第7話:底

「……ネット……、ジ……、」
ジネット「……フラン……、」
「……、ジネ……ト……!」
ジネット「……フラン、ごめんね……。」
「ジネット!」

ジネット「……、……ユウくん?」
ユウ「ジネット!よかった……、目を覚ましたんだな。」
メルク「心配したのですよ~!」
ジネット「ごめん、ボク、気を失って……。ここは?たしかボクたちは森にあったチョコレートの沼に落ちて……」
タルトレード「どういうわけかその沼がこの地下空間につながっていたってわけだ。」
ジネット「ということは、ここはあのチョコレートの沼の下ってことか……。」
メルク「そのようなのです。それに、どうやらここまではあのモンスターも追って来ないみたいなのですよ!」
ジネット「そっか……。」
ジネット「それじゃあ、次はここを脱出することを考えなきゃだね。見たところ、天井から地上に出るのは難しそうだし……、この地下がどこかにつながって……、」
ジネット「ん?」
メルク「どうかしたのですよ?」
タルトレード「ジネット、気づいたか?」
ジネット「うん……。……ここ、すごい……。」
ユウ「すごいって……。」
メルク「何がすごいのですよ?」
ジネット「ここのチョコレート……、みんな特S以上だ……。」
メルク、ユウ「……、」
ユウ「と、とりあえず、なんかすごいってことだな……!」
メルク「なのですよ……!」
ジネット「ね、レド兄!このチョコレートを使えば……、」
タルトレード「ああ……!最高のチョコレートが作れる!」
ジネット「レド兄……?」
タルトレード「見ろよ、この光沢!なめらかさに硬度!今まで見たことがないほど、美しいチョコレートが作れるはずだ!」
タルトレード「味は糖度が低めのビターチョコ!苦みを楽しめる大人には最適だ!」
タルトレード「オペラやチョコムースにすれば、マダム御用達の高級菓子店で、1番人気になることは間違いないぜ!」
タルトレード「そうしたらきっと……!」
タルトレード「きっと……、」
タルトレード「……いや、オレはもうショコラティエはやめるんだった。そんなこと考えたって……、」
ジネット「レド兄……、……レド兄、本当は……、」
タルトレード「……ま、女王に出すチョコレートはそれなりのもんができそうだし、安心しろよ。」
ジネット「ボクはそういうことを言ってるんじゃ……、」
タルトレード「……もう、わかんねーんだ。」
ジネット「え?」
タルトレード「……師匠は、オレのチョコレートにはあいつにはないものがあるって言ってくれた。ミルは、魔法が詰まってるって言ってくれた。」
タルトレード「けど、オレには師匠たちが言ってることがわかんねーんだよ。それが何かわかるかもしれねえって、コンテストに出てはみたが……、結果はこの通りだ。」
タルトレード「何度も、何度も、何度も……!あいつに負け続けた……!」
タルトレード「こないだのコンテストに出したチョコレートは、オレの技術をすべて出し切った、最高傑作だった!」
タルトレード「……なのに!」
タルトレード「同じ質の材料、同じ道具、同じ時間をかけて作ったあいつのチョコレートには勝てなかった!」
タルトレード「……オレには、師匠たちが言うもんはねえのかもしれねー。あったとしても、それは世間じゃ何1つ喜ばれねーもんだったんだよ。」
タルトレード「そう思ったら……、もうなんでショコラティエやってんのかもわかんねえんだ。」
ジネット「レド兄……、」
タルトレード「……悪い。ちょっと、頭冷やしてくる。」
ジネット「レド兄!」

