第9話:万祈の聖翼

ユウ「……どうして、連れて行ってもらわなかったんだ?」
オルトス「……天空の民は約束を守る。君に協力すると言った以上、その言葉を違えるつもりはないさ。」
オルトス「……兄さんがどうして教えてくれなかったのかはわからないけど、新しい聖女さまが聖宮にいらっしゃる。」
オルトス「聖宮に主さまがいるときは、その方だけが猊下と呼ばれる。君が言っていた猊下は、きっとその聖女さま……、聖ミシェリアさまのことだろう。」
オルトス「だとしたら、君の友達は聖宮にいるはずだ。」
オルトス「だけど、君は聖都のことをちっとも知らない。僕の助けがなくちゃ、聖宮まで行けないだろう?」
ユウ「それはそうだけど……、」
オルトス「それとも……、もう行きたくない?」
ユウ「え?」
オルトス「僕らは正規の手段じゃ、まず聖宮には入れない。」
オルトス「どこからか忍び込むしかないうえに、君の友達は聖なる水の方だと思われてるんだろう?もし見つかったら、大変なことになる。」
オルトス「引き返すなら、今だよ。」
ユウ「……引き返さないよ、俺は。」
オルトス「……、よっぽど大事なんだね、その友達が。」
ユウ「……まあ、あいつには昔、いろいろと世話になったし、もう長い付き合いだしな。」
オルトス「そう。それじゃあ、変わらず僕たちの目的地は聖宮ってことだね。」
ユウ「ああ。」
ユウ「その、聖女さまが願い事を叶えてくれるっていうなら、お前の翼が欲しいっていう願い事も叶えてくれるかもしれないんだよな?」
オルトス「猊下が叶えるんじゃないさ。猊下と言うのは、1番神さまに近いお方のことなんだ。」
オルトス「だから、神さまに僕たちの願い事を伝えることができる、……って言われてる。」
オルトス「今の猊下のことは、よく知らないけど、聖宮にいらっしゃるからには、きっと聖テアトリミアのように祈りを神さまに伝えてくださるはずだ。」
オルトス「……もし、兄さんが言っていたように、本当にうっかり神さまが僕に翼を付け忘れただけなら」
オルトス「今からでも、その時つけ損ねた翼を僕につけてくださるかもしれない。」
ユウ「……、」
オルトス「なに?」
ユウ「……いや、なんでもない。」
ユウ「まあ、もし神さまがオルトスの翼を取り置いてなかったとしても、翼を手に入れる方法はほかにもあるかもしれないしさ。」
ユウ「まずはその聖宮ってところに行くのが先決だな。」
オルトス「聖宮に行く前から、縁起でもないことを言わないでくれよ。神さまが僕の翼を他の誰かにあげてなきゃいいけど……。」
ユウ「ちょっと思っただけだ、悪かったよ。」
ユウ「それで、聖宮まではどうやっていくんだ?聖都とは陸続きじゃないみたいだけど……。」
オルトス「ほとんど使われてない、古い橋がある。古いけどしっかりしてるし、目立たない場所にあるから、こっそり聖宮に行くには申し分ない。」
オルトス「……聖宮で翼を落とされた罪人が使うための橋でさえなければね。」
ユウ「……いいのか?」
オルトス「何か他に方法がある?」
オルトス「モンスターに頼むのはナシだよ。聖宮は警備が厳しいんだ。すぐにバレる。」
ユウ「……思いつかない。」
オルトス「なら、反対はなしだ。さっさと行こう。」
ユウ「……、わか……、」
「おやまあ、聖宮守護団の方々じゃありませんか!」
ユウ「まずい、隠れるぞ!」
オルトス「狭い!僕の半径1メートル以内に入らないでくれって言っただろ!」
ユウ「隠れてるんだから、無茶言うなよ!」

靴屋のおばさん「聖ミシェリアの日だっていうのに、そんな険しい顔をしてどうなすったんです?」
フェイエル「あっ、い、いえ!おかみさんは何も心配なさらなくて大丈夫ですとも。」
靴屋のおばさん「そう言われても、団長さま以外の守護役の方々がそんな顔をなさるなんてよっぽどのことじゃあ……、」
フェイエル「いやあ、その、実は団長のように常に、気を引き締めていようと思ってたんですが、うっかり顔まで団長の真似をしちゃってたみたいです。」
フェイエル「ちょっと恥ずかしいので、他の人にはナイショにしておいてくださいよ?」
靴屋のおばさん「あっはっは、そうだったんですか!わかりました、それじゃあこのことは神さまとあたしと守護役さまたちだけの秘密ということで。」
フェイエル「助かります。それで僕たちは……、」
靴屋のおばさん「ああ、そうだ。」
フェイエル「なんでしょう?」
靴屋のおばさん「聖宮守護団の団長さんに弟さんはいらっしゃいませんか?」
フェイエル「なぜです?」
靴屋のおばさん「いやあ、さっき店に来た男の子が、あまりに団長さんに似てたものですから。」
靴屋のおばさん「後で、もしかしたら弟さんだったのかもしれないと思いましてねえ。」
フェイエル「そうですか。でも残念ながら、ハズレです。」
フェイエル「団長に弟は、いませんから。」

