第15話:白鳥たちの行方

ミシェリア「メルクさん、わたしの小さな同胞。あなたたちの旅路に、神の加護がありますように。」
ミシェリア「そして、何か困りごとの際はわたしの元を訪れてください。いつでも、あなたたちがここへやってくることを歓迎します。」
メルク「ミシェリアさん……、」
ミシェリア「これからは、神に祈りを届けるだけではなく、わたしも、わたしのできることをしますから。」
メルク「わかったのです、ありがとうなのですよ。ミシェリアさんも、なにか私にできることがあれば呼んでほしいのです。」
メルク「といっても、私ひとりではできることもあまりないのですが……、」
ミシェリア「いいえ。」
メルク「みゅ?」
ミシェリア「わたしと同じ境遇のあなたが来てくれたことで、わたしはどれだけ慰められたでしょう。」
ミシェリア「あなたがわたしの話を聞いてくれただけで、わたしはすこし、救われていたのです。」
ミシェリア「もしかすると、わたしへ祈りを託す人々もこのような気持ちだったのかもしれません。」
メルク「ミシェリアさん……、」
ミシェリア「きっと、あなたには、あなたにしかできないことがある。」
ミシェリア「神があなたにその体をお与えになったからには、その体でしかできないことがきっとあったはずです。」
メルク「そう、思うのですよ?」
ミシェリア「はい。きっと、わたしのようにあなたに救われる方がいた。わたしは、そう思います。」
メルク「……ありがとう、なのですよ。」
ミシェリア「お元気で。」
ミシェリア「……ああ、そうです。」
メルク「みゅ?」
ミシェリア「ピスティアがメルクさんにお話があると。」
ピスティア「あ、あの、聖なる水の方さま……。」
メルク「ピスティアさん……、」
ピスティア「も、申し訳ありませんでした……!あなたのご友人から、引き離してしまって……!」
メルク「みゅ、もういいのですよ!」
メルク「あの時、ピスティアさんはピスティアさんなりに私やミシェリアさんのことを思って私をここに連れてきてくれたのです。」
メルク「そんなに気にしてくれなくても、もういいのですよ。」
ピスティア「で、でも……、もとはといえば、わたしが余計なことをしたせいでみんな……、」
メルク「大丈夫なのです!ユウさんもなんやかんやで無事だったのです。」
メルク「それに、ユウさんたちが戻ってきたとき」
メルク「ピスティアさんがまっさきに、ユウさんの手を取ってくれたおかげで、聖都のみなさんに受け入れてもらえたのですよ。」
メルク「だから、もうそれで十分なのです!」
ピスティア「水の方……、」
メルク「みゅ……、どうしても気になるというのなら……、」
ピスティア「わ、わたしにできることなら、なんでもいってください……!」
メルク「私のことは、水の方ではなく、メルクと呼んでほしいのですよ!」
メルク「水の方と呼ばれると、なんだか私が私じゃないようで悲しいのですよ……。」
ピスティア「……、」
メルク「ピスティアさん……?」
ピスティア「ああ、そう、だから猊下はわたしを……、」
ピスティア「ありがとうございます、メルクさま。」
メルク「って、さま、もいらないのですよ!」
ミシェリア「では、参りましょう。ピスティア。」
ピスティア「……はい、ミシェリアさま。」
ミシェリア「……、」
ミシェリア「……ありがとう。」

