第4話:ヴェヒター

クラフト「僕はクラフト・フルール。呪学(じゅがく)を専門とする研究者だ。この魔法古物店は、その片手間にやっている。」
アシステア「じゅがく……って、なあに?」
アインレーラ「……俺も知らねえ。」
クラフト「呪学は、その名の通り呪いに関する学問だよ。だが、まだ一般的な認知は進んでない。というのも……、」
ヨルスウィズ「研究対象の呪いが、魔法と相対するような代物だからだ。」
ヨルスウィズ「魔法とは、人の法、人の道、人の理(ことわり)。そう古の賢者は言ったというが、魔法を倫理であり技術と言うなら、呪いはその逆だ。」
ヨルスウィズ「呪いとは、心の業、心の情、心の理。人やモンスターと言った、心あるものの感情が引き起こす理詰めじゃ起こりえない神秘……。」
ヨルスウィズ「ってのが、呪学における狭義の『呪い』だったかな?」
クラフト「驚いたなあ。研究者でもないのに、詳しいね。」
ヨルスウィズ「以前、君の論文を読んだことがあってね。随分と出来がよかったんで、こんなに若い研究者だとは思わなかったよ。」
アインレーラ「ちょっと待てよ。異変の原因が魔法じゃないってことは……、」
クリフォード「魔法で解決するのは難しい、ということだ。」
クラフト「……呪いとは、平たく言うと『感情』そのものなんだよ。」
クラフト「だが、心とは思い通りにはできないものだからね。魔法のように、技術次第で意図通りになるものではない。無意識に何かを呪ってしまうこともあるぐらいだ。」
クラフト「呪いにとって最も重要なのは、それが生まれた原因なんだ。だから、その心を紐解き、解き明かさなければ呪いを真に解くことはできないんだよ。」
アインレーラ「……アカデミーでは解呪の講義もある。呪いはそいつで解けるって教わった。」
クラフト「もちろん、弱い呪いなら解呪でも解けるよ。でも、本当に強い呪いは解呪では解けないんだ。」
クラフト「そして、解けないほど深い呪いは封じ込めるしかない。呪学ではそれを……、」
クラフト「おっと、ちょっと脱線しちゃったかな。森の異変の原因だっけ?」
ヨルスウィズ「ああ、どうして、それが呪いだと分かったんだ?」
クラフト「シュトフティが現れたからだよ。」
アシステア「しゅとふてぃ……?」
クラフト「最近森に現れたモンスターの正体さ。」
クラフト「街中では『巨大ぬいぐるみモンスター』なんて呼ばれてるみたいけど、それは恐らくシュトフティが作る、防御繭というバリアだろう。」
クラフト「シュトフティは、強い感情に惹かれ、それを糧に成長するという性質を持っているんだ。」
クラフト「……それ故に、呪いの原因とされてしまうこともあるんだけどね。」
アインレーラ「じゃあ、お前が森に入ったのは……、」
クラフト「シュトフティが目撃されたって聞いて、呪いを研究している魔法使いとしては、いてもたってもいられなくってね。」
クラフト「だが、何も見つからなかった。だから何もせずに帰って来たんだ。」
アインレーラ「じゃあ、ここに来たのは無駄足だったってことか?」
クラフト「探知魔法まで使ってもらったところ、悪いけれどね。」
アインレーラ「……。」
クリフォード「しかし……、探知自体は完璧だったということか?一学生とは思えん腕だな。」
アインレーラ「……でも失敗した。」
アインレーラ「こんなの全然大したことじゃない。何もできなきゃ、意味ねえんだよ。」
ヨルスウィズ「……意識高いねぇ。」
ヨルスウィズ「あ、ねえねえ。俺思ったんだけどさー、情報課が原因まで掴んでるのに捜索課が休日返上で出張ってるのって、おかしくね?」
ヨルスウィズ「この件、裏の裏があるんじゃないの?」
フレデリック「……さすがは、ゼディー最高議会員。非凡なご慧眼だ。」
ヨルスウィズ「話してもいいぜ。こいつはただの学生じゃないし、今のところ、俺はこの子の助手ってことになってるし?」
アシステア「あ、あたしも!じょしゅ!です!」
クリフォード「お……おお。」
アインレーラ「……こいつは大丈夫だ。難しいことはよく分かんねえんだろうから。それに、悪い奴じゃない。」
アインレーラ「俺も真実ってやつに興味がある。ここまで来て、手ぶらじゃ引き下がれねえ。」
クリフォード「……フレデリック。」
フレデリック「話しておくべきだろうな。我々だけでは埒が明かないと思っていたところでもある。」
ヨルスウィズ「もうそんなに行き詰まってたのか?」
フレデリック「魔術協会は、妨害を受けているのだ。」
クリフォード「正確には、魔術協会の情報課だな。」
クリフォード「それも相手は並大抵の魔法使いではない。あの神童と謳われたルナーティアを妨害できるというのだから。」