フェイエル「……なんとか、気づかれずにすんだな。」
フェイエル「トイフェル、エリオダス。いつも通りの顔をして、ただの見廻りのように見せかけろ。先ほどのように住民を不安にさせるな。」
フェイエル「地上の民のことが知られたら、パニックで街が大変なことになる。」
フェイエル「……なんとしても、聖都の者たちに見つかる前に、地上の民を見つけ出さなくては……。」
フェイエル「次は南地区だ。行くぞ。」
「……。」
ユウ「……、探してるのは、俺だけみたいだな。」
オルトス「僕のことは誰も知らないからね。」
ユウ「……、」
オルトス「……でも、翼が手に入ればもう隠さなくたってよくなる。兄さんの弟だって言えるようになるんだ。」
ユウ「あ、ああ……。」
ユウ「……、」
ユウ「けど……、」
オルトス(けど……、まずいことになった。思っていたより、気づかれるのが早い)
オルトス(もし見つかって、地上の民をかくまっていたと知られたらたとえ翼を手に入れたってその矢先に翼を落とされるかもしれない)
オルトス(そうしたら……、もうここにはいられないだろう)
オルトス「……、」
ユウ「オルトス?」
オルトス「……いいや。」
オルトス(……彼は僕の助けなしでは聖宮まで行けない。たとえ翼がなくても、僕は天空の民なんだ。その在り方を失えば、それこそ地上の民と変わらない)
オルトス「……、」
オルトス「行こう。」
ユウ「……、」
ユウ「……ありがとう。」
オルトス「君のためじゃない。」
ユウ「それでも。」
オルトス「……、忘れないでくれよ、僕は天空の民だ。地上の民と慣れ合うつもりなんかない。」
オルトス「……、」
ユウ「……そうだな。」
ユウ「行こう、俺もメルクに会わなくちゃ。」

「ああ、聖ミシェリアさま。先日、雲喰いが雨雲を食べたせいでこの頃の雨の量が減っております。」
「どうか、神に新たなる雨雲を賜る慈悲をいただきたく……!」
ミシェリア「苦難に迷う、我らが同胞。あなたの祈りは、このミシェリアが聞き届けました。」
「ああっ!ありがとうございます、ありがとうございます……!どうぞ、その翼で、私の祈りを神へお伝えください!」
メルク「始まってからずっと、たくさんの人が入れ替わり立ち代わりやってきては、ミシェリアさんにお願いごとをしているのですよ……。」
ピスティア「今日は、聖ミシェリアの日。この日だけは、聖堂だけではなく、猊下に直接祈りをささげることが許されてるんです。」
ピスティア「でも、全ての者の祈りを聞き届けることはかないませんから、こうして猊下の御前に参ることができるのは、くじびきによって選ばれた方々だけですね。」
メルク「くじびきになるほどたくさんの人がミシェリアさんにお祈りしに来るのですよ?」
ピスティア「もちろんです!聖宮の主になることができるのは、神に愛された聖女さま、聖人さまだけ。」
ピスティア「聖テアトリミアさま以来、数百年もの間、聖宮は留守でした。こうして、実際に猊下にお目にかかって、祈りをささげられること自体、奇跡のようなことなんです。」
メルク「たしかに、そう聞くとそれほどの人がミシェリアさんに会おうとする気持ちがわかるような気がするのですよ……。」
ピスティア「さらに、それだけではないのです。此度の猊下は、我々、天空の民の悲願を果たしてくださる方かもしれないのです!」
メルク「悲願、なのですよ?」
ピスティア「はい!」
ピスティア「我々、天空の民が壁雲(へきうん)を越えて神のもとへ侍ること……。」
ピスティア「それこそが、わたしたちが地上の罪を許され、天へ近づく翼を与えられた暁の時代より、ずっと願ってきたことなのです!」
メルク「ミシェリアさんが、その願いをかなえてくれるのですよ?」
ピスティア「ええ、猊下が成長なされば、いずれはきっと!あの大きな翼こそ、その証。」
ピスティア「大天使族の方々よりもはるかに大きなあの翼なら、きっと壁雲を越えるほど、高く高く、飛ぶことがおできになるはずです。」
ピスティア「そして、天にいらっしゃる神のもとへ参られる。その時こそ、我々の願いが叶う時なのです。」
メルク「だから、ミシェリアさんは、神にもっとも近い方と呼ばれているのですね……。」
ピスティア「はい。」
ピスティア「ですから、猊下に我々の祈りを神に伝えて頂こうと、聖ミシェリアの日は、多くの人々がこの聖都へやってくるのです。」
メルク「そう、なのですね~……。」
ピスティア「次で最後の方のようです。聖なる水の方さま、少々こちらでお待ちいただけますか?」
メルク「わかったのですよ。」
メルク(神さまに1番近いから、ミシェリアさんは神さまに願い事を届けられる……)
メルク(でも……、まだお祈りしていたことが本当になっていないのに、さっきの人たちは、みんな笑顔で帰って行ったのです)
メルク(あの人たちは、それでいいのですよ……?それとも、ミシェリアさんが神さまに伝えたら、すぐにお願い事が叶うので……、)
「ああ、神さま、聖ミシェリアさま、ありがとうございます!」
メルク「みゅ?窓の外から声が……、」
メルク「雨が、降ってきたのですよ。」

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