第6話:冷たい夜明けを待つ

くろとび「……。(忍び込んだはいいものの、太夫はどこに……)」
いろは「みーつけたっ!」
くろとび「……!」
いろは「って、あれ~、くろ?今は須佐で働いてるの?」
くろとび「……。」
いろは「相変わらず愛想ないなあ。同じ里出身でしょ~。」
くろとび「今は敵同士だろ。」
いろは「ま、そりゃね。あたしもくろも家出した者同士だし。」
いろは「それにしても、須佐っていえば超大金持ちの当主様じゃない。給料よさそうだよね~。ま、あたしは甘味のが大事だけど。」
くろとび「……相変わらず甘味が好きみたいだな。後にも先にも、甘味の味で雇い主を決めるのはお前くらいだ。」
いろは「そっちは、お金じゃなくて忠誠で働きたいって出ていった割にはいろいろとっかえひっかえしてるんだね。もうあきらめたの?」
くろとび「……人は結局、自分のためにしか生きられないんだ。」
いろは「くろってば今更そんなこと言ってるの?」
いろは「そんなの当たり前じゃない。与えて与えられる。それが人間ってやつじゃないの?」
くろとび「……そんな、利益だけの関係が嫌だったんだ。もっと、別の何かが欲しかった。」
くろとび「けど、……里を出てわかったよ。人間なんて見返りのためにしか動かないって。自分に利益のないものは簡単に捨て去るって。」
くろとび「だから、決めたんだ。俺はもう……、」
くろとび「自分のためにしか働かないって……!」
いろは「……ッ!くろってば変なところであきらめ癖あるよね!」
くろとび「……ぐっ!」
いろは「同じ里だけど、敵同士になったからには本気でいくよ!」
くろとび「……それはこっちの台詞だ!」
いろは「……っ!」
くろとび「俺は、もう……ッ!」
ごんのすけ「よし、発射じゃが!」
くろとび「……ッ!?」
いろは「うわっ!?」
ごんのすけ「あり……?」
いろは「ご、ごんのバカ!どうしてこんな狭い部屋で銃なんか乱射するのよ!」
ごんのすけ「いやあ、まだ使い方がよくわからんじゃがー。」
いろは「もう~!」
いろは「って、くろも逃したし~!」

くろとび「……っ!……、あんな下手くそに……、」
くろとび「……ッ!」
くろとび「……。(もう、あんな思いは……)」
くろとび(……、……)

しぐれ「何があったのですか……?」
いろは「侵入者ですよ、しぐれ様~。」
いろは「いろは、怪我を……?それにごんのすけも……!」
いろは「あはは、これくらいしぐれ様が無事なら問題ないよ~。」
いろは「ていうか、これ昼間に羊羹(ようかん)切った時にできた傷だし……、」
ごんのすけ「そうじゃが!それにこの傷は慌てて起きたときに箪笥(たんす)の角に小指をぶつけて、そのまま障子を突き破って転んだ時にできたものじゃが……、」
ごんのすけ「おや、しぐれ様?」
しぐれ「……僕のせいで、2人がこんな怪我を……、」
いろは「あ、ありゃ……、しぐれ様落ち込んじゃった……、」
ごんのすけ「おかしいのー、侵入者を追い返したけん、喜んでくれると思ったんじゃが……、」
しぐれ(2人はこんなに僕のために身体を張ってくれているのに、僕は……)
いろは(今回の件で甘味の量、いつもの3割り増しくらいにしてくれないかなあ……)
ごんのすけ(一流の従者はなかなか難しいじゃが……)

こうめ「このあたりのはずです!」
ユウ「うう、暗いなあ……。こうめが聞いた何かが落ちる音って、お化けとかじゃないよな……?」
メルク「みゅっ、ユウさん……、な、なにかうめき声のようなものが聞こえるのですよ……。」
ユウ「えっ……、」
「……うう……、」
メルク、ユウ「……こ、これはほんとにお化……。」
こうめ「あそこです、ユウさん!」
ユウ「って、怖いもの知らずだな!?」
メルク「みゅ……?ユウさん!お化けじゃないのです、人が倒れているのですよ!」
くろとび「……、」
こうめ「……!この人、昼間にこうめを助けたくれた人です!」

