「ねえ。なにも、聞こえないね。」
「うん、ひっそりした森、だね。」
「おかしいなあ。」
「あはは。水をあげれば、みんな元気になるかな。」
「かもね。でも、ちょっぴり危険な予感?」
「そうだね。きっと気づかれちゃうね。」
「関係ないもん。そのために、来たんでしょ?」
「そうだけど。ここでは、あんまり力を使えないから。」
「もしかしたら。誰か、助けに来てくれるかも。」
「ふふふ。誰も、引きとめてくれなかったのに?」
「サミシイナ!ナイチャウ!」
「あはは、うそつき。泣いたことなんてないくせに。」
「そのとおり。だっていっしょだもんね。どっちでもいいんだ。」
「喜びも、哀しみも。温かいのも、冷たいのも。芽吹くのも、枯れ果てるのも。」
「うん。だけど。」
「ちゃんと。おつかいできたら。」
?(ミルトニア)「いいこ、いいこ。してあげないとね。」
?(ミルトニア)「ウンウン。タクサンカワイガッテネ。」
?(ミルトニア)「ねえ、さっきから様子がヘンじゃない?緑精の巡りが、滞っているせいかな。」
?(ミルトニア)「わかんない。でも、あの子、ずいぶんと力をつけたみたい。」
?(ミルトニア)「ん。以前までは、たいしたことなかったのにね。」
?(ミルトニア)「あははは。負けちゃったらどうしよ?」
?(ミルトニア)「おしまいかなあ。」
?(ミルトニア)「どっちでも、いいけど。おしまいはないよ、いつまでも。」
?(ミルトニア)「庭園の管理人、だもんね。種に還っても、漂い流れるだけ。自分の居場所もわからずに。」
?(ミルトニア)「そう、いつまでも。」
?(ミルトニア)「誰かに、見つけてほしい?誰かに、助けてほしいの?」
?(ミルトニア)「そんなこと、ない。そんなひと、いない。」
?(ミルトニア)「いないねえ。いない、いない、ばあ、だねえ。」
?(ミルトニア)「あはは。あははははは。」
?(ミルトニア)「あなたもそうなのかな?ねえ、白灰の王さま。」
?(ブラン)「……。」
?(ミルトニア)「せっかく会えたけど、もうさよならだね。だって。」
?(ミルトニア)「もう、この地に王さまはいらないから。」
グリゼル「しくしく。しくしくしく。」
グリゼル「まさかこのような深いところまで、足を踏み入れる羽目になるなんて思いませんでした。」
グリゼル「ううっ。わたしはただ、みなさんを引き止めに来ただけなのに。」
ユウ「な、なんかごめんな。」
グリゼル「そう思うなら、今からでも引き返しましょうよっ!そもそも、はじめから私の言葉に耳を貸してもらえれば、こんなことにはならなかったはずなんですよ。」
グリゼル「長老さまにも、きっとあとで叱られます!そのときは、みなさんもいっしょに来てもらいますので!」
ユウ「そ、それは嫌だ……。」
グリゼル「ひどいです~っ!わたしにばっかり責任を押しつけて~!」
ユウ「えっ!?いや、そんなつもりはっ!」
グリゼル「いずれにしても、わたしひとりだけで引き返すとか?祭司さまを白灰の森に残していくなんて、できませんっ。」
ノラ(メルローゼン)「ふふ。可憐な容姿とは裏腹に、たくましいですね。」
ノラ「グリゼルさんがよければ、私としては、ぜひとも協力していただきたいところです。」
ノラ「話には伺っていましたが。ここでは緑精の反応も、ほんのわずかばかり。もはや、私はただの足手まといにしかなりません。」
グリゼル「えっと、はい。わたしも、できる限りのことはしますので。」
ノラ「ありがとうございます。それにしても、あたりの様子がおかしいですね。」
メルク「みゅ、たしかに。先ほどから、やけに静かなのですよ。」
ノラ「森に異変が起きているのかもしれません。細心の注意を払いながら、探索を続けましょうか。」
