第6話:聖宮

ピスティア「よいしょっと……。」
ピスティア「あ、あの、聖なる水の方、飛行中、揺らしてしまって申し訳ありません。大丈夫でしたか?」
メルク「それは大丈夫なのですが……、それより、私をユウさんのところに帰してほしいのですよ。」
ピスティア「み、水の方……、どうしてそんなことをおっしゃるんですか?だめですよ!」
ピスティア「地上の民は未だに神に許されざる罪人です!そのような方のところへ、水の方をお連れするわけにはいきません。」
メルク「だから、誤解なのですよー!私は聖なる水の方でもないし、そもそも水でもないのですよ!」
メルク「そして、ユウさんに捕らえられていたわけでもないのです!」
ピスティア「で、でも、その……、きっと猊下にお会いすれば、水の方もご自身のことがわかるはずですから……!」
メルク「またその猊下という方なのですね……。」
メルク(みゅーん……、何度言ってもわかってくれないのですよ……)
メルク(……こうなったら、ピスティアさんが言っている猊下という人に直接いうしかないのです!)
メルク「わかったのです、その猊下という方に会うのですよ。」
ピスティア「ほ、ほんとですか!?ありがとうございます!やっとわかってくださったんですね!」
メルク「そういうことではないのですが……、」
メルク「……ここは、どこなのですよ?」
ピスティア「ここは聖宮にある、羽休めの場です。猊下は、祈りの間にいらっしゃいますから、すぐにお連れいたしますね。」
メルク「お願いするのですよ。」
メルク「それにしても、運んでもらっている時にも思ったのですが、この町はずいぶん活気があるのですね……。」
ピスティア「はい!今日は聖ミシェリアの日ですから、特にです!」
メルク「ラヴィオルさんたちもそう言っていたのですが、いったいどういう日なのですよ?」
ピスティア「聖ミシェリアさま……、聖翼さまを聖宮にお迎えできたこと、神が聖翼さまを遣わしてくださったことを、祝い、感謝しそして、神に祈りをささげる日です。」
ピスティア「今年で16祈目になりますが、毎年、あちこちから巡礼にやってくる方々も多くいらっしゃるんですよ!」
メルク「そんなに大きなお祝い事なのですね~……!」
ピスティア「もちろんです!」
ピスティア「聖都中、いえ、すべての翼をもつ者が、扉を開き、手を取り合って、恨みもいさかいも忘れて、明日の朝日が差し込むまで一晩中喜び合うんですよ。」
ピスティア「だから、今日の夜に限っては、聖宮にお仕えしている者以外のほぼすべての仕事がお休みなんです。」
メルク「聖宮に仕えてる方というと……、ラヴィオルさんやピスティアさんたち……。」
メルク「ということは、ピスティアさんたちは町のみなさんが楽しんでいる間、1日中お仕事なのです!」
ピスティア「そうですね。特に聖宮守護団は毎年、総出で警備などにあたってくださっています。」
ピスティア「侍者であるわたしも、猊下がつつがなくお過ごしになられるようお側でお仕えしなくてはいけません。」
メルク「た、大変なのですよ~……!」
ピスティア「いいえ!むしろ猊下の侍者としてお仕えできるなんて、この上なく光栄なことです!」
ピスティア「侍者は猊下のもっとも近くに控え、猊下が心安くいらっしゃることができるよう猊下の望みを叶える役目なのですから!」
メルク「そうなのですよ~……。」
ピスティア「それに、猊下はとってもお優しい方ですから、ちゃんと翌日には聖宮の者に休息日をくださるんですよ!」
メルク「ピスティアさんは、その猊下という方が大好きなのですね~。」
ピスティア「だ、大好きなんて……!」
ピスティア
「そそ、そんな恐れ多いことです!猊下は神に近きお方でいらっしゃるんですから!」
ピスティア「わたしに許されるのは、猊下を敬い、そのお心を煩わせないことだけです。」
メルク「そ、そうなのですよ……。」
ピスティア「……猊下はお優しくていらっしゃるから、勘違いしないようにしなくてはいけないんです。」
メルク「みゅ……?」
ピスティア「わたしのような翼もそう大きくない者が侍者として召し抱えられたのは、猊下の温情によるものなんです。」
メルク「温情、というと……、」
ピスティア「わたしがまだ、物事の道理もわからない幼子だった頃、偶然、猊下が泉で禊をなさっているところへ迷い込んでしまったのです。」
ピスティア「猊下が猊下たる理由もわかっていなかったわたしは、禊の場へ立ち入っただけではあきたらず、無礼にも、猊下を遊びに誘いました。」
ピスティア「猊下はお優しくいらっしゃって、そんなわたしに付き合って一緒に花を摘んだり、水遊びをしてくださいました。」
ピスティア「もちろん、すぐに警護の者がやってきて、わたしは捕らえられました。」
ピスティア「聖宮に仕える者以外が禊の場へ入り込むなど、幼子とはいえ許されぬ罪です。」
ピスティア「しかし、そんなわたしを猊下が救ってくださいました。わたしを直属の侍従として召し抱えると言ってくださったのです。」
ピスティア「そうして、わたしは猊下の侍者としてこうやってお仕えさせていただいているのです。」
メルク「そうだったのですよ……。」
ピスティア「ですから、わたしは猊下が召し抱えるにふさわしい侍者でなくてはならないのです。」
メルク「……それが猊下という方を好きでいてはいけないことにどうしてつながるのか、私にはわからないのですが……、」
ピスティア「猊下は神の御心に近き清らかなる方でいらっしゃいますから、俗世の感情に触れてはいけません。」
ピスティア「……こんな、姉を慕うような感情は、ふさわしくないのです。」
メルク「ピスティアさん……、」
ピスティア「わ、わたしったら聖なる水の方にこんなこと……!」
ピスティア「だ、大丈夫です!猊下はすべての者を天の下に生きる者として慈しんでおられますから!」
ピスティア「あの時、禊の場へ入ったのがわたしでなくとも、きっとお救いになられたでしょう!」
メルク「ピスティアさ……、」
ピスティア「あっ、水の方!つきましたよ!こちらが猊下のいらっしゃる祈りの間です。」
ピスティア「猊下、先触れ通り、聖なる水の方をお連れいたしました。」
「入ってください。」
メルク(神に近く、すべてを慈しむ……、ピスティアさんにここまで慕われる方……。いったいその猊下という方はどんな人なので……、)


