第10話:あなたがわからない

オルトス「こっちだ、急いで!」
ユウ「ああ!うわっ、雨が降ってきた……!」
オルトス「聖宮に続く橋はすぐそこだ。誰も近づかないだろうし、いったんその下で休憩しよう。」
ユウ「わかった!」

ユウ「ここなら、雨はしのげそうだな。」
オルトス「つかれた……。(怪我した足も痛いし……)」
ユウ「俺も。こんなふうに追われるのって、結構キツイな……。気が休まらないし。」
ユウ「……なんだ?何か、声が聞こえる。」
オルトス「僕たちを探す声じゃない。みんな、雨を喜んでるんだ。」
ユウ「雨を?」
オルトス「聖テアトリミアの話をしただろ?雨は、神からさずかった聖なる雨雲から降るんだ。」
オルトス「このところ、雨が降ってなかったし、それも聖ミシェリアの日に降ったとなると、喜びもひとしおだろうな。」
ユウ「そうか。空の国じゃ、水は神聖なものだったな……。」
オルトス(でも……、みんなが喜んでる雨も、僕には寒さをもたらすだけだ。翼さえあれば、一緒に喜べたのに)
オルトス(翼さえあれば……、)
オルトス(でも、神さまは、僕に翼をくださるだろうか)
ユウ「オルトス?」
オルトス(……わからない。僕には、神さまがわからない)
オルトス(塔にあった聖書や歴史書を何度も読んだ。毎日、聖都のみんなが神さまにお祈りをしているのを見た)
オルトス(だけど本当は……、僕には神さまがわからない)
オルトス(翼があれば、みんなみたいに神さまのことがわかるのだろうか。翼があれば、みんなと同じように……)
ユウ「オルトス!」
オルトス「な、なに?」
ユウ「いや、なんか……、顔色が悪いけど、大丈夫か?」
オルトス「あ、ああ……。」
ユウ「もしかして、足が痛むのか。」
オルトス「え?」
ユウ「というか、そりゃそうだよな。靴をはいてたって、怪我が治るわけじゃないんだから、傷が悪化するのも当然か……。」
ユウ「雨でぬれて化膿してもまずいし、ちょっと靴ぬいでくれよ。」
オルトス「……、」
ユウ「わかってる、直接は触らない。これでいいだろ?」
オルトス「……ありがとう。」
オルトス「君のこと、嫌いだ。」
ユウ「文脈がおかしい……。」
オルトス(……彼は、危険だ。翼を持たない、地上の民。天に生きるみんなとは、違う)
オルトス(光輪も翼も持たない彼は、僕の憧れる世界では、暮らすことができない)
ユウ「ほら、終わったから、靴をはいて……、」
ユウ「へっくし!」
オルトス「……、雨の日は、冷えるんだ。ここはあの塔より低いから、まだマシなほうだけどね。」
ユウ「そうなの……、」
ユウ「へくしっ!」
オルトス「……半径1メートル、って言いたいところだけど、この布もそんなに大きくないしね。半分だけわけてあげるよ。」
ユウ「……いいのか?」
オルトス「ただし、僕に直接触れないでくれよ。聖都を目の前にして、光輪すらなくすのはごめんだ。」
ユウ「……、」
ユウ「ありがとう。……いろいろあったけど、俺……、別にお前のこと嫌いじゃないよ。」
オルトス「うわっ。」
ユウ「さすがにそこまでいやそうな顔をされると、俺も傷つくんだけど。」
オルトス「そんなこと言っても、これ以上布は貸さないよ。」
ユウ「安心しろ、そんなやさしさは最初から期待してない。」
オルトス「はあ?これでも地上の民に十分、やさしくしてるつもりだけど?」
「ぐ~!」
オルトス、ユウ「……。」
ユウ「お腹の音で、警備の人に見つかったらどうしよう。」
オルトス「最悪だ。」
オルトスユウ「……、」
ユウ「……やめよう。言い争ってると、余計にお腹が減る。」
オルトス「……そうだね。」
オルトス「……、」
オルトス(……いつもは兄さんが食べ物を持ってきてくれるから、こんなふうにお腹を空かせたこともなかったな。あの塔に居続けたいとは思わないけど……、)
オルトス(それでもあそこは、どこよりも安全だった。兄さんが、全てから護ってくれていた。……でも、あそこには)
オルトス(こうして寒さに震えた時に、体温を分かち合う相手はいなかった)
オルトス(聖都のみんなが雨を喜んでいるのをみながら、ひとりで寒さに震えることしかできなかった)
オルトス(本当は、僕は雨の日が嫌いだった)
オルトス「翼が欲しいな……、そしたら、きっと僕も……、」
ユウ「……、」
ユウ「あ。」
オルトス「ん、なに?」
ユウ「雨がやみそうだ。」
オルトス「ほんとだ。もうすっかり夜だな……。」
ユウ「町の方は明るいけど……、橋の方はまっくらだ。」
オルトス「夜通しでお祝いが続くからね。橋が暗いなら、宮殿に忍び込むにはちょうどいい。」
オルトス「行こう。」
ユウ「……、」
オルトス「どうかした?」
ユウ「なあ。」
オルトス「なんだい?」
ユウ「もし、神さまがお前の翼をもう誰かにあげちゃってたら、神さまにお願いしても、翼が手に入らなかったら、どうする?」
オルトス「……、」
オルトス「さあ?また塔に戻るだけかも。今度は、別の理由で閉じ込められるんだろうけど。」
ユウ「いいのか?」
オルトス「一生、あの塔で暮らしたい奴なんてきっとどこにもいないよ。」
ユウ「それはそうだけどさ……、」
オルトス「でも、しょうがないだろう。翼がないやつが天で暮らすには、あそこにいるしかないんだ。」
ユウ「……地上にも、聖都に負けないくらい綺麗なところはたくさんあるんだけどな。」
オルトス「ええ……?」
ユウ「うわあ、信じてない顔……。」
オルトス「だって、地上は罪の地だから美しいものなんてあるはずがない。」
ユウ「……あーもう、わかったよ。」
ユウ「……翼、手に入るといいな。」
オルトス「……君も、友達に会えるといいね。」

