第8話:靴と翼

ユウ「えっと、靴屋は……、」
オルトス「そっちの道を左。」
ユウ「わかるのか?」
オルトス「15……、いや、16年か。その間、ずっと塔から街を見てたからね。」
オルトス「聖都のどこに何があって、どういう道があるのかはすっかり覚えてるさ。」
ユウ「そうなのか……、」
オルトス「あっ、次の道はまっすぐだ。ちょっと狭いけど、上を飛んでる人に見つかりづらい。もし君が見つかったら大変なことになる。」
ユウ「そうだな。けど、人がいるのは上の方ばっかりで、下の方じゃ、誰とも行き会わないな。」
オルトス「そうだね……。埃っぽいし、小石がたくさん落ちてる。ほとんど誰も、下の道を歩いたりはしないんだろうな……。」
ユウ「……、」
ユウ「ん?靴屋ってあれか?」
オルトス「ああ、そのはず……、」
オルトスユウ「……。」
ユウ「店の真下にはついたけど……、どうやって店まで登る……?階段もないみたいだし……、」
オルトス「ああ……、どうして忘れてたんだろう。それもそうだよ。翼があるなら、階段なんていらないから。」
オルトス「……塔から出られたことに浮かれてた。翼を得られるまでは、僕は自由なんかじゃない。」
オルトス「地上の民と同じように、地上への重力から逃れられない惨めな存在だ……。」
ユウ「……まあ、そりゃ空は飛べないけど、足があるなら壁を登ることはできるだろ。」
ユウ「登れそうなところを探そうぜ。どこか靴屋につながってるところがあるかも。」
オルトス「……そうしよう。」
オルトス(……翼が欲しい。そうすれば、兄さんと……、みんなと一所に、高い空から美しい聖都が見られるんだ)


フェイエル「団長、これは……、」
ラヴィオル「……、早急に聖宮守護団の総員に伝達を回せ。」
ラヴィオル「地上の民が聖都に入りこんだ可能性がある。聖都の者に見つかる前に、なんとしてでも探し出せ。」
フェイエル「は、はい!」
ラヴィオル「ただし、猊下のご要望もある。手荒な真似はするな。」
フェイエル「わ、わかりました!」
ラヴィオル「……、下の階にもいない、ということはお前もあの少年と共に行ったということか、オルトス。」
ラヴィオル「なぜ、わからない。この塔にいれば、守ってやれるというのに。」
ラヴィオル「眺めるだけでは満足できなかったか。遠眼鏡で覗いた聖なる都は、お前にとってそれほど美しく見えたか。」
ラヴィオル(遠眼鏡の向こうで、聖ミシェリアの日を祝い、人々が歌い、踊っている)
ラヴィオル(あの方がいずれ神のもとへ我々を連れて行ってくださると信じて)
ラヴィオル(ほんとうに恐ろしいのは、神ではない。ひとだ。それぞれの心の中の神に踊らされた、ひとなのだ)


メルク(フェイエルさんは、すぐに見つけ出すと言っていたのですが……)
メルク(空の人たちは、地上の翼を持たない人をあまりよく思っていないみたいなのです。ユウさんは大丈夫なのですよ……?)
ミシェリア「メルクさん、ご安心を。」
メルク「みゅっ!?」
ミシェリア「こんなときに、自分で動くことができたなら。そう思っていますか?」
メルク「みゅ……、」
ミシェリア「わかります、あなたとわたしは似ていますから。」
ミシェリア「けれども、いつだってわたしたち自身が誰かを救うことはできない。動けぬ我々は、ただ待つことしかできないのです。」
ミシェリア「大丈夫です。ラヴィオルがいますから、ユウさんのこともうまくとりはからってくれるでしょう。」
メルク「たしかにラヴィオルさんは初めに会った時もユウさんを助けようとしてくれたのです。」
メルク「みゅっ!で、でも、よく考えたら、それは空の国の神さまの導きだからと言っていたのですよ!」
メルク「ということは、本当はユウさんをよく思っていないかもしれなくて……、」
ミシェリア「その心配はいらないでしょう。彼は、地上の民だからといって、誰かを無下に扱ったりはしませんから。」
メルク「ミシェリアさん……、随分、ラヴィオルさんを信頼しているのですね。」
ミシェリア「ええ。彼とわたしは、同じ秘密を持つ者同士ですから。」
メルク「それはいったい……、」
「猊下、お時間です。」
ミシェリア「ああ、もうそんな時間でしたか。わかりました。」
メルク「みゅ?これから何があるのですよ?」
ミシェリア「ラヴィオルと同じ。お芝居、ですよ。」