メルク「……。」
メルク(へ、部屋一面に翼が……、全部、あの方の翼なのですよ……?)
ピスティア「では、わたしは部屋の外で控えて参りますゆえ。」
メルク(ま、まさかの2人っきりなのですよ……!?)
ミシェリア「水の方……、いえ、メルク、というお名前でしたね。」
メルク「あっ、そ、そうなのですよ。」
ミシェリア「寝台に座したままであることを、許してください。ひとりでは動くことすら困難な身なのです。」
メルク「みゅ……?」
ミシェリア「この大きく重たい翼を羽ばたかせる力がないゆえに、飛ぶこともできず、翼の重みで長い間、立つことも、歩くことも難しい。」
ミシェリア「わたしも、あなたと同じなのです。人の手を借りなければ、移動することもできない。」
メルク「猊下さん……、」
ミシェリア「……、」
ミシェリア「ふふっ……。どうぞ、ミシェリアと。」
ミシェリア「水の方であるあなたなら、わたしをそう呼んだとて、誰も咎めはしないでしょう。」
メルク「わ、わかったので……、」
メルク「って、そうなのです!私は、ミシェリアさんに言わなくてはならないことがあってきたのですよ!」
ミシェリア「……何でしょうか?」
メルク「その、私はピスティアさんが言うような聖なる水の方という存在ではないのですよ。」
メルク「確かに私が何者なのか、私にもわからないのですが……、でも、私は水そのものではないのです。だからきっと、水の方というのも間違いなのですよ!」
メルク「というわけで、早くユウさんのところに帰してほしいのです!」
ミシェリア「……そうでしたか。メルクさんのお話はわかりました。」
メルク「それなら……、」
ミシェリア「しかし、わたしにはあなたが本当に聖なる水の方ではないのかどうか、わからないのです。」
メルク「みゅ……!?で、でも。ピスティアさんは、ミシェリアさんなら……、」
ミシェリア「メルクさん、そのユウという方は、メルクさんのご友人ですか?」
メルク「そ、そうなのです。私が旅をしたいと言ったので、ひとりでは動けない私を連れて、旅に出てくれたのですよ。」
ミシェリア「それでこの国へ来たのですね。」
メルク「……うっかり入ってはいけない場所に来てしまったのは本当に申し訳ないのです。」
メルク「でも、本当にうっかりだったのです!どうか、私とユウさんを助けて欲しいのですよ……!」
ミシェリア「……。」
ミシェリア「助ける、ですか……。」
メルク「ミシェリアさん……?」
ミシェリア「メルクさん、そのユウさんに、わたしもお会いしてもいいでしょうか?」
メルク「みゅ!?そ、それはいいのですが……、どうしてなのです?」
ミシェリア「知りたくなったのです、神のご意思を。」

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