第6話:箱庭の傀儡師

「災難だったなあ、アンタ。いや、怪我ひとつね~んだから、むしろ僥倖?」
「客人なんて、いつぶりだかなあ。ときおり訪ねてくる物好きな行商を除けば、だが。」
「ちなみに、茶葉なんかはそいつから仕入れているんだ。茶会って習慣は、もともと異国の風習らしい。」
「いまではこの国にも、普及されてきてんのか。詳しいことは知らんが、どっかの町娘に教わったんだと。」
「キアンも、苦いだなんたの文句言うわりに。あんがい気に入ってくれてるみたいでな~?ウチでもすっかり習慣づいちまったわけ。」
「アンタ、甘いモンは嫌いか?興味を示さねえから、てっきり苦手なんかと。」
「ケケケ。ま、あんだけ食卓に並べられてりゃあウンザリするか。」
「もちろん、まともな食事もあるが。せっかくこうしてウチを訪ねてきたわけだ?よければ、あしたはちゃんと出席していけよ。」

?(ブレイデン)「それにしても。無口なヤツだなあ、アンタ。」
?(ブレイデン)「ケケケ。まだ寝ぼけてんのか?」
ユウ「ええっと、あの。すみません、あなたはいったい……?」
?(ブレイデン)「ん、あ~そっか。アンタたちにはまだ名乗ってなかったっけ?」
?(ブレイデン)「オレはメリーベル。古城のあるじみて~なモンだ。」
ユウ「それじゃあ、さっきのメリーベルさんは?あなたは別人のメリーベルさんってことですか?」
?(ブレイデン)「い~や、オレがメリーベル。ちなみにシナモン、メープル、ジンジャーでもある。」
?(ブレイデン)「ケケケ。あいつらは、オレの木偶人形だからな。」
?(ブレイデン)「つまり、どいつもこいつもオレってわけ。まあメリーベルだけは、人形ってわからね~か。」
?(ブレイデン)「あいつはちょっとな。オレの代理として客人をもてなす役目があるモンで。」
?(ブレイデン)「人間とは区別がつかね~ように。魔法の皮膜で誤魔化してんだよ。」
ユウ「気づかなかった……。あのメリーベルも人形、だったのか。」
?(ブレイデン)「ふ~ん。アンタの目を騙せたんなら、わりといいデキなのかもな。」
ブレイデン「オレの名はブレイデン。古城の地下で隠居生活をしている、しがない傀儡師だ。」
ブレイデン「人間と対話する機会なんて、滅多にねえモンだから。気まぐれを起こして、アンタらをここに呼んだってわけ。」
メルク「ブレイデンさんって。もしかして、地下にこもりきりなのです?」
ブレイデン「ま~ね。この身を、あいつのまえに曝すのはど~も気後れしてな。」
ユウ「あいつって……、もしかしてキアンのことですか?」
ブレイデン「ああ。まだ物心のついていなかったころからな。あいつの世話はメリーベルやシナモンに任せっぱなしだ。」
ユウ「ということは、つまり。古城で、ずっとふたりきりの生活を?」
ブレイデン「そうさ。キアンは、ここでなければダメなんだよ。」
ブレイデン「キアンは、ただの子どもじゃない。生まれつき、森に魅入られた幼子だった。」
ユウ「森に魅入られた、ですか?不思議な雰囲気の女の子だなとは思いましたけど。」
ブレイデン「あいつは、別格だよ。日常生活に支障をきたすほど、森との相性がいい。」
ブレイデン「だから、オレは。緑精の活動が抑制された白灰の森に、あいつのための、小さな庭を用意した。」
メルク「みゅ、なるほど。森の力である緑精が抑制された白灰の森なら、森の影響を受けづらいということなのですね~。」
ブレイデン「ああ。とはいえ、オレとキアンに血の繋がりはない。」
ブレイデン「いちおう、赤の他人だからな。ここで暮らすようになったのは、ほんの偶然だ。」
ユウ「ん?それなのに、どうしてブレイデンさんが世話を……?」
メリーベル「ハハハッ、ふたりとも!祭司サンが見つかりましたよ!」
ユウ「うわっ!メリーベル!?」
メリーベル「シナモンがカノジョを森のなかで発見しました。グリゼルもアナタたちを探しているようです。」
メルク「わ、わかったのですよ!私たしも、いますぐに向かうのです!」
ユウ「えっと……、メリーベルを動かしてるってことは、ブレイデンさんはここから出るつもりはないってこと、ですよね。」
ブレイデン「ん。ま~ね。」
ユウ「わかりました。それじゃあ……、俺たちは行きますから。ノラさんを見つけてくれてありがとうございます。」
ブレイデン「ああ。また気が向いたら遊びに来いよ。」

