第2話:雲喰いと聖宮守護団

雲喰い「ぐるるるぅっ!」
ラヴィオル「……。」
ラヴィオル「行くといい。」
雲喰い「ぐるる~!」
フェイエル「団長、ご無事で……、」
フェイエル「風が……!雲喰いが風に乗って逃げますッ!」
ラヴィオル「深追いはするなと言ったはずだ。」
フェイエル「で、ですが……、今こそ、あの害獣を倒す絶好の機会だったのでは……。」
フェイエル「ここで取り逃がせば、再びやつが雲を食いにくるかも……、」
フェイエル「しかし、あの雲喰いの様子……、」
ラヴィオル「……どうした?」
フェイエル「いえ、なんだかモンスターの様子がおかしいような気がして。」
ラヴィオル「……、」
フェイエル「そもそも、今思えば、私たちがあれだけの数のモンスターを相手にしてこの程度の被害ですんだこともそうですが……、」
フェイエル「なにより雲喰いだけでなく、他のモンスターも大人しく逃げていったことがどうにも腑に落ちないんです。」
フェイエル「モンスターといえば、人間を狙い襲う、凶暴性が特徴のはず。」
フェイエル「それなのに、いつのまにか、モンスターからその凶暴性が失われていたような気がするんです。」
フェイエル「まるで、噂に聞く、癒術士なるものの力なるような……、」
フェイエル「若輩者の僕だけでは判断しづらいですが、おじいさまに聞けば何かわかるかもしれません。」
ラヴィオル「……そうか。お前の祖父は枢機卿の方だったな。」
フェイエル「はい!祖父にお力を使っていただければ、きっとこの異変に関しても何かつかむことができるかと……、」
フェイエル「あっ、ば、馬鹿なことを言っているのはわかっています。ここにモンスターを癒すという癒術士なる者がいるはずがありません。」
フェイエル「ここは、地上の民が立ち入ることのできない聖都なんですか……、ら……。」
ユウ「……。」
フェイエル「……。」
ユウ「ど、どうも……。」
フェイエル「う、うわあああああっ!」
ラヴィオル「そこの影に隠れていたので、捕まえてきた。」
フェイエル「あわわわわ、だだだだ、団長!な、なに地上の民の首根っこつかんでるんですか!」
フェイエル「地上の民に触っちゃだめですよ!はやく手放してください!えんがちょですよ!えんがちょ!」
フェイエル「地上の民に触れたものは、翼が落ちるとか、病にかかるとか、とにかく地上の罪に侵されて神の加護を失うって言われてるじゃないですか!」
フェイエル「団長を失ったら、僕たちはいったいどうしたらいいっていうんですかああっ!」
ラヴィオル「服越しだから大丈夫だ。」
フェイエル「あっ、そそそ、そうですよね!団長がそんな、地上の民に直接触れるわけないですよね!」
フェイエル「で、ですが、と、とにかくそのぶらさげてる地上の民を放してください!いくら服越しだとはいえ、団長に万が一のことがあれば……、」
フェイエル「うう、想像したくもありませんが、団長が翼落ちにでもなったら聖宮守護団は……!」
フェイエル「そ、それに首がしまって、彼の顔色がどんどん青くなっていってます!いくら地上の民だとはいえあまりに憐れでは……、」
ラヴィオル「ああ、苦しかったか。すまん。」
ユウ「げほっ、げほっ!い、生き返った……。」
ラヴィオル「翼ないものを逃がさないためには、これが1番だと思ってな。」
フェイエル「だ、団長……!聖宮守護のためならば、翼落ちの危険を冒してまで侵入者をとらえるなんて……!」
ラヴィオル「もとより、我々の役目は、翼なき者をこの地へ入れぬこと。これくらいのことで、うろたえてどうする。」
フェイエル「す、すみません……!」
フェイエル「……しかし、本当に癒術士がいたとなると私たちが助かったのは彼のおかげということに……。」
フェイエル「……なんてことだ。地上の民に救われるなんて……、おじいさまが知ったら……。」
ラヴィオル「だが、この少年が癒しの力を使ったおかげで我々が助かったことは事実だろう。」
ラヴィオル「少年、礼を言っておく。」
ユウ「あ、はい……、」
フェイエル「ラヴィオル団長……、」
フェイエル「……そうですね。」
フェイエル「いかなる相手であろうと恩を忘れるは、天空の民としての恥……。誠実であれと、神もお教えになられている。」
フェイエル「……助かった。ありがとう、地上の少年。」
ユウ「い、いえ……。」
フェイエル「だが、それとお前がここにいることは別だ。お前、いったいどうしてここにいる?ここは地上の民の立ち入りが許されぬ地だ。」
フェイエル「嘆かわしいことに、信仰薄れる他の都では地上の民に出入りを認めているところもあるそうだが、ここは聖都。」
フェイエル「未だ罪を許されていない地上の咎人が来ていい場所ではないぞ。」
ユウ「す、すいません!その、それは知っていたんですが、思わぬ事故があって!で、でもすぐに出ていくつもりだったんです……!」
ラヴィオル「その矢先に、先ほどのモンスター騒ぎということか。」
ユウ「は、はい……。」
フェイエル「たとえ、それが本当だとしても、この地にはいかなる理由があろうと、翼を持たぬ者が立ち入ることは許されない。」
フェイエル「地上に縛り付けられたお前たちが天へ近づこうとする様を、憐れに思う気持ちはあるが、翼なき者がこの地へあがることは、等しく罪だ。」
ユウ「そ、そこをなんとか!」
フェイエル「駄目だ!聖宮守護団の名に懸けて、侵入者を逃すわけには……、」
ラヴィオル「待て、フェイエル。」
フェイエル「ラヴィオル団長!?」
ラヴィオル「先ほどの雲喰いを見たな?あれはこの少年が癒さねば、いつまでも神から授かりし雨雲を食いに来てただろう。」
ラヴィオル「おそらく、この少年はあの雲喰いを追い払うために神がお導きになったのだ。」
フェイエル「神が……?」
ラヴィオル「神のご意思を推しはかることは、猊下をお護りするに過ぎない聖宮守護役の身にはあまるがこれは天啓であると、私は考える。」
ラヴィオル「聖宮が築かれて以来、地上の民がこの聖都へ訪れることは1度もなかった。」
ラヴィオル「それがあの雲喰いの現れに合わせるようにして、それも癒術士がこの地へ訪れたのだ。これが神の導きと言わず、なんというべきだ?」
ラヴィオル「そして、何よりも今日は……、」
フェイエル「聖ミシェリアの日……!」
ラヴィオル「その通りだ。少年の罪は、この聖ミシェリアの日に雲喰いを追い払うための力を差し出したことで赦されることだろう。」
フェイエル「初めから神はそのおつもりで、地上の民を……。」
フェイエル「……団長といると、私はまだまだ神の御心を理解できていないことを痛感いたします。」
フェイエル「神の御心にもっとも近き猊下をお護りする立場でありながら、恥ずべきことです……!」
ラヴィオル「……お前にも、翼がある。ならば、精進することだ。」
フェイエル「はい……!」
ラヴィオル「争いごとは、聖都には持ち込まぬことが定め。この少年の持ち物を調べた後、不審な点がないようであれば、すぐさま聖廊を通じて外へ連れ出す。」
フェイエル「わかりま……、」
「ラヴィオルさま、ご無事ですか!」

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