ヨルスウィズ「お前ら捜索課が動いているのはただ事件の真相を探るためだけじゃないってことか。」
フレデリック「ああ。情報課が動けない分、我々が足でカバーしている。」
クリフォード「……彼女の魔法を妨害できる魔法使いは少ない。そしてそれだけの魔法使いの中には、国に大きな影響力を持つ者もいる。」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「まさか、あいつに限って……、」
アシステア「先生?……顔色、よくないわ。」
アインレーラ「あ……、」
クラフト「え、大丈夫?具合でも悪くなった?」
クラフト「ぐ、具合が悪くなるだけならまだしも、その……名前を言ってはいけないあの赤い液体とか吐いたりしないでくれよ!?」
フレデリック「どうしてお前はそう自分からその話題を口にするのだ?」
クリフォード「いつも意識しているからだろう、多分。」
クラフト「はい、水。もしよかったら……、」
クラフト「……。」
アインレーラ「……っ、マジで何でもねーから。じろじろ見んなよ。」
クラフト「あ……、ごめんね。君の顔、昨日のお客さんに似てたからさ。」
アインレーラ「……、」
アインレーラ「おい!そいつ、何をしに来たんだ!?」
クラフト「え?何って、買い物だよ。」
アインレーラ「何を買ったんだ?」
クラフト「それは……。」
クラフト「ごめん、その人に口止めされてるんだ。自分が何を買ったか、誰に言われても答えるなって。」
アインレーラ「……、」
アインレーラ「……っ!」
クラフト「えっ!?」
アシステア「先生!?」

ヨルスウィズ「うっわー!さっむー!」
アシステア「先生ー!せんせーい!どこー?」
アシステア「……あら?こっちって……。」
アシステア「どうして先生が、ヴェヒターさんのおうちの方に行くのかしら。あのおうちのことは、ふつうの人は知らないのに……。」
アインレーラ「……何だよ、ついてきてたのか。」
アシステア「先生!こんなところにいたら、かぜ、引いちゃうわ。早くかえらなきゃ……、」
アインレーラ「帰るなら、お前と学園長だけで帰れよ。」
アシステア「で、でも……、先生のこと、置いていけないし……、」
アインレーラ「俺はこのままじゃ帰れねえ。」
アインレーラ「さっきの店に来たっていう俺に似てる奴にも、魔術協会の調査を妨害できるような奴にも心当たりがあるからな。」
アシステア「え?」
アインレーラ「あいつが素顔をさらしてたなんて信じられねえが、直接問いただせばすぐ分かる。」
アインレーラ「おい。」
アインレーラ「今だってどこかで、俺を見てるんだろ。ならさっさと出て来いよ!」
「……。」
「……、」
アインレーラ「……。」
アシステア「……誰もいないわ。」
アインレーラ「そんなわけ……!」
「いや、当たりだよ。」
?(レルハルニー)「よく分かったね。お前は本当に、昔から頭のいい子だ。」
?(レルハルニー)「この魔法は使えなくても、この魔法の見破り方だけ身に着けるなんて。こちらとしては少し困るかな。」
アインレーラ「……。」
レルハルニー「あれ?久しぶりに顔を合わせたっていうのに、何だか嬉しそうに見えないな。」
アインレーラ「嬉しいわけないだろ。」
レルハルニー「……。」
アインレーラ「会いたくなかったよ。もう二度と……、」
レルハルニー「そんな~っ!」
アインレーラ「なっ!?」
レルハルニー「そんなこと言うなよぉ、アインレーラ!オレだってお前に会いたかったからわざわざ顔バレして会いに来たっていうのに!」
レルハルニー「そんな風に邪険にされたら悲しいだろ!昔みたいに仲良くしようよ~!」
ぬいぐるみ「シヨウヨ~!」
アインレーラ「は……、」
アインレーラ「はああああぁっ!?」
アシステア「あ!かわいい!」
ぬいぐるみ「ワーイ!」
アシステア「わーい!」
アインレーラ「おいっ、何だよこれ!つーか抱きつくな!離れろよ!」
レルハルニー「え?でもお前、昔はぬいぐるみで遊ぶの好きだっただろ?」
ぬいぐるみ「コウイウ些細ナコトカラ、マタ仲良シニ戻ルキッカケヲ……。」
アインレーラ「何年前の話してんだよ!」
レルハルニー「でも、あの頃は一人部屋を二人で分け合う仲だったわけだし……。」
アインレーラ「ばっ……、んなガキの頃のことバラすな!」
レルハルニー「じゃあ、あの頃のことはオレとお前だけの秘密にしような。」
アインレーラ「美談でまとめるのやめろ!」
アシステア「ヨルくん、ヨルくん!先生とあのお兄さん、とっても仲良しそうね!」
ヨルスウィズ「そ……そう……、かな……?」
アシステア「でも、先生もなんだか楽しそうだわ!」
ヨルスウィズ「あれは拒絶反応って言うんじゃないかな?」
