第4話:灰纏の少年

オルトス「やあ、僕はオルトス。不本意だけど、君のルームシェアの相手さ。」
ユウ「ルームシェアって……、」
オルトス「そのままの意味。時間がなかったから、よくわからなかったけど……、」
オルトス「君がしばらく、ここで過ごすことになるんだろう?兄さんがそう言ってた。」
ユウ「兄さん?」
オルトス「ラヴィオル兄さん。さっき2人いたうちの、強そうな方。」
ユウ「あの人か……。」
ユウ「あの人には悪いけど、俺はここを出なくちゃいけないんだ。」
オルトス「へえ、どうやって?」
ユウ「え?」
オルトス「この塔には階段がない。壁に足をかけられるような場所もない。」
オルトス「つまり、翼のある誰かが来るまでは、飛べない僕たちはここから出られないってわけだ。」
ユウ「僕たちって……、君は天空の民じゃ……、」
ユウ「羽がない!」
オルトス「今更気づいたのか?地上の民は翼だけじゃなくて目もないわけ?」
ユウ「……君は、空の国の人じゃないのか?」
オルトス「まさか!地上の民と一緒にしないでくれ。」
オルトス「この光輪を見ろよ。天空の民の証だ。」
ユウ「けど、それならどうしてここに……、」
オルトス「……そりゃあ、翼がないからさ。」
オルトス「ああ、言っておくけど、別に罪を犯して翼を落とされたわけじゃない。生まれつきこうだったんだ。」
オルトス「兄さんは、神さまがうっかり翼を付け忘れたんだって、言っていたけど、街のみんなはそうは思っちゃくれない。」
オルトス「翼を持たない者には生きづらい街さ。」
オルトス「だから兄さんが、僕をこの塔に隠れ住まわせてくれた。この塔は、翼を持たない罪人のための塔だ。」
オルトス「誰も、好んで近づきやしない。誰も、僕を見たことすらない。……僕は毎日見てるっていうのにね。」
ユウ「……。」
オルトス「はは、思えば、こんなに人と話したのは久しぶりだ。」
オルトス「だけど、それが地上の民だなんて、僕もツイてない。ま、ツイてないのは君も同じか。」
オルトス「どういう事情か知らないけど、枢機卿の決定次第じゃ、君はこれからずっと、ここで籠の鳥なわけだから。」
オルトス「地上の民と同じ部屋で暮らすなんて、正直願い下げだけど、ここから出られない以上は……、」
ユウ「いや、俺は出ていくよ。」
オルトス「……、」
ユウ「友達に会わないといけないんだ。」
オルトス「……それ、本気で言ってる?」
ユウ「本気だよ!」
オルトス「……そう、友達に会いに。」
オルトス「……それなら、僕も連れて行ってくれないか。翼が欲しいんだ。」
ユウ「え?」
オルトス「来いよ!かわいそうな地上の民に教えてやる。」
ユウ「教えてやるって、何を……、」
ユウ「わっ!」
オルトス「特別サービス。ついでに、遠眼鏡も貸してやるよ。地上の民はどうにも目が悪いらしいからね!」
ユウ「そりゃどーも!」
オルトス「ほら、ここから外を見てみなよ。落ちるなよ?あと、僕の半径1メートル以内に近づかないでくれ。」
ユウ「はいはい……。」
オルトス「今年も今日は、いつもより人が多いな。何かの祝日なんだろうけど。」
ユウ「そういえば、ラヴィオルさんたちが聖なんとかの日って言ってたな……。」
オルトス「誰だろう、聖テアトリミアの日かな。1年の内、何度かそういう日があるんだ。」
オルトス「奥に大きな彫像が見えるだろう?あれが数百年前に聖宮にいらっしゃった聖テアトリミアの像さ。」
オルトス「かつて人々が水に困って、乾き苦しんでいた時、聖テアトリミアが神に祈りをささげると、祈りを聞き届けた神が人々に雨雲をお恵みになられたんだ。」
オルトス「それ以来、聖都では水に困ることはなくなった。その時の光景はよく、絵画のモチーフにされてて……、」
