第4話:塩クッキー

オペラティオ「陛下。」
フランシール「待っていたわ。」
オペラティオ「は。新作のチョコレートをお持ちいたしました。」
フランシール「……、いただくわ。」
フランシール「……。」
フランシール「いい素材を使っているのね。なめらかで、口どけもいい。だけど……。」
フランシール「何もわたくしに響かない。おいしくないわ。」
オペラティオ「……かしこまりました。また別のチョコレートを作ってまいります。」
フランシール「……あなた。」
オペラティオ「はい?」
フランシール「これで100回目よ。」
オペラティオ「それが、いかがなさいましたか。挑戦権は100までだという決まりでも、ありましたでしょうか。」
フランシール「そうではなく。……これまでのショコラティエは、10を数える前に城を出たわ。」
フランシール「どうしてあなたはいまだにチョコレートを作り続けているの?輸出制限をそこまで気にする立場ではないように思うけれど。」
オペラティオ「……単に、陛下に認めて頂きたいだけです。」
フランシール「……、」
オペラティオ「チョコレート・ワールドの頂点にいらっしゃる陛下に、私のチョコレートを。」
フランシール「……、」
フランシール「そう。期待しているわ。」
オペラティオ「は。それではすぐに次に取り掛か……、」
フランシール「お待ちなさい。」
オペラティオ「は……、」
フランシール「変わったことはなかったかしら?」
オペラティオ「変わったこと、ですか?」
フランシール「ええ、何もないなら、それで結構よ。」
オペラティオ「……、些細なことではありますが。」
フランシール「……、」
フランシール「……構わないわ。言ってみなさい。」
オペラティオ「……チョコレートを採取しに行った際、新たなショコラティエを見かけました。」
オペラティオ「おそらくは、陛下に召し上がっていただくためのチョコレートを作りに来たのかと思われます。」
フランシール「他には?」
オペラティオ「特に。」
フランシール「……わかったわ。もう下がって結構よ。」
オペラティオ「は。」
ティラミスタ「……、」
フランシール「……、」
フランシール「また、駄目だった……!どんな高名な職人に作らせても、どんな上質の素材を使っても……!」
フランシール「チョコレートをおいしいと思えない……!」
フランシール「どうすればいいというの……。このままでは……、」
ティラミスタ「……、」
フランシール「……!」
フランシール「ま、待って!行ってはダメ!まだ時間はあるはずでしょう……!明後日のわたくしの誕生日までは……!」
ティラミスタ「ぐるるる……、」
フランシール「わかってる、わかってるわ……。早くどうにかしないと……、でもどうすればいいの?わからないの……、わたくしにはわからないのよ!」
ティラミスタ「……、ぐるる。」
フランシール「そう、そうね……。もしかすると、新しいショコラティエなら……。」
フランシール「どんな方なのか、見てみましょう。」
フランシール「……鏡よ、彼(か)の者の姿を。」