メルク「この雨は……、まさかミシェリアさんが……、」
ミシェリア「いいえ。」
メルク「ミシェリアさん……、なんだか疲れてるようなのですよ。」
ミシェリア「そう、見えますか。……そう、そうかもしれません。」
メルク「きっと、長い間お話を聞いていたからなのです。ちょっと休んだ方が……、」
ミシェリア「いいえ。わたしに必要なものは、きっと休息ではない。それはきっと、知ることなのです。」
メルク「知ること、なのです?」
ミシェリア「メルクさん、わたしがなぜ聖女と呼ばれ、聖宮へ連れてこられたか知っていますか?」
メルク「みゅ?それは……、大きな翼だったから、なのですよ?」
ミシェリア「ええ、その通り。」
ミシェリア「皆が、この翼は神の寵愛の証。」
ミシェリア「今は動かせずとも、いずれは成長し、やがて羽ばたくことができるようになる、神のもとへ侍る日が来るのだと、言いました。」
ミシェリア「けれどもね、メルクさん。」
メルク「ミシェリアさん……?」
ミシェリア「わたしは、そんな日が来るなんてこれっぽっちも想像できないのです。」
メルク「みゅ……?」
ミシェリア「わたしはこれから先、どれだけ時が経とうとも、この体がどれだけ成熟しようとも、この翼で空を飛ぶことはできない。」
ミシェリア「できないんです。」
メルク「どうしてそんなことが、わかるのですよ……?」
ミシェリア「どうしてもなにも……、わたしの体のことではありませんか。」
ミシェリア「神以外の誰が、わたしよりもわたしのことを知っているでしょう。」
ミシェリア「それなのに人々は、わたしがいずれ天へ羽ばたくと信じて、わたしに祈りを託していく。」
ミシェリア「重い。重いのです。」
ミシェリア「こんなおもりを背負って、人は羽ばたくことなんてできやしない。」
ミシェリア「わたしの手には……、」
ミシェリア「いえ、人の手には負えぬ、まさしく神の翼。」
ミシェリア「皆は、この翼を、天へ飛び立ち、神へ近づくためのものだと言いました。」
ミシェリア「けれど、今のわたしの姿はどう見えますか?まるで地上の民ではありませんか。」
ミシェリア「我々の翼は、古の裏切りの罪を許された証。我々は、神に選ばれ、天へ近づくことを許された天空の民。」
ミシェリア「だというのに、この神の翼こそが、まるで翼を持たぬ地上の民のようにわたしを地に縛り付け、押し潰そうとしている。」
ミシェリア「……メルクさん、わからないのです。」
ミシェリア「わたしには、神がわからない。」
ミシェリア「神にもっとも近しいと言われ、祈りを伝えるべきわたしが、神がわからないのです。」
ミシェリア「この日を迎え、人々に祝われ、祈りを託されるたび、神への疑問と己の無力さばかりを突き付けられる。」
ミシェリア「なぜ、わたしにこんな翼を与えたのか。なぜ、わたしは誰も救うことができないのか。なぜ、翼を持ちながらわたしは……、」
ミシェリア「飛べないのか。」
メルク「ミシェリアさん……、」
ミシェリア「わたしは知りたい。神を知りたい。けれど、その望みと同じくらい……、」
ミシェリア「こんな翼、捨ててしまいたいんです。」
メルク「……!」
「それなら。」
ミシェリア「……?」
オルトス「それなら、その翼の半分を、僕にわけてよ。」

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