オルトス「ほら、聖宮の壁を見てみろよ。あの町より少し上に浮いている建物だ。」
ユウ「人々に手を差し伸べている、女の人の絵がかいてある。雲間から差し込んだ光が、女の人を照らしてて……、なんというか、神々しい絵だな。」
オルトス「その方が、聖テアトリミアさ。それでその光は、祝福の光。」
オルトス「あの彫像だって、手を大きく広げた姿なのは、その時の奇跡を象徴してるからなんだぜ。」
ユウ「そうなのか……。」
オルトス「もし、その時代に生まれてたら僕の願いも神さまに届けてもらえたかもしれないけど……、聖テアトリミア以来、聖宮はずっと留守だからね。」
ユウ「聖テアトリミア、か……。でも、ラヴィオルさんたちが言ってたのは、そんな名前じゃなかったような気もするけど……。」
オルトス「ふうん……?」
オルトス「まあ、何を祝ってるのかまでは知らないけど、祝い事にはぴったりのいい天気だ。」
オルトス「こんな日には、広場の噴水が光を弾いてきらきら光るんだ。それが、その上を飛び交う人々の翼にうつって、羽に透き通るような蒼の模様を映し出すんだよ。」
オルトス「見えるだろう?そう、あの大通りの下!」
ユウ「さっきからきらきら光ってたのは、翼に映った光だったのか……。」
ユウ「飛び回ってる人たちの翼にいろんな光が反射して、まるで、町全体が光ってるみたいだ……。人も町の一部みたいに……。」
オルトス「まさしくそうさ!きらめく翼が街を飛び回るからこそ、聖都は美しいんだ!」
オルトス「あんな風に飛べたなら、きっと天にも昇るような気持ちなんだろうな……!」
オルトス「ずっと、思ってた。僕もみんなの中に混ざりたいって。」
オルトス「この塔から眺めてるだけじゃなくて、一緒に祝日を楽しんだり、空から聖都を見下ろしたり、水の模様に羽を浸したり!」
オルトス「この聖都を彩る翼のひとつになれたら、どれだけ素敵なことかって!」
ユウ「それで翼を……、」
オルトス「そうさ。手に入るかはわからない。」
オルトス「だけど、手に入りさえすれば、もう兄さんに守りつづけてもらわなくても、こうして塔で隠れ住まなくてもいい!」
オルトス「僕も兄さんも自由になれる……!」
オルトス「だから、いいだろう?僕はこの塔を出て、翼を探しに行きたいんだ。」
オルトス「神に選ばれなかった地上の民の手を借りるのは、悔しいし、屈辱だけど……、」
オルトス「そうか、交換にすればいい。君の友達はどこにいるんだ?」
ユウ「え?えっと……、……。」
ユウ「ああっ、ラヴィオルさんたちに聞き忘れてた……!」
オルトス「はあ?」
ユウ「ま、まあ猊下って人のところってわかってるし、誰か町の人に聞けば……、」
オルトス「聖宮が留守である以上、猊下って呼称は枢機卿の方々や大天使の血を引く方々にも適用されるし、そもそも翼がない君に教えてくれるとは思えないけどね。」
ユウ「うっ……!」
オルトス「オーケイ。それなら、こうしよう。」
オルトス「僕は君がその友達に会えるように協力する。その代わり、君は僕が翼を手に入れるのに協力する。」
ユウ「協力って、どうやって……、」
オルトス「僕には光輪があるからね。なにか適当な布を……、これでいいか。」
オルトス「こうやって背中を隠して、光輪だけ見せれば翼はごまかせるさ。僕が君の友達の居場所を探そう。」
オルトス「代わりに君は……、そうだな。まずはこの塔から僕を連れ出してくれ。」
オルトス「どう?悪くない交換条件だと思うけど。」
ユウ「たしかに俺だけじゃメルクの居場所を見つけられないだろうけど……、」
ユウ「いいのか?地上の民は聖都に入っちゃいけないんだろう?」
