第7話:遠い心

メルク「神さまの、意思、なのですよ……?」
ピスティア「猊下、お呼びですか?」
メルク「ピスティアさん?ミシェリアさん、いつの間に呼んでいたのですよ!?」
ミシェリア「ついさきほどです。」
ミシェリア「少しばかり、魔法を嗜んでいますから、制限があるとはいえ、声の届かぬ場所にいる相手に知らせを送すことはできます。」
ミシェリア「ピスティア、離塔へ送ったという地上の民をここへ連れてきてほしいのです。」
ピスティア「はい。」
ピスティア「……はい?」
「猊下、ご報告に参りました。」
ミシェリア「ああ、ちょうどいいですね。ピスティア、ラヴィオルを通してください。」
ピスティア「は、はい……、」
ミシェリア「ラヴィオル、地上の民を離塔へ送ったと聞きました。」
ラヴィオル「は。さきほど送ってきたところにございます。」
ミシェリア「徒労にさせてしまって申し訳ありませんが、その者をここへ連れて来てほしいのです。」
ラヴィオル「それは……、」
ラヴィオル「お言葉ですが……、よろしいのですか?」
ミシェリア「……はい。わたしは……、知りたいのです。」
ラヴィオル「……、」
ラヴィオル「かしこまりました。すぐお連れします。」
ピスティア「……!……ま、待ってください……、」
ミシェリア「ピスティア?」
ピスティア「……!も、申し訳ございませんっ!わたしなどが猊下のお考えに口をだすだなんて……、」
ピスティア「し、しかし、わたしたちの翼は、地上から遠ざかり、天へ近づくために神から与えられたもの……。」
ピスティア「その翼を持つわたしたちが……、それも、聖翼と呼ばれるほどの翼をお持ちの猊下が、自ら地上の罪へ近づこうとなさるなんて……!」
ピスティア「神に翼を取り上げられかねない行為です……!」
ミシェリア「そうかもしれませんね。」
ピスティア「それなら、どうして……、」
ミシェリア「だからこそ、ですよ。」
ピスティア「げ、猊下……?」
ラヴィオル「それでは、行って参ります。」
ピスティア「ラヴィオルさま……、」
ピスティア(わからない。わたしには、猊下のお考えがちっともわからない……)
ピスティア(侍者として3年間ずっと猊下にお仕えしてきたのに。いまだに猊下の御心の一端すらわたしには推し量ることすらできない)
ピスティア(わたしなんかが、神の翼を持つ猊下のお考えを知ろうとすること自体が、間違いなの……?)
ピスティア(ラヴィオルさまは、猊下の意図されることが分かったようでいらっしゃるのに……)
ピスティア(でも、ラヴィオルさまはわたしが侍者としてお側に侍るよりも前から猊下のお側で、猊下をお守りになってきた)
ピスティア(だから、猊下のお考えをわたしよりもお分かりになるのは当然で……、)
ピスティア(……!)
ピスティア(ラヴィオルさまがお止めにならなかったということは、猊下には何か、神からお伝えされた真意がおありになるのかも)
ピスティア(猊下がお間違えになるはずがないもの!きっとそう……!わたしには、わからないだけで……!)
ピスティア(……わたしにはわからない、だけで)


ラヴィオル(まさかミシェリア様が地上の民に会いたいと言い出すとは……)
ラヴィオル(確かめたい、とのことだったが……、ことの次第によっては聖都が荒れるかもしれんな……。後で手を打っておく必要があるか)
ラヴィオル(……だが、今は都合がいい。このままあの少年を塔から遠ざけられれば……、)
フェイエル「団長!団長に地上の民を触れさせるわけにはいきません。私もお供します。」
ラヴィオル(まあ、もとはといえばフェイエルが気づかなければ、あの時適当に言いくるめて地上へ送り返せたんだが……)
ラヴィオル(言いくるめて、か)
フェイエル「団長?」
ラヴィオル「いや、わかった。お前は後ろからついてこい。私が先頭を飛ぶ。」
フェイエル「はっ!」
ラヴィオル(あの2人にろくな説明もできていない……。何もせずに大人しくしていてくれればいいが……、)