ジネット「あれ、ユウくん、どうかした?まだお皿に残ってるけど……、」
ユウ「もう、もう無理です、勘弁してください……!一生分の糖分を摂取した……!塩……!塩が食べたい……!」
ジネット「あっ、そうか。王国の人はお菓子が主食じゃないんだっけ……。」
ユウ「そうなんだよ……。ご飯……、じゃなくてお菓子を作ってもらってるのに、言える立場じゃないのはわかってるんだけどさ……。」
ジネット「いや、かまわないよ。ボクの方こそ、気が利かなくて申し訳ないね。」
ジネット「でも、どうしようかな。ユウくんが食べられそうなものは……、」
タルトレード「……これでも食ってろ。」
ユウ「これは……、」
タルトレード「パンケーキと塩クッキーだ。どうせそんなことだろうと思って、ついでに作っておいた。これなら王国のやつでも食べられるだろ。」
ユウ「タ、タルトレードさん……!」
メルク「優しい!優しいのですよ!」
タルトレード「うるせー!」
ユウ「うっ、塩だ……、塩だ……!おいしい……、塩、おいしい……。」
タルトレード「……、」
ジネット「王国の人とは本当に食習慣が違うんだなあ……。ボク、ちょっと驚いたよ。」
ユウ「俺も……。……残しちゃったけど、お菓子はすごくおいしかったよ。」
タルトレード「そーかよ。」
ユウ「この国の人は、みんなお菓子作りができるのか?それとも、タルトレードさんがそういう仕事だから?」
ジネット「うーん、王国での料理と同じように考えてくれたらいいよ。できる人もいれば苦手な人もいるね。」
ジネット「ちなみにボクは大の苦手……。」
ジネット「だけどレド兄はチョコレートだけじゃなくて、お菓子作り全般が上手なんだよ。」
タルトレード「別に、フツーだフツー。」
ユウ「俺にとっては、すごくおいしいお菓子だったんだけどな……。これが普通だとしたら、女王様が食べたいチョコレートって、いったいどれだけすごいチョコレートなんだろう……。」
ジネット「……、」
メルク「味だけではなく、見た目も重要とか……?」
タルトレード「……それなら、もう女王サマは満足してるだろうな。」
ユウ「え?」
タルトレード「昼間のヤツ、オペラティオは……、知ってるかもしれねえが、こないだのチョコレートコンテストで優勝している。」
タルトレード「美しさって分野じゃ、例外として満点を超えたぐらいだ。もちろん味も申し分ない。」
タルトレード「オレの知る限り、あいつ以上に洗練されたチョコレートを作るやつはいないと思うぜ。」
メルク「そうなのですよ!?」
タルトレード「なんせ審査員があそこまで絶賛してたのは、コンテスト史上初めてのことらしいしな。」
メルク「そ、そんなにすごい方だったのですね。」
タルトレード「ああ。」
タルトレード「……オレも、少しは張り合えるかと思っていたが……、」
メルク「タルトレードさんもコンテストに出ていたのですよ?」
タルトレード「ああ、あいつと同じコンテストにな。」
タルトレード「だが……、」
タルトレード「結果は散々だった。ちょっとは自信があったんだが、……惨敗した。馬鹿だよな。」
タルトレード「……あのコンテストでオレは思い知ったよ。オレはショコラティエに向いてないって。」
タルトレード「オレじゃ、一生かかっても、アイツを負かすことなんてできねーんだって。」
タルトレード「だからもうやめるんだ。タルトレード・ショコラは、もう閉店だ。」
ジネット「レド兄……。」
タルトレード「……ま、知り合いの妹のよしみだ。女王にチョコレートを作るまでは、店は閉めないでおいてやるよ。」
タルトレード「といっても、アイツにできないことを、オレができるとも思えねえが。」
ジネット「……、」
タルトレード「……悪かったな。」
ジネット「え?」
タルトレード「あいつにも謝っといてくれ。……お前らはこんなオレに期待してくれた。オレの腕を買ってくれた。」
タルトレード「けど……、オレにはアイツみたいな腕も、センスもねえんだ。オレは、オレが最高傑作で挑んだコンテストで、1番になることもできなかったんだよ。」
ジネット「……、」
ジネット「……それでも。」
ジネット「それでもボクは、レド兄には、そのショコラティエにはない何かがあるって思ってる。」
ジネット「ミル兄が言ってた、幸せの魔法。」
ジネット「ボクにもまだよくわからないけど、もしかしたらそれが、女王陛下の求めてるものなのかもしれない。」
タルトレード「……、」
ジネット「……ボクができることならなんでも協力する。もっと質のいいチョコレートだって探し出してみせるし、他に必要な材料がいるなら絶対手に入れて見せるから。」
タルトレード「……、本当に、大事なんだな。」
ジネット「え?」
タルトレード「女王サマのことが。」
ジネット「……、」
ジネット「……うん。……それに、お姫様を助けるのは王子様だって、どんな絵本にも書いてるだろ?」
タルトレード「ああ?いきなり何の……、」
ジネット「……!」
タルトレード「どうした?」
ユウ「ジネット、空に……!」
ジネット「うん、わかってる……。モンスターだ……!」

ティラミスタ「ぐるる……、」
フランシール「どうしてモンスターをけしかけたのか、ですって?」
フランシール「……別に大した理由はないわ。気分よ。単に、会いたくないだけ。」
フランシール「それだけよ。」
ティラミスタ「ぐるる?」
フランシール「……あのショコラティエでなくても、次にはきっと、オペラティオがおいしいチョコレートを作ってくれるわ。」
フランシール「そうでなければわたくしは……、このチョコレート・ワールドは……、」
フランシール「気分がすぐれないから、失礼するわ。」
ティラミスタ「……。」
ティラミスタ「ぐるる……、」

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