くろとび「……。」
くろとび「……?」
こうめ「あっ、気が付かれたのですね!」
くろとび「……昼間の……、」
こうめ「覚えててくれたのですか!?そうです、こうめです!」
こうめ「まさかこんなに早く恩返しできるとは思ってもみませんでしたが、とにかくお兄さまがご無事のようでなによりです!」
くろとび「……。」
こうめ「どうかされましたか?」
くろとび「……まさか本当に恩返ししてくれるとは、思ってもみなかった。」
こうめ「ひ、ひどいです!こうめの言葉を疑っていたのですか!?」
くろとび「……俺を助けたところで何も得はないぞ。むしろ、厄介事をしょい込んだだけだ。」
こうめ「ふふふ、どーんとこうめに任せてください!昼間、お兄さまはこうめを助けてくれましたからね!今度はこうめがお兄さまを助ける番です!」
くろとび「はあ?……めでたいやつだなあ。」
b「人間なんて、自分のためにしか動かない生き物なんだぞ。もしかしたら、俺がなにか企んでたのかもしれないだろ。」
こうめ「そ、そうなのですか……!?」
くろとび「……別に、俺の場合は単なる気まぐれだけどさ。」
こうめ「気まぐれでもなんでもかまいません!こうめは確かに、あなたに助けてもらったのです!」
こうめ「それに、お兄さまは少し勘違いしておられますよ!」
くろとび「……?」
こうめ「確かに世の中には自分のことしか考えない欲ぶかーいお人もおられますが、こうめの大切な人のように、誰かのために身を尽くされる素敵な方もいらっしゃるのです!」
こうめ「こうめにもとっても良くしてくださった方で、こうめはその方に絶対恩返しして見せるのです!」
くろとび「それ、騙されてないか……?お前は世間知らずみたいだし。」
くろとび「きっと何か利用価値があって、優しくしてるんだって。価値がなくなれば、いつか切り捨てられる。あんまり入れ込まない方がいいと思うけどな。」
こうめ「む……!あの方はそんなお人じゃありません!どうしてそんなことをおしゃるんですか~!」
くろとび「……別に、今までのやつらもみんなそうだったから。忠告してやろうと思っただけだ。」
こうめ「お兄さまのお知り合いはそうだったかもしれませんが、あの方は本当にやさしいお方なんです!」
こうめ「もう、そんな悲しい考え方はこうめは好きじゃありませんっ!夜食にこうめの嫌いな梅干し入れてやりますからねっ!」
くろとび「……自分の嫌いなもの入れてどうするんだよ。」
くろとび「……。」
くろとび「いつまでもここにいるわけにはいかないな……。」
くろとび「……っ。」
ユウ「わっ、何やってるんだよ!怪我してるんだから、寝てろって。」
くろとび「……お前は?」
ユウ「え?ああ、俺はユウ。いろいろあって、こうめに協力してるんだ。」
くろとび「協力?」
ユウ「そう。こうめがお世話になった人に恩返しがしたいって言ってて、その手伝いだ。」
くろとび「……そんな何の得にならないことをどうしてする?」
くろとび「どうせ、人間は自分のためにしか動かないんだ。いくら相手のために何かしたって、利用価値がなくなれば、すぐに切り捨てられるだろ。」
ユウ「……俺はそうは思わないけどな。」
くろとび「……。」
ユウ「現にお前はこうめに助けられただろ?それってお前がこうめを助けた結果じゃないのか?」
くろとび「それは……。」
ユウ「……確かに、お前の言うこともわかるよ。世の中には、そういう人だっているんだと思う。」
ユウ「けど、だからって、はじめからそうやって全部切り捨ててたら、本当はあったものも、見えなくなっちゃうんじゃないか?」
くろとび「……。」
ユウ「ま、とにかく今は安静にして夜明けを待とうぜ。夜が明けたら、誰かに治療をお願いできるだろうし……。」
くろとび「……夜が、明けたら……。」

こうめ「……。」
メルク「こうめさん……、さっき言われたことを気にしているのです?」
こうめ「……みおぎ様は、本当にいい人なんです……。」
こうめ「……でも、あのお兄さまの言葉を聞いて、こうめは、みおぎ様のお役に立ててるのかなって……。」
こうめ「みおぎ様のために、町を出て旅をしてきたけど、ユウさまや、メルクちゃんに助けられてばっかりで……。」
こうめ「こうめは、こうめ自身はみおぎ様のお役に立ててなんかないんです……!」
メルク「こうめさん……。……でも、そもそもこうめさんがみおぎさんのために、旅をしようと思わなかったら、何も始まらなかったのですよ。」
こうめ「それは、そうですけど……、でも、こうめはやっぱり、みおぎ様のために何かして差し上げたいのです……。」
こうめ「身よりのないこうめに、みおぎ様はまるで家族みたいに、優しく接してくださいました……。」
こうめ「こうめは、それが本当にうれしかったのです。まるで、姉さまができたみたいで……。だから……、」
メルク「……。」

酒屋のおかみ「なんてことなの……、はやく、はやく知らせなきゃ……!」

みおぎ「……。」
みおぎ「そろそろ……、行かなくてはなりませんね……、」
みおぎ「……ミコロ。」
ミコロ「きゅうっ!」
みおぎ「わたくしを、約束の場所、みつくし湖へ。」
ミコロ「……きゅー。」
みおぎ「……お願い。」
ミコロ「……きゅー……、」
ミコロ「きゅっ。」
みおぎ「……ありがとう。」
ミコロ「きゅ……、」

