第7話:王の誓約

キアン「なに。してるの。」
ミルトニア「ふふ。ここはキミの部屋?」
キアン「けけ。キアンの。」
ミルトニア「ねえ。ぬいぐるみ、たくさんあるね。」
キアン「ん。そだよ。」
ミルトニア「かわいいね。みんな、キミとそっくり。」
キアン「む。わかんない。」
ミルトニア「キミがいなくなったら。ここのみんな、悲しむかな。」
キアン「さあ。しらない。」
ミルトニア「あはは。キミは、かわいがってほしい?」
キアン「え。べつに。」
ミルトニア「ふうん。そっか。」
ユウ「お~い、キアン。ジンジャーが、いまからお茶会を始めるって……?」
メルローゼン「ンなっ、ミルトニア!?おまえ、もう怪我はいいのか!?」
ミルトニア「うん。ちょうどいまさっき、目を覚ましたところだよ。」
ミルトニア「傷は、ちゃんと癒えてるみたい。メルローゼンが手当てをしてくれたの?」
メルローゼン「いや。グリゼルっていう森番に治療してもらったンだけど。」
ミルトニア「ふふ、そうなんだ。あとで、いいこいいこ、してあげないとね。」

キアン「ベル。ね、たくさん。」
メリーベル「ハハッ、賑やかでいいですネ!古城に泊まっている客人ですよ、キアン。」
メルローゼン「ん?キアンも呼び出したのか、ブレイデン。」
メリーベル「ええ。なにやら、大切な話があるようで。」
メルローゼン「いや、おまえがブレイデンだろ。どうして他人事なンだっつ~の。」
メリーベル「ハア。様式美のわからねえガキはすっこんでろよ。」
メルローゼン「おいっ、役に徹しろよ!?あたしの演技が穴だらけとか言ってたくせにっ!?」
ジンジャー「フム、フム。失礼、もういちどよろしいでしょうか?」
シナモン「ンン!ンンン~!」
メルローゼン「ンなっ!は、離せっ、こンのナスザルども~!?」
ブレイデン「ケケケ。よう、揃ったか。」
ミルトニア「ふふ、ブレイデン。キミと再会するときが来るなんて思わなかったなあ。」
ブレイデン「ま、だろ~な。ミルトニア、怪我はもういいのか。」
ミルトニア「うん。グリゼルに、治療してもらったもん。」
グリゼル「あ、はいっ!でも、まだ安静にしてくださいねっ。」
グリゼル(ミルトニアさんが庭園の管理人。緑髪のブレイデンさんが庭園の元管理人。ノラさんもといメルローゼンさんが庭園の門番)
グリゼル(ユウさんから事前に教えてもらいましたが、あまりに目まぐるしく状況が変わっていくばかりで、もはやいったいなにが本当なのかさっぱりです~っ!)
グリゼル(ふふふふ。それにしても、庭園の住人と会えるなんて。頼みこめば、観光させてもらえたりしないでしょうか)
メルク「みゅ。グリゼルさんがよからぬ笑みを浮かべているのです。」
メルローゼン「おおかた、あたしたちに便乗して、庭園に乗りこもうと企ンだりしてンだろ。」
グリゼル「へっ!?どどっ、どうして筒抜けなんですか~っ!?」
メルローゼン「ニョホホホ!ちなみにこいつが庭園の門の鍵だぞ、ほりほり~っ!」
グリゼル「ああっ!?うっ、羨ましいです~っ!」
ブレイデン「アホか、アンタら。」
ユウ「そういえば、ミルトニアの傷。けっこうな深手かと思っていたけど。」
メルク「こんなに効き目があるなんて……、それはなんという薬草なのですよ?」
グリゼル「あっ、えっと、これは……、ブランの葉です。」
メルク「ブランの葉なのですよ?」
グリゼル「はい。わたしも子供の頃からお世話になっていた薬草で……、わたしにとっては、親友のような植物なんです。」
メリーベル「そうですか。しかし、いくらよく効く薬草とはいえ、これほどまでのはやい効き目があるとは。」
グリゼル「えっと、あはは。神樹さまの加護を受けているおかげでしょうか。ミルトニアさんの治療速度は、たいしたものでした。」
ブレイデン「ふ~ん。つまりアンタも、オレとおんなじわけだな。」
グリゼル「へっ。ブレイデン、さん……?」
ブレイデン「なあ、ミルトニア。顔を合わせるのは、オレが庭園を追放されて以来か。」
ミルトニア「うん。キミと会う機会はなんて、ほかにはないよね。」
ブレイデン「ハア。つれね~なあ。」
ブレイデン「どうして白灰の森に来たんだ、アンタ。もしかして、オレに気があったりしない?」
ミルトニア「ふふ。そんなわけないでしょ。」
ミルトニア「キミは知らないかもしれないけど。庭園はいま、不安定な状況にあるから。」
ミルトニア「緑精の循環に問題があってね。庭園の維持が困難になりつつあるの。」
ブレイデン「ふ~ん。管理人がいるにもかかわらず、か?」
ミルトニア「足りていないのは、管理人じゃないもん。園内を巡りゆく力、つまり緑精が減っているの。」