ヨルスウィズ「いや、そもそもだけどレルハルニー君ってあんなキャラだっけ!?あんなの俺の知ってるレルハルニー君じゃないよ!」
レルハルニー「私、これでも時と場合をわきまえてる人間ですから。」
ヨルスウィズ「俺の知ってるレルハルニー君だ!アインレーラをハグしながらだからまるで説得力ないけど!」
レルハルニー「時と場合はわきまえてるつもりですが、今はアインレーラのことが心配で心配でたまらなくて、話したくないんです。」
アインレーラ「お前の心配なんていらねーよ!さっさとどけ!」
レルハルニー「うわっと。」
レルハルニー「意地張るなよ。今だって『そんな風』になっちゃってるのに。」
アインレーラ「お前……、」
レルハルニー「お前の身に起こったこと、オレも見ていたよ。」
レルハルニー「オレはね、忠告のためにやって来たんだ。」
アインレーラ「……冗談も大概にしろよ。傍観者のお前がそんな真似するわけない。」
レルハルニー「その通りだ。だからこそ、オレの忠告がどういう意味を持っているか分かるだろう?」
アインレーラ「……、」
レルハルニー「この森の異変には関わらない方がいいよ。」
レルハルニー「オレだって、部外者が危険な目に巻き込まれるのを指を加えて見ているなんて真似はしない。お前は魔術協会の正式な対応を待つべきだ。」
レルハルニー「分かるだろ、アインレーラ。お前は物分りのいい子だもんな。」
アインレーラ「分かるわけねえだろが。」
レルハルニー「それは……。」
アインレーラ「お前も見ただろ。宿屋で俺が見てたメモだ。」
アインレーラ「……『俺』が、お前に今日会いに行くって書かれてる。」
レルハルニー「……。」
レルハルニー「ああ、思い出したよ。若返る前のお前から、会えないかって手紙が届いてたんだった。忙しいから断ったんだけどね。」
レルハルニー「そういえば、理由を聞いてなかったんだ。何か書いてあるか?」
アインレーラ「書いてねーよ。でも、大方ろくでもない理由だろ。」
アインレーラ「お前が森の異変の犯人かどうか、問い詰めるためとかな。」
レルハルニー「……。」
アインレーラ「お前が、呪いの研究をしている奴の店で口止めをして買い物をして、魔術協会の調査を妨害をした。そう考えたら筋が通るんだよ。」
レルハルニー「……。」
レルハルニー「ああ、そうだな。」
アインレーラ「……っ!」
レルハルニー「ははっ、ちょっとは傷ついてくれるんだな。心の底から見限られてるようじゃなくて、嬉しいよ。」
アインレーラ「……今、見限ったよ。」
レルハルニー「本当?悲しいなあ。」
ぬいぐるみ「ソンナコト言ワナイデヨ!」
アインレーラ「ガキの芝居はやめろよ。」
ぬいぐるみ「俺ノ中ノオ前ハ、イツマデモアノ頃ノママダヨ。アレカラズット会ッテナカッタンダカラ。」
レルハルニー「実際、『今』のお前は子供だろ?」
アシステア「……!」
レルハルニー「どうして『お前』がそんならしくない失敗をしたのかは知らないが、起こってしまったことは仕方がない。」
レルハルニー「この件に関わるのはやめておけよ。本来のお前ならまだしも、『今』のお前じゃ話にならない。こういうことは、オレたち大人に任せて……、」
アインレーラ「俺に指図するな!」
レルハルニー「今のお前じゃ、何もできないよ。」
アインレーラ「……ッ!」
レルハルニー「言っただろ?今のお前じゃ何もできないって。」
レルハルニー「言葉に詰まったときに手が出るのは、子供の証拠だな。」
アインレーラ「……。」
ヨルスウィズ「ふーん。犯人、もう分かっちゃったかー。」
ヨルスウィズ「あのレルハルニー君がやったとは、信じらんないね。むしろ疑わしいくらいだ。」
ヨルスウィズ「彼は変人だが、真面目で真摯だし、何より国に己の影を残すのをよしとしない。『不干渉』あの家のルールだがらな。」
ヨルスウィズ「したがってこんな馬鹿な真似はしない……、と俺は思うんだが。」
ヨルスウィズ「彼のことは、俺よりお前の方がよく知ってたな?」
アインレーラ「……。」
アインレーラ「あいつがこんなことするわけない。」
アインレーラ「あいつは、家の名に背くようなことなんか絶対しないんだ。」
アインレーラ「魔法使いとして国に背くことも、人間として道理から外れることも、俺の知ってるあいつなら絶対にしない!」
ヨルスウィズ「……。」
ヨルスウィズ「そこまで信じてるなら、何であんなこと言ったんだ?」
アインレーラ「信じてねえよ。」
アインレーラ(信じられねえんだよ)
アインレーラ(頭が分かってても、心が覚えてる)
アインレーラ(あいつは……、嘘つきなんだ)

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