しぐれ「……どうすればいいのでしょうか……。僕には、この家を背負えるだけの力なんて……、」
いろは「し、しぐれ様っ!」
しぐれ「いろは?」
いろは「大変!みおぎ太夫がいなくなっちゃった!」
しぐれ「太夫が……!?」
いろは「さっきの襲撃の時に、どうやら自分で抜け出したみたいなの!」
しぐれ「急いで探してください!」
いろは「う、うん、了解だよっ!」
しぐれ「……考えたくはありませんが、もし太夫が本当に須佐の当主と通じているとすれば……。」
しぐれ「……、この地を守らなくては。……もう、それができるのは僕だけしかいないというのなら……。」
しぐれ「でも、僕にそんなことが、……できるのでしょうか……。」

くろとび「……、何迷ってるんだ。いつもと同じように相手から見切りをつけられる前に、逃げればいい。」
くろとび「任務は失敗して、この有様だ。どうせ戻ったって、前と同じことになるだけだろう……。」
くろとび「それなのに……、」
くろとび「……?扉をたたく音……?こんな夜更けに誰だ……?」
「は、はい……、って酒屋さん!?こんな遅くにいったいどうし……、」
「大変なの……!みおぎが、みおぎが!」
くろとび「……みおぎ?」

ミコロ「きゅう……、」
みおぎ「……ありがとう、ミコロ。本当に、今まで……。」
ミコロ「きゅ、きゅう……?」
みおぎ「さあ、好きなところへお行きなさい。もう、わたくしに義理立てする必要もありません。」
みおぎ「……今までありがとう。さよならよ、わたくしのお友達。」
ミコロ「きゅう!」
みおぎ「……もし、わたくしのわがままを1つ聞いてくれるのなら、こうめのことをお願いね。」
みおぎ「わたくしは、もうあの子の家族でいられないから。あなたが一緒にいてあげて。そうして、いつか、幸せになって。」
ミコロ「きゅ、きゅう……!」
みおぎ「さようなら。もう、2度と会うことはないでしょう。」
ミコロ「きゅ……、」
みおぎ「さあ、行って。……お願いだから。」
ミコロ「きゅ……、きゅう……っ!」
みおぎ「……。」

メルク「そ、それじゃあみおぎさんが危ないのですよ!」
酒屋のおかみ「すぐにみおぎのところにいかないと……!でも、今どこにいるのか……。」
こうめ「……いつもならみおぎ様のお部屋にいらっしゃるのですが、その長老の方からお聞きしたお話の通りだとすると、もう自らお部屋を出てしまったかもしれません……!」
ユウ「みおぎさんの目的の場所はその、みつくし湖なんですよね?それなら、先にそこへ行けば……、」
ミコロ「きゅうっ!」
メルク「みゅっ!?モ、モンスターなのですよ!」
酒屋のおかみ「モンスターの大群は目覚めの前兆……、もしかしてもう……!」
こうめ「……!ち、違います!」
ユウ「え?」
こうめ「この子は、みおぎ様のパートナーのミコロです!」
ユウ「そのミコロがどうしてこんなところに……、」
ミコロ「きゅ~!」
ユウ「わっ!?お、大きくなった……!?」
こうめ「……もしかして、みおぎ様が……?」
メルク「どういうことなのですよ?」
こうめ「みおぎ様はまれに、ミコロに乗って出かけたりしておられました。」
こうめ「もしかすると、もうみおぎ様を湖に送り届けた後なのでは……!」
ユウ「だとしたら、このミコロはいったい……、」
こうめ「きっとこうめたちに知らせに来たんです。みおぎ様の居場所を……!]
ミコロ「きゅ……!」
こうめ「……ユウさま!こうめはみおぎ様の元へ参ります!ミコロに乗れば、湖まではすぐです……!」
こうめ「何ができるかわかりませんが、それでも、みおぎ様のために何かしたいんです!だから……、」
ユウ「わかった。それなら俺も行くよ。」
こうめ「え?で、でもとても危険な場所で……、」
ユウ「協力するって言っただろ。」
メルク「そうなのです!ここまで来たら、最後までお付き合いするのですよ!」
ユウ「それに、モンスターが町を襲ってくる原因も、そこにあるみたいだしな。」
こうめ「お、おふたりとも……、」
酒屋のおかみ「……私も行くわ。」
こうめ「酒屋さん……、」
酒屋のおかみ「今度こそ、みおぎを助けてあげたいの。15年たったけど、それでもみおぎは私の友達だから。」
ミコロ「……きゅ。」
こうめ「……。」
酒屋のおかみ「……。」
こうめ「重量超過みたいです……。」
酒屋のおかみ「そう……。」

いろは「ん、こりゃ急いでしぐれ様にお知らせしないと……。」

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