第9話:追想

コゼット「ここは……、」
町の住人「君の部屋だよ。」
コゼット「……どうしてわかるの?」
町の住人「だって、壁にある絵に君の姿が描かれているから。隣の人はだれかな。絵本を渡してる。」
コゼット「……、あれは、ルチアーノおじさんだよ。よく、絵本をくれたり、わたしと遊んでくれるの。パパの……、」
コゼット「友達。」
町の住人「そうなんだ。君は絵本が好き?」
コゼット「うん。」
町の住人「僕たち、気が合うね。僕も好きなんだ。夢が詰まっているから。」
コゼット「夢?」
町の住人「そうだよ。」
町の住人「絵本の世界なら、僕らはなんにだってなれるし、なんだってできる。」
町の住人「空を歩いたり、世界を旅したり、ときには冒険して、ときには遊びまわって。現実にはできないこともたくさん。」
コゼット「だからあなたはここにいるの?」
町の住人「違うよ。」
コゼット「でも、ここならあなたのしたいこと、全部できるんでしょう?」
町の住人「……、確かにここなら、空を飛ぶことも、いろんな景色を見に行くことも、わくわくするような冒険も、僕が望むことなんだってできる。」
町の住人「……だけどね、それは僕ひとりでしたって意味のないことなんだ。約束だあるから。」
コゼット「約束?」
町の住人「そう、いつか一緒に世界を旅しようって。だから、ひとりじゃダメなんだ。」
町の住人「僕ひとりじゃこの夢の町も、とてもつまらなくて、寂しいところになってしまうから。」
コゼット「……それなのにずっとここにいるんだね。」
町の住人「待ってるんだよ。いつか僕を見つけてくれる日を。」
コゼット「……わたしも、見つけてもらえると思う?」
町の住人「誰に?」
コゼット「……パパ。」
町の住人「……あの絵の人?」
コゼット「……うん。」
町の住人「彼は泣いているね。赤ん坊の君を抱いてる。何か悲しいことがあったの?」
コゼット「……わからない。わたしななにも覚えていないから。」
コゼット「でも、きっとパパはわたしが生まれたことが悲しくて泣いてるんだよ。」
町の住人「どうして?」
コゼット「……だって、わたしのせいでママはいなくなったから。」
町の住人「パパがそう言ってた?」
コゼット「……ううん。でもきっとそうだよ。パパはわたしのこと、好きじゃないもの。」
町の住人「そうなの?」
コゼット「……パパは、わたしと一緒にいてくれない。絵本も読んでくれないし、遊んでくれたこともない。絵本で読んだ家族とは全然違う……。」
コゼット「わからないの、わたしはパパのなんなのか……。」
コゼット「……ううん。本当はわかってるの。わたしはパパの何でもないって。」
コゼット「……きっと、パパにとっての家族は、ママだけだから。」
コゼット「……。」
町の住人「……どうして、手を放すの?」
コゼット「……もう、思い出したくない。」
町の住人「……。」
コゼット「……あなたは、本当に見つけてもらえるって思う?相手が、自分を探してくれるって、思う?」
コゼット「わたし……、わたし、思い出すのが怖い。だって思い出したって、わたしの願いは叶わない。パパはきっと、わたしを探しに来てくれたりはしない。」
コゼット「それならいっそ、ずっとここで、ミスターと一緒に新しい夢をみていたい。叶わない夢なら、見てたってつらいだけだもの……!」
町の住人「……君がそう思うなら、それでもいいかもしれないね。」
町の住人「だけど……、思い出そうとする意志を失ってしまったら、それはもう、本当に君の求めているものが手に入らないということだよ。」
コゼット「……そんなこと言ったって、元から手に入らないものだよ。」
コゼット「あなたは寂しくないの?ずっとひとりでここで待ってるなんて。」
コゼット「果されるかもわからない約束なんでしょう?それならいっそ、忘れてしまいたいって思わないの?逃げてしまいたいって思わないの?」
町の住人「思わないよ。だって僕には、彼の声がちゃんと聞こえているから。」
コゼット「声……?」
町の住人「そうだよ。彼の場合、音かもしれないけど。」
コゼット「わたしには、……聞こえないよ。」