グリゼル「ノラさん!無事だったんですか!?」
ノラ(メルローゼン)「ええ、どうにか。それよりも、グリゼルさんに頼みがあるのです。」
グリゼル「あの、背中の女性は……?見たところ、深い傷を負っているようですけど。」
ノラ「はい。運悪く、モンスターの群れと遭遇しまして。彼女が襲われているところを助けたのです。」
グリゼル「へっ!?わたしたちとはぐれたあとに、そんなことが……?」
ノラ「かろうじて逃げおおせた私は、彼女を背負って森をさまよっていたところ、奇妙な木偶人形に会い、ここまで案内されました。」
ノラ「それで、グリゼルさん。あなたは薬草治療の心得があると聞いております。」
ノラ「この場所では、私の力も満足に扱えません。よろしければ、彼女の治療をしていただきたいのです。」
グリゼル「は、はいっ、任せてください!メリーベルさん、客室をお借りしますっ!」
メリーベル「ええ、モチロンです。ワタシにできることがありましたら、ナ~ンなりとお申し付けくださいネ。」
メープル「茶葉や菓子ならいくらでもあるんだがよ!ほかに役立てるモンあったっけな~!」
シナモン「ンン。ンンン。」
ジンジャー「メープル、シナモン。ワタクシたちは、下がっていましょう。せめて、みなサンの邪魔にならないように。」

ノラ「ミルトニア。どうして、あンなにも無茶な真似を。」
ノラ(いや、まあ。もとからデタラメなヤツではあったし。力を使えない状況に陥ったのは、初めてだったけど)
ノラ(庭園の管理人であること。その事実だけに、あいつは縋ってるのかもしれンな)
メルク「あの、ノラさん。もしかして、知り合いだったのです?」
ノラ「ふたりとも、来ていたのですね。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした。」
ノラ「怪我を負った女性、ミルトニアについては。察しの通り、古くからの知己になります。」
ユウ「そうだったんですか。こちらこそ、ノラさんの力になれず。護衛として雇われていたはずなのに。」
ノラ「ふふ。いえ、気になさらないでください。」
ノラ「実は、私もほっとしているのです。みなさんを、巻きこまずに済みましたから。」
ユウ「それで、また別件なんですけど。さっき食堂にいた女の子、覚えてますか。」
ユウ「ここではキアンと呼ばれているみたいえす。ノラさんの探していた姪かもしれないので。」
ノラ「なるほど。あの場に、いたのですね。」
ノラ「のちほど、会いに行ってみます。とはいえ私が気づかなかった時点で、おそらく。」
ユウ「わかりました。あともうひとつ、ノラさんに尋ねたいことがありまして。」
ノラ「ええ。もちろん、構いませんが。」
ユウ「白灰の森で、なにがあったのか覚えていますか?俺は、いつの間にか気を失っていたみたいなんです。メルクもなにがあったかわからないって。」
ノラ「あのときのこと、ですか。え~っと、気づいたころには、おまえらとはぐれていたから、私は……?」
メリーベル「ミルトニアを助けるために。白灰の王と戦ったのですネ。」
ノラ「はい?あなたは、古城の……?」
メリーベル「城主のメリーベル。庭園を追放された、元管理人です。」
ノラ「なっ!おまえ、まさか……!?」
メリーベル「おやおや、メルローゼン。相も変わらず、演技が穴だらけだなあ。」
メルク「メリーベルさん……?それにノラさんも、いきなりどうしたのですよ?」
メリーベル「なあ、メルローゼン。なんのために、ここまでやってきた。キアンの勧誘か、おい?それとも、ねえ?」
ノラ「ふ~ン。てっきり種になったもンかと思ってたけど。」
ノラ「ブレイデン、だな。奇妙な木偶人形で、くだらンごっこ遊び。」
ノラ「いや、恥ずかしいな。そのふざけたデザインを目にした時点で、気づくことのできなかった、あたしが。」
メリーベル「ケケ。ガキのアンタにはわからねえか。」
ノラ「おいっ!?だだ、誰がガキだ!ナス!このナス!」
メリーベル「あら~?もしかしてアンタ、まだ野菜ひとつ食べらんね~の?」
ユウ「ちょっと、ふたりとも!?あの、すっかり置いてけぼりなんですけどっ!?」
メリーベル「ハハッ!いやはや、失礼いたしました。」
メリーベル「ユウサン、メルクサン、それにノラサン?ご案内したいトコロがございますので、古城へどうぞ。」