グリゼル「実は、わたし。祭司になりたくて、修行していた時期があるんです。」
ノラ「そうだったのですか。ふふ、過酷なものだったでしょう?」
ノラ「数多の神話や叙述詩、民間伝承など、この国の膨大な歴史を修めるだけではなく、心身ともに錬磨していかねばなりませんから。」
グリゼル「生まれつき、虚弱体質でして。あんまり修練に励むこともできなかったのですが。わたしにはもとより、祭司となる素養がなかったんです。」
グリゼル「緑精の姿を目にするのは疎か、その声すらも。ほんのわずかにしか聞き届けることができなくて。」
ノラ「なるほど。森との繋がりがなければ、難しいですね。」
ユウ「ええっと、つまり、なんでしょう。森に近い存在でないと、祭司にはなれないんですか?」
グリゼル「はい。その通りです。」
ノラ「ちなみに、ですが。緑精の存在を認識できるほどの才覚を持つ人間は、この国でも、ほんのひと握りだと言われています。」
ユウ「へえ、貴重な能力なんですね。だけどグリゼルは、どうして祭司になろうと?」
グリゼル「たいして理由ではないのですが。神樹さまの暮らす庭園の伝承に憧れていまして。」
グリゼル「祭司になれば、いつか庭園に訪れる機会もあるかなって。小さいころの私は、そんなことを考えていたんです。」
グリゼル「神樹さまの想像した庭園の風景は、息を呑むほどに美しいものだと話に聞いています。」
ノラ「あの地は、神聖なる箱庭ですからね。豊潤な緑に満たされた、まさに神話の風景です。」
ノラ「森から力を借りて生きる人間にはとうてい許されない行い。それゆえに、美しく映るのでしょうか。」
ノラ「しかしグリゼルさんの住む村のような人間のあるべき暮らし。あの幽遠と称するにふさわしい静謐な景観には、私も思いのほか惹かれるものがありました。」
グリゼル「気に入ってもらえたみたいで光栄です。なんて、あの村の出身でもないわたしが言うのもすこしおかしいでしょうか。」
ノラ「そうなのですか?」
グリゼル「祭司として研鑽を深めるために、移住して来たんです。」
ノラ「祭司の道を断念したあと、森番として定住するようになったのでしょうか?ふふ、グリゼルさんはこの地に愛着があるのですね。」
グリゼル「あ、はい。おっしゃる通り、です。」
メルク「グリゼルさんの村のあり方が、人のあるべき暮らしなのですよ?」
グリゼル「自然に深く根づいた生活環境といえばいいのでしょうか。わたしたちの暮らしは、森に支えられていますから。」
グリゼル「そして祭司さまは森と人間の橋渡しをする存在、と言えばいいでしょうか。」
ユウ「へえ、なるほど。祭司さまを中心にした社会ってことか。」
ノラ「ええ。森とつながりを持つ祭司は民を導く使命をおっています。」
ノラ「新たな時代と称して祭司の言葉に耳を貸さず、草木を人の手によってゆがめる者たちもいますが。」
ノラ「グリゼルさんの村がまさにそうであるように、人が本来、営むべき環境では、祭司が重宝されています。」
ユウ「この国では、ふたつの価値観がせめぎあってるんだな……。」
メルク「グリゼルさんの住んでいるところは、伝統的な価値観を大切にしているのですね。」
グリゼル「はい。なので、祭司さまには頭が上がらないんです。」
ノラ「おや?これは、いったい……?」
ノラ「みなさん。足を止めてください。」
ユウ「ん。なにか見つけたんですか?」
ノラ「緑精の力が抑制されているにもかかわらず、そう遠くないところで、大きな力の動きを感じます。」
ノラ「つ~か、妙だなァ。この力って、どう考えても、あいつの……?」
ノラ「あんまり、イイ予感しね~けど。ひとまず様子でも、見に行ってやるか。」
グリゼル「えっと、あのノラさん……?」
ノラ「あ。」