エンゼガル「ぐるるる~!」
ユウ「あ、ありがとう……。うう、ちょっと酔った……。」
オルトス「これが草……。上から見ていたときはみんな同じ色をしていると思っていたけど、よくみると色がちょっとずつ違ってるんだな。」
オルトス「……、」
ユウ「うおっ!いきなり走り出してどうした……!」
オルトス「いや……、1度、まっすぐにどこまでも走ってみたくて……。」
オルトス「はは……、壁がない!ヘンだ!ヘンな気持ちだ……!」
オルトス「どこまでも走っていきたいような……、どこまでも走っていけそうな……。」
オルトス「……そうか!これが自由か……!」
ユウ「……、」
オルトス「……!」
オルトス「じゃ、じゃあ、聖都へ行こうか。」
ユウ「あ、ああ……。」
オルトス「あそこに見えるのがそうだ。それじゃあ、さっそく……、」
オルトス「って、いたッ!」
ユウ「どうしたんだ!?」
オルトス「足を怪我した……!」
ユウ「くじいたのか?」
ユウ「って、なんで靴はいてないんだよ!」
オルトス「持ってない。」
ユウ「ああ……、そうか、塔から出る予定もなかったんだもんな……。」
ユウ「まあ、街で靴を買えばいいさ。けど、このあたりは草に隠れて石が転がってるみたいだし、裸足じゃ危ないか。」
ユウ「しょうがない、街までは背負って行ってやるよ。」
オルトス「君に僕が背負えるのかという問題もあるけど……、」
オルトス「それ以前に、地上の民に触れるなんて考えられない。地上の民に触れるくらいなら、僕は足が血みどろになったって、歩いていく。」
ユウ「見てる俺が痛いからやめてくれよ……。」
ユウ「そもそも、地上の民に触ったって、オルトスたちが言うようなことにはならないって。」
ユウ「他の空の国の人と握手したことあるけど、翼をなくしたりも、病気になったりもしなかったぞ。」
オルトス「……、」
ユウ「……ほんとに、俺たちはオルトスたちが言うような存在じゃない。」
ユウ「そりゃあ、確かに空の国の人たちの信仰は俺たちにはなじみのないものだし」
ユウ「神さまに許されてないとかで翼がないっていうのも、本当じゃないとは言い切れないけど。」
ユウ「でも、さっき言ったことは本当だし、触っただけで神さまの怒りに触れたりはしてない、と思う。」
オルトス「……、僕にはもう後がないんだ。君は確かに嘘をついているようにはみえない。」
オルトス「でも、万が一、この光輪さえも失ったら僕はもう、本当に……、」
ユウ「……、」
ユウ「うーん、わかったよ。じゃあ、こうしよう。」
ユウ「お前の兄さんも直接触らなかったら大丈夫だって言ってたし、素肌に触らないように手当だけする。布を巻くくらいならいいだろう?」
オルトス「オーケイ、それなら許そう。」
ユウ「渋ってた割に、いそいそと足を差し出してくるな!?」
オルトス「初めてこんな大けがをした……。」
ユウ「ちょっと足の裏が切れただけじゃん!」
オルトス「ものすごく痛いんだぞ!くっ、君もこの痛みを味わえばいいのに……!こけろ~、こけろ~!」
ユウ「変なまじないかけるのやめて!」
ユウ(けど、まあ……、ずっとあの部屋にいたら怪我する機会もないのか)
ユウ「……。」
ユウ「えーっと、それで?一体、どうやって翼を手に入れるつもりなんだ?」
オルトス「それは……、」
ユウ「それは?」
オルトス「それは今から考える。」
ユウ「……。」
オルトス「……。」
ユウ「お前、それでよく俺をなじれたな!?俺はてっきりお前に、翼を探す当てがあるものだと!」
オルトス「あの塔から出たことがないんだぞ!あるわけないだろ!これから考えるんだよ!」
ユウ「……とにかく、聖都で靴を買うついでに情報も手に入れよう。」
オルトス「……そうだな。」
オルトスユウ「前途多難だ……。」

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