ブレイデン「ま、そんなわけで。なにやってんの、アンタ。」
「う、うるさいっ!着替えてくるから、ちょっと待ってろ~!」
ユウ「状況がさっぱりというか。ノラさんって、いったい何者なんですか?」
ブレイデン「あいつはメルローゼン、庭園の門番だよ。手短に説明すると、変装趣味があってな。名前も、職業も、年齢も、口調も、すべては嘘っぱち。」
ユウ「って、年齢も!?」
ブレイデン「ま~ね。生まれながらに授かった力らしいが、メルローゼンは肉体年齢を操作できるわけ。」
ユウ「そんなことができるのか……。メルローゼン、か。」
メルローゼン「ども。お待たせ~っ。」
メルク「あなたがさっきまでの、あの長身美人だったノラさんなのですよ!?」
メルク「えっと。本名は、メルローゼンさんなのですね。」
メルローゼン「ごめンちゃい。ノラっていうのは、変装するときに考えた偽名なンだ。」
メルローゼン「あたしは庭園の門番。管理人とはまた異なる立場だけど。ブレイデンとは、いちおう元同僚になンのか。」
メルローゼン「騙して悪かったな。姪を探してるって話だったが、あれは依頼の口実。祭司ってのも、ロワといっしょに取り決めた設定だ。」
ブレイデン「ふ~ん。おおかた予想はつくが、どうしてそんな真似を?」
メルローゼン「ニョホホ!もちろン、たんなる暇つぶし!」
ユウ「えっ!?たったそれだけなの!?」
ブレイデン「ま~残念だが。こいつと巡り会ったが運の尽きってヤツ?」
メルローゼン「あと、ミルトニアが目をつけてた幼子。どんな相手か、ちょっと気になって。」
ブレイデン「キアンか。悪いが、管理人にはさせるつもりね~から。」
メルローゼン「そこまで干渉しないもン。でもミルトニアって、あまり他人に興味を示さないだろ?」
メルローゼン「そんなあいつが、まァ仕事の片手間とはいえ。こうやって様子を窺いに来るとか、よっぽどのことだし。」
ブレイデン「たしかに、妙だが。似たようなニオイを感じたのかもしれね~な。」
ブレイデン「ああ、ユウたちに説明しておくが。ミルトニアはオレとおんなじ庭園の管理人だ。」
メルローゼン「ニョホホ。おまえはもう神樹さまに追放されたくせに。」
ブレイデン「ハア。うるせ~よ。」
ユウ「さっきメリーベルが言ってましたけど。ブレイデンさんも、以前は庭園にいたんですね。」
ユウ「管理人は永遠を授かった人間とか。ノラさん……、じゃなかった。メルローゼンから聞いたような覚えがあります。」
ブレイデン「授かる、ね。呪いだよ、永遠なんてのは。」
ブレイデン「庭園の管理人ってのはまあ、神樹さまに仕える者だ。その使命は、庭を維持するために緑精を循環させること。あとは森に近い存在を、新たな管理人として招いたりな。」
ブレイデン「庭園の管理人は、身も心も老いることがない。自然の摂理から外れた、永遠に近い存在だ。」
ブレイデン「時間という概念が意味をなさない。だから人間のように、朽ち果てることはない。ただし力が枯渇すれば、種へと還りゆく宿命にある。」
ユウ「種に……?」
ブレイデン「力を失い、その器が緑精に満たされることで、人間のカタチを維持できなくなってしまうわけ。」
メルローゼン「ど~も、納得がいかないンだけど。庭園を去った当時のおまえは、種に還る手前だった。」
ブレイデン「以来、ムダな浪費を避けてんだよ。おかげでいまは、この薄暗い地下で隠居生活だ。」
メルローゼン「ふ~ン。」
ユウ「庭園の管理人を辞めたにもかかわらず、ブレイデンさんは老いることがないんですか?」
ブレイデン「ああ、オレには時間が戻らなかった。いちどは摂理から外れた身のうえだ。たしかに、んな都合よくいかね~わな。」
ブレイデン「庭園を維持するための機能。永遠の心体だけが、オレに残された。」
ブレイデン「管理人の機能を失ってなお、果てなき苦悩を味わうか。永遠の種に還り、忌まわしき呪いの果実と成り果てるか。」
ブレイデン「呪いってのは、つまりそういうことだ。オレは未来永劫、寄る辺なきままに、現世を漂い流れる亡霊だ。」
メルローゼン「なあ。そンなおまえが、どうして人間と暮らしてンの?」
ブレイデン「ま、気まぐれってヤツだ。たまたま目に留まったんだよ。」
ブレイデン「白灰の森に聳え発つ榛の木。その梢にかかった、ゆりかごのなかで。」
ブレイデン「さあ、ここらで閉会にしよう。ユウにも、ちゃんと素性を明かしたわけだし?」
ユウ「耳を疑うような話ばかりでしたから。まだ頭のなかで、うまく整理できていませんけど。」
ブレイデン「ケケ。そ~かい。」
ブレイデン「つづきは、また後日。ミルトニアが目を覚ましたあとで。」
メルローゼン「ン。肝心なところをはぐらかされたような。」
ブレイデン「ふ~ん。納得いかねえの?」
ブレイデン「まあ、なんにせよ。あいつがいないことには始まらないよな。」
ブレイデン「だって、なあ。ミルトニアの目的、キアンだけじゃね~んだろ?」

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