町の住人「それはそうだよ。だって君は耳をふさいでいるから。頑丈な壁と、小さな扉で心をふさいでしまっているから。」
コゼット「……。」
町の住人「でも、大丈夫。扉があるなら、君はいつだってここから出ていける。」
町の住人「声に耳を傾けて。そして呼びかけるんだ。そうすればいつだって夢は君の目の前に現れる。」
町の住人「ほら……、」
コゼット「耳を傾ける……?」
「……、……。」
コゼット「なにか、扉の向こうから聞こえ……、」
「ダメーッ!」
コゼット「な、なに……!?」
「ダメだよ、コゼット!そんなことして、がっかりするような言葉だったらどうするの?」
「そうだよ、きっと君は悲しみのあまり、この部屋を水槽にしてしまうよ。」
「それがどうしたの?あなたたちはもしものことばかり考えてるのね。」
コゼット「人形が、しゃべってる……。」
町の住人「まったく、うるさいなあ。これじゃあ、声なんて聞こえやしないよ。」
「いいじゃないか、声なんて聞こえなくっても!だって、ここにいればどんな願いだって叶う!」
「そうそう!ミスターとの空中散歩はとっても楽しかった!ここにいれば何度だってできるわ!」
「だけど、ミスターはどうするんだよ。ミスターだって大切なことを思い出したいに違いない。」
「そんなの忘れてしまえばいいだけのことだよ。忘れたことさえ忘れちゃえば、もう何も悲しくない。」
「自分勝手!」
「自分のことで精一杯なんだ!」
「ここまで道しるべをたどってやってきたのに!」
「そうだ、道しるべだ!ぬくもりを探さなきゃ!」
「さあ、コゼット!私を選んで!」
「いいや、僕だ!」
「違う、俺だ!彼女の手に抱かれるにふさわしいぬいぐるみは俺!」
コゼット「ぬいぐるみ……?」
町の住人「どうかした?」
コゼット「わたし……、そう、わたし、なにか、ぬいぐるみを持ってたの。暖かくて、大事な……、わたしの……、」
「待って!違うよ!それじゃない!」
「そう、ここにある!君の望むままに!」
「嫌よ、わたしがあなたのぬいぐるみ!」
コゼット「ちょっと静かに……、」
「そっちじゃないよ!こっち!」
「違う、こっち!」
コゼット「静かに……、」
「僕を見て!」
「それより、私を!」
「いいや、俺を……、」
コゼット「静かにして!」
「……。」
コゼット「……ありがとう。」
コゼット「……、ねえ、どこにいるの?スクウィーク……。」
「……、……!」
コゼット「……この下?」
「ちょっと、無理やり押しのけないでよ!」
「あわわわ、落ちる落ちる!」
「うぐぐ、みんな重い!僕の上に乗らないで!」
コゼット「スクウィーク……?」
スクウィーク「おおっと!?おいおい、お嬢さん!オレの自慢の尻尾をつまんでぶら下げないでくれ!」
コゼット「しゃべった!」
「僕たちだってずっとしゃべってたよねえ!」
「そうよそうよ!」
スクウィーク「選ばれなかったやつは黙ってろい!」
「きいい!」
「やなやつ!」
スクウィーク「ひがむな、ひがむな~。」
コゼット「……なんだか思ってたのと違う。」
スクウィーク「なにっ!?」
コゼット「もっと可愛いしゃべり方だと思ってた……。」
スクウィーク「そりゃ、悪かったな!」
スクウィーク「って、そろそろおろしてくれよ!いくらオレが無敵の凄腕ネズミでも、こんなふうに宙をぷらぷらさせられちゃ、参るってもんだぜ。」
コゼット「あっ、ご、ごめんね。」
スクウィーク「っと!」
スクウィーク「ふう、ようやく地に足がついた。ずっと他の人形のしたに埋まってたんだ。息が詰まるかと思ったぜ。」
コゼット「ぬいぐるみなのに?」
スクウィーク「ぬいぐるみだって息が詰まるさ。息が詰まると、声も出せなくなる。呼んでもらわなきゃ、見つけてもらえなくなる。」
スクウィーク「見つけてくれてありがとよ。けど、助けられっぱなしってのは、凄腕ネズミとしてはちょっと情けねえからな。」
スクウィーク「お嬢さんをここから助けてやるよ!」
コゼット「わたしを?」
スクウィーク「オレを呼んだってことは、オレを選んだってことは、そういうことだろ?王女様を助けるのが、オレの役目さ。」
コゼット「……。」
スクウィーク「さあ行こうぜ、お嬢さん!こんな扉、オレのレイピアで一撃だ!」