オルトス「……、」
オルトス「いいさ。正確に言えば、聖都に立ち入りを許されていないのは地上の民じゃない。」
ユウ「え?」
オルトス「翼を持たない者さ。もっとも、普通はそんなの地上の民にしかいないから、あながち間違いでもないんだけど。」
オルトス「だから、本当は僕だって聖都に入ることのできない立場なんだ。」
オルトス「……でも、聖都は奇跡が起きる町だ。聖都で手に入らないなら、もう世界中どこを探したってあのきらめく翼を手に入れることはできない。」
オルトス「神さまがお許しになるかわからないけど、それでも僕は君と行くしかないんだよ。」
ユウ「そうか……。」
ユウ「……じゃあ、あとひとつだけ。仮にメルクと会えたとして、事の次第によっては、俺はメルクを連れて逃げないといけなくなるかもしれない。」
ユウ「そしたら、最後までお前の翼探しには付き合えないかもしれないぞ。」
オルトス「……へえ、地上の民も意外と律儀なんだな。」
オルトス「いいさ、もとより地上の民にはこれっぽっちも期待してない。ここから出してくれさえすれば、文句は言わないさ。」
ユウ「……いちいち、嫌味を言わないと話せないのかよ。」
ユウ「まあいいや。わかった、それじゃあよろしく頼む。俺はユウ。」
オルトス「改めて、僕はオルトス。翼がなくても天空の民だ。」
オルトス「敬意をこめて、天使さまって呼んでくれてもかまわないよ。」
ユウ「絶対呼ばない。」
オルトス「それで?一体、どうやってここから出るつもりなんだ?」
ユウ「それは今から考える。」
オルトス「……。」
ユウ「……。」
オルトス「はあああ!?」
オルトス「これだから地上のやつは!これ、詐欺ってやつじゃないのか!?僕はてっきり君に何か妙案があるものだと!」
ユウ「あるわけないだろ!これから考えるんだよ!」
オルトス「わかってるよね?そもそもここから出られなきゃ、さっきの話もなしだからな。」
ユウ「わかってるよ!」
ユウ「えーっと……、なにか長い紐を垂らして……、」
オルトス「君ってかわいそうなやつだな。」
ユウ「いきなりなんだよ?」
オルトス「気づかなかったのか?窓の下を見てみろよ。」
ユウ「下って……、」
ユウ「うわっ……!」
オルトス「わかっただろ?」
ユウ「な、なんでモンスターがあんなに……、」
オルトス「この塔の周りは、モンスターの通り道になってるんだ。まじないがかかってるから、塔の中には入ってこないけど、塔から出たらすぐに襲われる。」
オルトス「のんきに紐を垂らして、降りてる暇もないね。この塔に見張りがいないのはこういうわけさ。さて、どうする?」
ユウ「どうするもなにも……、」
ユウ「モンスターに頼んで、聖都の近くまで連れて行ってもらおう。」
オルトス「……君ってかわいそうなやつだな。」
ユウ「憐みの目をやめろ。」
ユウ「あれだけモンスターがいるんだ。片っ端から頼めば、1匹くらいは……、」
オルトス「君ってかわいそうなやつだなあ……。」
ユウ「しみじみと3回目……!」
オルトス「モンスターに頼んで、連れて行ってもらうなんて癒術士ってやつがいないと無理だ。君がその癒術士なら話は別だけど。」
ユウ「癒術士だよ。」
オルトス「君って……、」
ユウ「それはもういいよ!」
ユウ「信じられないなら、そこで座ってろ!俺はひとりでもやるからな!」
オルトス「はあ!?おい、ちょっと待てよ!」
オルトス「まさか本当にモンスターを説得するって?無謀なことは……、」
オルトス「ああもう!わかった、君が怪我でもしたら兄さんが困るんだ!僕も手伝うよ!」

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