オルトス「ああ、なんだかこの部屋もなつかしいな。よくここから、聖都を見ていたんだ。」
オルトス「なんだか今じゃ、こんな狭いところに住んでいたなんて考えられないね。」
ラヴィオル「嫌だったか。」
オルトス「……いいや。たしかに狭かったけど、とても居心地がよかった。どこよりも安全だったから。」
オルトス「……でも、もうここには戻れない。飛び立つ自由を知ってしまったからには。」
オルトス「ごめん、兄さん。僕は行くよ。友達と一緒に、世界を見に行くよ。」
オルトス「もう、兄さんの翼の下で外に憧れ続けることはできない。聖都を彩る輝きのひとつでありつづけることも。」
オルトス「僕は、知りたいんだ。あの白い鳥たちの行方を。」
ラヴィオル「……そうか。」
ラヴィオル「ならば、どこへなりとも、飛んでいくといい。」
オルトス「……、」
ラヴィオル「そして、飛び疲れた時は、羽を休めに来なさい。私は変わらず、お前を待っている。」
オルトス「兄さん……、」
オルトス「……今まで、ありがとう。ほんとに、ありがとう。」
オルトス「それから、ごめんなさい。僕のために、いろんなものを捨てさせた。僕を護るためだけに。」
ラヴィオル「かまうな。優先順位の問題だ。」
オルトス「……兄さんが、本当は聖宮守護団長になりたくなかったこと、知ってるよ。……後悔、してない?」
ラヴィオル「……ひとつだけ。」
オルトス「……、」
ラヴィオル「聖宮守護団長になったせいで、今まで、お前の誕生日を当日に祝ってやれなかった。」
オルトス「……、」
ラヴィオル「だが、それももう終わりだ。団長はやめてやると言ったからな。」
オルトス「……ふふっ、なにそれ。兄さんのそんな顔、初めてみた。」
ラヴィオル「そうか……?」
ラヴィオル「……来年の誕生日には、また顔を見せに来い。その時には、ちゃんと当日に祝ってやれる。」
オルトス「……、うん。」
オルトス「それじゃあね、兄さん。いってきます。」
ラヴィオル「それで……、」
ラヴィオル「いつまで隠れているつもりだ。」
フェイエル「うっ、や、やっぱりばれてましたか……。」
ラヴィオル「フェイエル、何の用だ?私はもう団長を辞したはずだが。」
フェイエル「その団長を連れ戻しに来たんですよ!」
ラヴィオル「だが……、」
フェイエル「そ、そりゃあ、団長の権限で勝手に塔を使用してたり、弟さんのことを秘匿してたり、いろいろまずいことしてますけど……、」
フェイエル「でも、それでも、僕はあなたに団長でいてほしい。」
ラヴィオル「猊下に……、」
フェイエル「違いますよ!た、たしかに猊下のお言葉もありますけど……。」
フェイエル「でも、それ以上に、僕は僕の考えで団長に団長でいてほしいんです。」
ラヴィオル「なぜだ?」
フェイエル「……団長は、誠実でした。」
ラヴィオル「ふ……、」
フェイエル「は、鼻で笑わないでくださいよ!」
フェイエル「僕は、今ならわかるんです。団長はいつだって、みんなのことを考えてた。」
フェイエル「弟さんのことだけじゃなくて、聖都に住む人のことも、あの地上の民のことも。」
フェイエル「そして、すべてのことは自分で責任をとるつもりだったんでしょう。」
フェイエル「……きっと、それこそが神さまのおっしゃる誠実ってことだと、僕は思うんです。」
フェイエル「だから、僕はあなたにこそ聖宮守護団の団長でいてほしい。」
ラヴィオル「……いやだ。」
フェイエル「えっ!」
ラヴィオル「来年は弟の誕生日を祝うと約束した。」
フェイエル「だ、団長をやりながらでもお祝いできますって!ほら、団長補佐として僕もいますから、ね!?」
フェイエル「……不安すぎて、お前には任せられん。」
フェイエル「えっ……。」
フェイエル「……そ、それならやっぱり戻ってきてくださいよ!」
フェイエル「いいんですか!?団長が団長を辞めたら、次の団長は僕か、あのいけ好かない副団長ですよ!」
ラヴィオル「あいつか……、」
フェイエル「ほら、僕だと不安だし、あの副団長だとまたなにかやらかすかもしれないじゃないですか!」
ラヴィオル「……、」
フェイエル「大丈夫ですよ。来年の弟さんの誕生日までには団長が留守を任せられるくらいに成長してみせますから!」
ラヴィオル「……そうか。来年までにお前を徹底的に鍛えれば……、」
フェイエル「……あの、団長……?」
ラヴィオル「わかった、任せておけ。」
フェイエル「が、がんばります……、」


ユウ「さて、それじゃあそろそろ出発……、」
オルトス「ちょっと、僕を待っててくれないのか?」
メルク「オルトスさん!」
ユウ「お前、一緒に来るって本気だったのか。」
オルトス「君にそんなつまらない世辞を言ってどうするんだよ。」
ユウ「ま、まあ……、」
オルトス「言っただろ?僕は知りたいんだ。聖都以外の、美しいものたちを。」
ユウ「……地上は上から見てるだけじゃなくて、実際に歩いてこそ、かもよ。」
オルトス「それなら大丈夫。はら、靴屋のおばさんにもらった丈夫な靴を履いてきた。」
ユウ「せっかく翼が生えたのに歩くつもりなのかよ。」
オルトス「君がそう言ったんだろ?それに、実は僕、歩くのはそう嫌いじゃないことに気づいたんだ。」
ユウ「聖都では散々、落ち込んでたくせに。」
オルトス「あれは、壁をよじ登ることを思いつかなかったから。」
オルトス「……だから、もっと僕におしえてよ。歩くことのたのしさも、君たちが生きる地上のうつくしさも。」
ユウ「……、」
オルトス「かわりに僕は、空を飛ぶたのしさをおしえてあげるからさっ。」
ユウ「えっ、ちょっ!」
メルク「みゅ、みゅわ~!空中散歩はビンの蓋をしめたあとにしてほしいのですよ~!」
ユウ「よ、酔う、酔うから!」
オルトス「あははは!」
オルトス「神さまが君を天空の民として生まれさせなかったのは、そんなに酔いやすいと困るから、なんて、案外そんな理由だったりしてね!」
ユウ「それなら神さまに感謝しか湧かない……!」
オルトス「あははは!僕も、そんな神さまだったらいいなって思う!」

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