ジネット「……はあ。」
メルク「ジネットさん……。」
メルク「大丈夫なのです、ユウさんがきっとタルトレードさんを連れてきてくれるのですよ!」
ジネット「そうじゃなくてさ……。ボク、情けないんだ。レド兄に何も言えなかった。」
ジネット「……ボクにも幸せの魔法がなにか、わからないんだよ。」
メルク「ジネットさん……、」
ジネット「ボク、だめだなあ。女王様にも、レド兄にも、なにもしてあげられない。」
ジネット「ボクは、幸せの魔法があれば、女王陛下の求めるチョコレートを作れるって思ってた。そうしたら、きっと女王陛下を助けられるって。」
メルク「……。ジネットさんは、女王様を大切な方だと言ってたのです。いったいどういう関係なのですよ?」
ジネット「……関係、かあ。単なる一端(いっぱし)のスイーツハンターと、チョコレート・ワールドを治める女王様さ。」
ジネット「昔は……、王子様とお姫様だったけど。」
ジネット「いや、それもボクが思ってただけなのかな。」
メルク「王子様、なのですよ?」
ジネット「本当に王子様なわけじゃないよ。フランにとっての王子様だっただけ。」
メルク「女王様はフランさんというのですね~。」
ジネット「今は、フランシール様だね。」
ジネット「でも、子供の頃のボクはなにもわからなくて、フランはボクだけのお姫様なんだって思ってた。」
ジネット「だけど……、本当はフランはボクとは違って、本当の本当にお姫様だった。そして、今は女王様だ。」
ジネット「もうボクが気軽にフランなんて呼べる人じゃなくなっちゃった。……ま、もともとそうあるべきだったんだろうけどさ。」
メルク「……でも、ジネットさんは今でも女王様のことを大事に思っているのですよ?だから、女王様のために頑張っているのですよ?」
ジネット「……そうだね。……けど、本当はボクのためでもあったのかも。」
メルク「みゅ?」
ジネット「ボクが、フランの王子様でいたかっただけ。あの日、恥ずかしくて渡せなかったプレゼントの代わりを渡したかっただけ。」
メルク「そうしたら、少しでもフランに近づけるような気がしたから。」
ジネット「……でも、ボクにはそんな力もなかったみたいだ。」
メルク「ジネットさん……。」
ジネット「ごめんね、わざわざメルクちゃんたちまで巻き込んできたのに……。」
ジネット「やっぱりボクがしようとしてたことは、分不相応だったのかもしれないや……。」
ジネット「……レド兄には、もういいって言うよ。」
メルク「ジネットさん、待つのですよ!」
ジネット「すぐ帰ってくるか……、」
ジネット「わっ!?」
メルク「どうしたのですよ!?」
ジネット「な、なんだろ?何か踏んで……、」
メルク「何なのですよ?」
ジネット「これ、チョコレートの型だ。でも、この形……、」
ジネット「……そうか、レド兄だったんだ。」
メルク「そのチョコレート型の持ち主なのですよ?」
ジネット「うん。昔さ、ボクが大好きなチョコレートがあったんだ。」
ジネット「ミル兄からもらって、フランと一緒に食べて……。そのチョコレートを売ってるお店を探したんだけど見つからなくて……。」
ジネット「だけど、フランがまた食べたいっていうから、何度も何度も一緒に探し回って……、」
ジネット「あれ?」
メルク「ジネットさん……?」
ジネット「……そうだ。フランは、あのチョコレートがおいしいって言ってた。安くても、甘くておいしいって。」
ジネット「……ボク、なんで……。」
メルク「ジネットさん……、泣いているのですよ?」
ジネット「……ごめん、フラン、……ごめん!ボクは……、ボクは最低だ……!」
メルク「ジネットさん……。」
メルク「……、ジネットさん、今は泣いている時じゃないのですよ!」
ジネット「メルクちゃん……、」
ジネット「……、そうだね。ボク、行かなきゃ。」
メルク「それでこそ、王子様なのですよ!」