コゼット「……!」
コゼット「……。」
スクウィーク「心配すんなよ。俺が手を引いてやる。」
コゼット「……スクウィークの手じゃ、小さすぎるよ。」
コゼット「……でも、スクウィーク……、あったかいね……。」
コゼット「わたし、パパからスクウィークをもらったとき、とっても嬉しかったの。」
コゼット「ルチアーノおじさんから絵本をもらうより、晩御飯がシチューだった時より、いちばん。」
コゼット「この部屋の絵本は、パパのことばかり描いてある。いつも、悲しそうなパパの顔ばかり。ずっとわたしが、そんなパパを見てきたから。」
コゼット「でも、もしかしたら、パパはわたしのことが嫌いだから悲しい顔をしてるわけじゃないのかもしれない……。パパの気持ち、勝手に決めてただけなのかも……。」
コゼット「だってパパがわたしのことが嫌いなら、スクウィークをくれたりしない。パパはスクウィークのこと、……とても大切にしてたから。」
町の住人「……。」
コゼット「……。」
コゼット「パパに、もっといろんなことを聞けばよかった。怖がらずに、ちゃんと聞けばよかった……!」
町の住人「まだ間に合うよ。」
コゼット「……、」
コゼット「あなたは……?」
町の住人「……行っておいで、コゼット。もし、本当に君がそう望むのなら、いつだってここに戻ってくればいい。」
コゼット「でも、あなたはこれからもずっとひとりで……、」
町の住人「……君は、優しい人だね。ありがとう。でも、僕は大丈夫。」
町の住人「……それに、君の手をとるべきなのは、きっと僕じゃない。そして、僕が待ってるのも、君じゃないから。」
コゼット「……、名前!あなたの名前は……、」
「⏤⏤⏤⏤⏤⏤⏤!」
コゼット「……声が……、パパ、なの……?」
町の住人「君を呼んでる。」
町の住人「……さあ、行って。僕のことは、振り返らないで。戻れなくなるから。」
コゼット「……、」
コゼット「ありがとう。さよなら……!」
コゼット「行こう、スクウィーク!わたしは、パパのところに帰る!」
スクウィーク「よーし、任せとけ!なんたってオレは、天下無敵の凄腕ネズミ!そして……、」
スクウィーク「お嬢さんのパパの、相棒だからな。」
コゼット「……、」

町の住人「……。」
「……。」
町の住人「君の思っていた通りにはならなかったみたいだね。彼女は彼を引き止める鎖にはならないよ。」
「……。」
町の住人「まあ、いいじゃないか。僕らは待っていれば。」
町の住人「もちろん……、気づいてもらえないことの悲しさは、僕もよく知っているけどね。」
町の住人「……後悔してるかい?彼をこの世界に引きずり込んだこと。」
「……。」
町の住人「わかるさ。君のその姿は君の望みだろう?」
町の住人「ゴースティみたいに姿を変える力だったら、彼と一緒にいられたかもしれないものね。」
「……。」
町の住人「だけど、僕は今の君でよかったと思ってるよ。彼はきっと、君に救われた。だから……、」
町の住人「……。やれやれ。」

ユウ「さっきの白いオバケはのモンスターが化けてたのか……。じゃあ、他のオバケたちも……、いや、けどそんなはず……、」
メルク「なにはともあれ、無事取り返せてよかったのですよ。」
ユウ「そうだな。それにしても、あいつの友人ってどこにいるんだろう……。」
?(本)「イルヨー!」
?(カボチャ)「ズット、シロニ、イルヨー!」
ユウ「うわっ!?」
メルク「ど、どこから出てきたのですよ!?」
?(本)「ヤクソク、ダカラ。」
?(カボチャ)「ズット、マッテル。」
?(本)「ヒトリデ、ズット、マッテル。」
ユウ「……?」
?(カボチャ)「デモ、ヒトリハ、サミシイ。」
?(本)「ソシタラ、アイツガ、キタ。」
?(カボチャ)「アイツガ、ワスレサセタ。」
?(本)「ワスレサセテクレタ。」
?(カボチャ)「ワスレタクナカッタ。」
?(本)「ワスレタカッタ。」
ユウ「……あいつ?」
メルク「ユウさんっ!」
レオファントム「グルルルルルッ!」
?(本、カボチャ)「アイツ!」

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