ミルトニア「庭園は、原初の森と繋がっているでしょ。そこから流れ込んできた力を、管理人が循環させる。」
ブレイデン「だが、本来は原初の森にあった力。その根源たる緑精が、外の世界に分散しているわけだ。」
ミルトニア「ねえ。知っているなら、どうして説明させるの。」
ブレイデン「いやまあ、ユウとか。知らねえヤツもいるだろ~?」
ブレイデン「かつて原初の森にとどまっていた力が、キアンのような森に近い存在へと流出している。」
ブレイデン「やっぱり、アンタ。キアンを庭園に招待することだけが目的じゃね~か。」
ミルトニア「あはは。うん、そうだよ。」
ミルトニア「森に近い存在を招いたところで。そのひとの身に宿されていた緑精が原初の森や庭園に戻るわけではないもんね。」
ミルトニア「種に還れば、話は別だけど。あとは、苗床に選ばれたり?」
ブレイデン「だが、いまは回りくどい真似をやってる場合ではないと。」
ブレイデン「白灰の王か。」
ミルトニア「ふふ。あの王さまはもう、ほったらかしにはできないかなあ。」
ミルトニア「森を白に染めるだけでは飽き足らず、いまなお、緑精の力を奪いつづけ、永遠に近づこうとしている王さま。」
ミルトニア「ねえ。危険だから、いまのうちに排除しないと。」
ブレイデン「ケケケ。以前までは歯牙にもかけていなかったのにな~?」
ミルトニア「うん。でも、いまはもうダメ。」
ミルトニア「力が集中している。あまりにたくさんの緑精が、この地に飲まれている。もはや看過できないほどの勢力を、手にしているから。」
ブレイデン「で。いまのアンタにど~にかできんの。」
ミルトニア「さあ、わからない。だけど庭園を守るために、やるべきことがあるもの。」
ブレイデン「残念ながら、緑精の力を頼れないこの森で。アンタやメルローゼンが白灰の王に楯つくのは無謀だな。」
ミルトニア「あははっ。やっぱり、キミは協力してくれないんだ?」
ミルトニア「ねえ。さっきから気になっていたんだけど。」
ミルトニア「どうしてキミは、まだ種になっていないの?」
ブレイデン「……。」
ミルトニア「庭園を追放された当時。力の枯渇していたキミは、意識すら失いかけていた。まさにいまにも種へ還りゆこうとしていたところだった。」
ミルトニア「ブレイデン。キミは、王さまと誓約を結んだの?」
ブレイデン「ケケケ。ああ、だったらな~に?」
メルローゼン「ンなっ!?おまえ、神樹さまを裏切ったのか!?」
ブレイデン「ハア。アホか、アンタは。」
ブレイデン「オレは追放の身だった。ゆえに白灰の王から力を借り受けた。宿主はかの王であり、庭園に追従する必要もない。」
ミルトニア「キミは、神樹さまを敬愛していた。執心もしていた。ここで、その真似事をするくらいに。なのにどうして、庭園の摂理に背くようなことをしたの?」
ブレイデン「へえ。そんなモン、あったっけ。」
ミルトニア「とぼけているの?庭園の管理人に朽ち果てることはありえないけど。それでも私たちはみんな種に還りゆく定めにある。」
ミルトニア「役目を終えたのなら、神樹さまより授かった大いなる力を自然に還すべき。」
ブレイデン「ケケケ。もちろん、忘れちゃないって。」
ブレイデン「悔いなんてなかったからな。オレはもとより種に還るつもりだった。」
メルローゼン「ブレイデン。だったら、いったいなンのために。」
ブレイデン「さあ。関係ね~だろ、アンタには。」
ユウ「キアン、ですか……?」
キアン「む。」
ユウ「ブレイデンさん、言っていましたよね。白灰の森に庭園を築いたのは、キアンのためだって。」
ユウ「キアンの成長を見守ろうとして。種へと還りゆくその宿命に、抗ったんじゃないですか?」
ブレイデン「ふ~ん。だとしたら、なんだっつ~の。」
ミルトニア「理由はあるの?キミが、そこまでしたことに。」
ブレイデン「さあ。あったっけな。」
ブレイデン「ま、どっちだっていいだろう。オレたちにとってそんなモンは意味をなさね~んだから。」
ブレイデン「なあ、ミルトニア。アンタは白灰の王にはかなわない。」
ブレイデン「そしてかの王と繋がりのあるオレは制約なしに緑精の力を借り出せる。いっぽうここでアンタは、ろくに力を使えやしない。」
ミルトニア「あはは。あははははっ。」
ミルトニア「ねえ、キミも知ってるでしょ。どっちだっていいの。」
ミルトニア「私は、庭園の管理人。私に実感を与えてくれるものは、そうありつづけるための選択だけ。」

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