タルトレード「……!」
ユウ「どうしたんですか?」
タルトレード「いや、落とし物を……、」
タルトレード「って、なんでついてきてんだよ!」
ユウ「いやその……、モンスターがいるかどうかもわからないのに、1人じゃ危ないかなって……。」
ユウ(この人、俺と同じくらい貧弱そうだからな……)
タルトレード「それを言ったらジネットの方が……、」
タルトレード「いや、なんでもない……。あいつはオレを持ち上げられるほど強いんだった……。」
ユウ「気持ちわかりますよ……。」
タルトレード「わかられても!」
ユウ「そういえば、何を落としたんですか?」
タルトレード「ああ、チョコレート型をな……。初めてチョコレートを作るときに使ったもんだったが……、」
タルトレード「まあ、いいさ。どうせショコラティエはやめるんだ。」
タルトレード「もともとあいつが返してこなけりゃ、手元に戻ってくるとも思ってなかったんだし。別に探す必要もねーよ。」
ユウ「あいつって……、オペラティオさんが?」
タルトレード「……同じ師匠に弟子入りしてたから、あいつのところに混じっちまってたんだろ。」
タルトレード「わざわざ返すために持ち歩いてるなんざ、真面目なことだよな。」
ユウ「……本当にいいんですか。」
タルトレード「……いいんだよ。あんだけやって、コンテストで認められなかったんだ。向いてねーんだよ、オレには。」
ユウ「……俺には、チョコレートのことはよくわかりませんが、コンテストってそこまで気にすることなんですか?」
タルトレード「そりゃ……、コンテストで1番になれば、それだけ世間で喜ばれるお菓子ってわけだし……。」
ユウ「オレにとっては、コンテストで1番を取ったお菓子より、あの時の塩クッキーとパンケーキの方が嬉しかったですけど……。」
タルトレード「それは、お前が王国出身だからだろ……!」
ユウ「そうじゃないですよ!」
ユウ「つまり、コンテストで1番じゃなくても、人を喜ばせるお菓子は作れるんじゃないかって……、」
タルトレード「……、」
「レド兄!」
タルトレード「えっ!?」
ジネット「いた、レド兄!」
タルトレード「ジネット!?な、なんでここに……、」
ジネット「レド兄、チョコレートを作ってほしい。ボクと、フランのために。」
タルトレード「はあ!?だいたいフランって……、」
ジネット「これ。」
タルトレード「……、その型……。」
ジネット「レド兄のだろ?」
ジネット「……これで、チョコレートを作ってほしい。6年前と同じ、ボクとフランが大好きだった、あのチョコレートを。」
タルトレード「あのチョコレートって……、」
タルトレード「いいのかよ。あれは材料も安いし、あいつと張り合えるようなもんでもないしそもそも女王に出せるようなもんでも……、」
ジネット「いいんだ。」
ジネット「張り合わなくても。コンテストで1番じゃなくても。ボクとフランにとって1番だったら、それでいいんだよ。」
ジネット「だってあれは、ほかの誰のためでもない。ボクとフランのためだけに作られたチョコレートだったんだから。」
タルトレード「……、」
ジネット「……幸せの魔法がなにかはわからない。けど、少なくともボクにとっては、レド兄が作ったあのチョコレートが、幸せの魔法なんだ。」
ジネット「だから、お願いだ、レド兄。レド兄の魔法で、ボクをもう一度、王子様にしてよ。」
タルトレード「……、」
タルトレード「……、」
タルトレード「わかった。コンテストのためでも、世間のためでもない。お前と、その大切な人のためだけに、作ってやる。」
タルトレード「……そもそも1番初めにチョコレートを作った理由だって、お前の兄貴に頼まれたからだったもんな……。」
メルク「そうと決まったらさっそくお城へ向かうのですよ!」
ユウ「って言っても、どうやって地上に出ればいいのか……。」
ジネット「地下がどこかにつながってればいいんだけど……、」
ユウ「迷いそうだな……、」
メルク「とはいえ、それしか方法がないのでしたら……、」
メルク「みゅ?」
ユウ「メルク?」
メルク「向こう!向こうを見るのですよ!」
ユウ「向こうって、地下が続いてるだけじゃ……、」
ティラミスタ「……、」
メルク、ユウ「……、」
メルク、ユウ「モ、モンスター!?」

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