは森のなかを正常に循環する。白灰の森は、緑精の手に返してもらって構わない。」
メルローゼン「ン?イイの?」
ブレイデン「ただその代りに、白灰の王から手を引いてもらえないか?」
ミルトニア「王さまが森を去ったところで。また同じことを繰り返しちゃうでしょ。」
ブレイデン「本来、生命を維持するだけならば。白灰の森ほどの大きな影響力を持つ場所を作る必要はない。」
ブレイデン「ま、とはいえ。森に魅入られたキアンには、王の緑精を抑える力が不可欠だ。」
ブレイデン「キアンひとり生活できるくらいの、小さな庭でいい。白灰の王さえいれば、キアンは平穏に暮らしていける。」
ミルトニア「そう。私は、別にいいよ。」
ブレイデン「だろ~な。メルローゼンは、どうだよ。」
メルローゼン「はァ?おまえ、いったいなにがしたいンだよ。」
メルローゼン「つ~か、状況はこっちが不利なわけだし。あたしたちにとっては都合のイイ話でしかないけど。あの王が、おまえの言葉を受け入れるはずないだろ。」
ブレイデン「い~や。オレは、王の望みを叶えてやれるからな。」
グリゼル「王の望み?それって……!」
ブレイデン「さて、白灰の王よ。誓約をいま、果たそうか。」
?(ブラン)「……。」
グリゼル「し、白灰の王……!」
ユウ「これが……!?普通のモンスターとは違うみたいだ。」
?(ブラン)「……。」
ブレイデン「悪かったな、王よ。種を譲り渡すのが、ずいぶん遅くなってしまった。」
ブレイデン「そして、これからもキアンがあんたの森で暮らすことを許してくれ。」
?(ブラン)「……。」
グリゼル「……。」
メルローゼン「もしかして。おまえ、誓約の対価にみずからの種を選んだのか?」
ブレイデン「ああ。ま、そんなわけで管理人の務めを果たさねえと。」
ミルトニア「そう。なら、さよならだね。」
ユウ「ブレイデンさん。初めからそのつもりで、ここに……?」
ブレイデン「キアン。ちょっと、こっちに来てくれるか。」
キアン「ん。なに。」

「なあ、キアン。」
「大きく、なったなあ。」
「髪も、ずいぶん伸びた。またいつか、切ってやらねえとな。」
「ケケケ。なんて、いきなり言われても困るだけか。」
「ずっと、そばにいたはずなのに。オレは、ただ遠くから見ていることしかできなかった。」
「どうすればいいのか、わからないまま。オレは木偶人形を介して、接することしかできなかった。」
「怖かったんだ。オマエの、時間に触れることが。」
「空白の集積に、たちまち埋もれていくような。ほんの小さな隔たりに、寄りかかろうとすることが。」
「オレは、キアンの生涯を瞬く間に飛び越えて。やがてはオマエの顔も、忘れてしまうだろう。」
「きっと、オレはなにも感じない。喪失の痛みすら欠落したオレには、理解すらできない。」
「その事実に、耐えられなかった。だからオレは、この手で触れることを恐れた。」
「そうにもかかわらず。なにやってんだろうな、オレは。」
「しってる。」
「キアン……?」
「キアン。あなたのこと、しってる。」
「メリーベル。」
「シナモン。メープル。ジンジャー。」
「キアンは、たくさんのあなたにふれていた。そのなかで、あなたの声も、キアンにとどいていた。」
「ブレイデン。」
「けけ。」
「ずっと、気になっていたんだ。どこでそんなふざけた笑い方を覚えてきたのか。」
「オレの声、オマエに届いていたんだな。」
「うん。そだよ。」
「キアン。もういちど、オレの名を呼んでくれるか。」
「わかった。」
「ブレイデン。」
「ああ、そうさ。ブレイデンってのは、オレの名だ。」
「覚えておいてくれるか。万葉なる言辞のひとつきり。」
「オマエのなかで、いつか芽吹くかもしれない。その、たったひとつの名辞を。」
「ん。」

ブレイデン「メルローゼン。キアンが面倒をかけるな。」
メルローゼン「は!?ど~してこのあたしが世話を焼くことになってンのっ!?」
ブレイデン「ケケ。アンタ、いつもヒマしてるだろ。」
ミルトニア「ねえ、ブレイデン。キミのことがさっぱりわからないんだけど。」
ブレイデン「ああ、たいしてなんにも考えてね~からな。」
ブレイデン「ま。そんなわけで、種に還るわ。」
キアン「ブレイデン……?」
ブレイデン「常若の園生に見初められし骨身は果てを知らず、散りゆく徒花とも咲きすさびぬ身なれば、現世にありて、玉の緒なきうつほならん。」
ブレイデン「其は種なり。芽ぐむまじき言の葉の種なり。」
ブレイデン「塵土に還らず、豊饒なる腐敗を夢見に、ひとつきりの名辞をよすがとして、茫漠を流る永劫の種なり。」
ブレイデン「わが名はブレイデン。わが身は芽ぐむまじき言の葉の種。」
ブレイデン「常磐の路を流浪せん、赤楊の傀儡なり。」

「種に還れども、芽ぐまずば、枯れ果つるべくもあらず。種に還れども、芽ぐまずば、とこしえに樹果となり。」

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