ユウ「ようやくついた……。」
オルトス「やっとか……。」
オルトス「それじゃあ、僕が靴を買うついでに、いろいろ聞いてくる。君は物陰に隠れていてくれよ。」
ユウ「わかった。」
オルトス「……。」
ユウ「……?行かないのか?」
オルトス「その前に、復習させてくれ。靴をくださいって言って、金を渡せばいいんだよね?」
ユウ(そうか、買い物も初めてなのか……)
ユウ「そうだよ、なんなら俺が店主の役をやろうか?」
オルトス「地上の民から物を買う気にはなれないな……。」
ユウ「それなら、ぶっつけ本番でどーぞ。」
オルトス「しょうがない……、百歩譲って君を彫像と思って練習しよう。」
ユウ「彫像はそもそも商売してないよ!」


靴屋のおばさん「いらっしゃい。どんな靴をお探しだい?」
オルトス「えっと、そこの丈夫そうな……、」
靴屋のおばさん「こりゃまあ!」
オルトス「なっ、なに?」
靴屋のおばさん「あんた、翼はどうしたんだい!それにそんな地上の民みたいに地に立って……!」
靴屋のおばさん「ま、まさか地上の民じゃあないだろうね!?どこから入り込んだのか知らないけど、すぐに聖宮守護団を呼ぶからね!」
オルトス「ま、待って!」
靴屋のおばさん「待つもんか!未だに神から許されてないあんたたちを、聖都に入れるわけにはいかない!」
靴屋のおばさん「あたしは、神さまにも、天空の民にも背くことはできないよ!そんなことをしたら、ここにいられなくなっちまう!」
オルトス「違うんだ!ほら、見て!光輪があるだろう!」
靴屋のおばさん「おやまあ……、」
オルトス「実は、こないだ事故で翼を怪我しちゃって……!それで、神からいただいた翼に傷をつけたなんて神に申し訳なくてこうやって布をかぶってるだけなんだよ。」
靴屋のおばさん「なんだ、そうだったのかい!そりゃあ、疑って悪かったねえ!それも地上の民と間違えるなんて……!」
オルトス「は、はは……、わかってくれたならいいさ。」
靴屋のおばさん「翼を怪我したから靴を買いに来たんだね。」
靴屋のおばさん「たとえ怪我が治るまでの間とはいえ、地上の民と同じように地を歩かざるを得ないなんて、かわいそうに……。」
靴屋のおばさん「疑ったこともあるし、坊ちゃんにはただで靴をあげるよ。」
靴屋のおばさん「だから、元気をだしな?すぐに怪我が治って、また飛べるようになるさ!」
オルトス「あ、ありがとう……。」
オルトス「……あっ、その、聞きたいことがあるんだけど。」
靴屋のおばさん「なんだい?えーっと、翼を怪我した時用の靴があったはず……、」
オルトス「その、猊下って……、」
靴屋のおばさん「ああ、なるほど!」
オルトス「……!?」
靴屋のおばさん「坊ちゃんはこれから猊下にお会いしに行くんだね!」
靴屋のおばさん「神さまに1番近くいらっしゃる猊下なら、きっと坊ちゃんの怪我がすぐ治るよう神さまにお伝えしてくれるものねえ!」
オルトス「え……?」
靴屋のおばさん「ん?どうしたんだい?」
靴屋のおばさん「坊ちゃんも、聖ミシェリア猊下に願い事を託しに行くつもりだったんだろう?聖ミシェリアの日にわざわざ靴を買いに来るなんてさ。」
オルトス「……そ、そのとおりだよ。」
靴屋のおばさん「そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫さ!」
靴屋のおばさん「猊下は、神を敬う天空の民の願い事ならなんだって、神へお伝えしてくださる。」
靴屋のおばさん「翼を怪我したことをちゃんと反省していれば、猊下だって坊ちゃんの願い事をお伝えしてくれるさ!」
靴屋のおばさん「そしたら、それが坊ちゃんにふさわしい願い事だったなら、きっと神さまが叶えてくださるからね。」
靴屋のおばさん「ほら、待たせたね!靴だよ!」
オルトス「あ、ああ、ありがとう……。」
靴屋のおばさん「おや、坊ちゃん……、」
オルトス「……?」
靴屋のおばさん「いや、なんでもないさ!」
靴屋のおばさん「そうそう、怪我をした翼じゃあ、聖宮まで行くのは大変だろう?旦那に頼んで、坊ちゃんを聖宮まで連れて行ってあげようか?」
オルトス「それは……、」
オルトス「……ありがたいけど、遠慮しておくよ。連れがいるんだ。」
靴屋のおばさん「ああ、そうだったのかい。それなら安心だね。その人に聖宮まで運んでもらうといいよ」
靴屋のおばさん「それじゃあ、気を付けるんだよ?地上の民と間違えたりして申し訳なかったねえ。」
オルトス「……いや。靴をありがとう。」

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