第6話:神の躰

ターネス「……ティーガー。なんでテメェがここに……、」
ティーガー「簡単なことだぜ、お嬢ちゃんを捕まえるためだ。」
ホイッパー「くええ~。」
ターネス「そのモンスター、あの森にいた……。」
ターネス「チッ……!」
ティーガー「おっと、通さねえぜ。悪いが、逃がすわけにはいかねえんだ。お嬢ちゃんは連れていかせてもらう。」
ターネス「おいおい、説明もなしとは、ずいぶん手荒なマネじゃねえか。」
マーガレット「かみさま……、ねむい~。」
ターネス「そしてお前は、緊張感のねえやつだな。」
マーガレット「くー……。」
ターネス「そのうえ、人さらいの腕の中で寝るのかよ。」
ティーガー「……、へえ、神さまって呼ばれてんのか。」
ターネス「……不本意ながらな。そいつが、勝手にそう呼んでるだけだ。俺は認めてなんかいねえ。」
ターネス「ティーガー、お前は王女陛下に仕えてるはずでろうが。それがどうして、こいつを狙ってる。」
ティーガー「あれ以来、ずっと会ってなかったのに、俺のことは調査済みってわけか。」
ターネス「はん、必要なことだろ?よかったな。子どもの頃からの夢だったじゃねえか。」
ティーガー「その通り。昔の友だちが祝ってくれて嬉しいぜ?」
ターネス「お前のその口をグミで縫いつけてやりたいぜ。」
ティーガー「そう怖い顔すんなよ。俺がここにいるのは、このお嬢ちゃんが異形化した森を拡大させた原因だからだ。」
ターネス「は?」
ティーガー「どういういきさつで、お前がお嬢ちゃんの面倒を見ることになったのかは知らねえが、お前も気づいていただろ?」
ティーガー「お嬢ちゃんがただの人間じゃねえってよ。」
ターネス「そりゃ、その髪で気づかねえほうがおかしいだろ。」
ティーガー「このお嬢ちゃんはな、異形の森の菓子を食って体質変化した、特殊な人間だ。」
ティーガー「あの森で生き残る術を得た代わりに、普通の人間よりもはるかに多くのエネルギーを摂る必要がある。」
ターネス「……そういうことかよ。ふん、こいつの食費がバカみたいにかかる理由を知れてよかったぜ。」
ターネス「だが、あの森には人間の食べられるものはないはずだ。」
ティーガー「ああ。だから、この管みてえな髪を地面につきさして、土地から直接エネルギーを吸い取るんだそうだ。」
ティーガー「そして、急激に大量のエネルギーを奪われた土地は、異形の森に侵食される。」
ターネス「……なるほどな。そりゃあ、王女サマも血眼になるはずだ。」
ターネス「そいつのしていることが、たとえ生きるために仕方ないことだとしてもそれは俺たちにとっては脅威でしかない。」
ティーガー「そう、この3か月間は、運良く、町の土地からエネルギーを吸い取るほどお嬢ちゃんの腹がへらなかっただけだからな。」
ターネス「運よく?テメェはわかってんだろ?俺がいたからだってよ。」
ティーガー「ま、お嬢ちゃんを連れ出したのがお前だったことが、不幸中の幸いだったってことだよ。」
ティーガー「お前は生まれながらの特殊体質者、神の血を持つ者だ。涙、汗、血、その体すべてが、異形化した森さえも元に戻せるほどのエネルギーを宿している。」
ターネス「別に俺が望んだわけじゃねえけどな。……こいつにとっちゃ、普通の菓子なんかよりよっぽど腹の足しになるエネルギーの塊ってわけだ。」
ティーガー「……記録を見る限り、お嬢ちゃんが必要とするエネルギー量は、成長と共に、年々増えていっている。」
ティーガー「このままなら、今のお菓子の量に満足できなくなって、いずれこの町の土地からエネルギーを吸い取るようになるだろうな。」
ターネス「はん、そいつを連れていかれたくなきゃ、俺が最後まで責任を取れってことか。あの時みたいに。」
ティーガー「ま、それもひとつの選択だが……、お前はそれを選ばねえだろ?」
ティーガー「だって、お前はそれがいやで、誰とも親しくなりすぎることなく、秘密を抱えて今までずっとひとりで旅してきたんだから。」
ターネス「……まさか、お前にそれを言われるとはな。はらわたが煮えくり返りそうだ。」
ティーガー「おっと、あの時のことを掘り返すつもりはねえんだ。お前をどうこうしようとも、思っちゃいねえしな。」
ターネス「……、」
ティーガー「おいおい、ホントだって。今はこのお嬢ちゃんが、俺の最優先目的なんだよ。」
ティーガー「けど、こうしてお嬢ちゃんは俺の腕の中ってわけでそろそろ俺はおいとまさせてもらおうかね。」
ターネス「そいつを連れ帰って、どうする気だ?」
ティーガー「あーららぁ、意外とお嬢ちゃんのこと、気にいってたり?」
ターネス「さあな。だが、3ヶ月は手元で世話してたんだ。愛着ぐらいはわくってもんだ。」
ティーガー「そこは愛情じゃねえのかよ。けど、ま、当然だよな。」
ティーガー「お前がお嬢ちゃんに尽くして尽くしてぼろぼろになってやったところで、お嬢ちゃんはお前に感謝も後悔もしない。」
ティーガー「お嬢ちゃんにとってのお前は、都合のいい餌でしかねえんだもんな。神さまみたいに、その身を食わせてくれる便利な餌だ。」
ターネス「……うるせえよ。わざわざ言われねえでも、わかってる。」
ティーガー「そりゃ、よかった。これで俺も、心置きなくお嬢ちゃんを連れていけるってわけだ。」
ティーガー「安心しろよ。このお嬢ちゃんは、たとえワールドに害を及ぼすとしても、グミ・ワールドの一員だ。」
ティーガー「姫さまは、グミ・ワールドとその民を何よりも愛していると公言しているからな。お嬢ちゃんをどうこうしようとは思っちゃいねえよ。」
ターネス「なら、どうするつもりだ?」
ティーガー「お嬢ちゃんの腹が減らないよう、高エネルギーの菓子をたらふく食わせてやる。」
ティーガー「エネルギーさえちゃんと補給できてりゃ、土地からエネルギーを吸う必要はねえからな。」
ターネス「なるほどな。お前は昔から、菓子を改良するのがうまかった。」
ターネス「はん……、いいぜ、連れて行けよ。」
ターネス「そうすれば、そいつはもう腹を減らさずにすむし、俺がそいつの食費に悩む必要も、ビクビクしながら、ひとつの町に留まる必要もなくなる。」
ターネス「もともとそうするつもりだったんだ。その予定が早まったにすぎねえ。」
ティーガー「物分かりがよくて、助かるぜ。」
ターネス「だが……、少なくとも3ヶ月は俺が世話をしたやつだ。適当な扱いをしたら、許さねえからな。」
ティーガー「わかってるさ。王女殿下は、ワールドの民を心から愛している。」
ティーガー「お前も、それを知ってるからこそ、俺相手に、お嬢ちゃんをこうも簡単に手放すんだろ?」
ターネス「……、」
ティーガー「そう睨むなよ。それじゃあな、ターネス。もう会うことはねえかもしれねえけど。」
ターネス「……。」

「なあ、頼むよ!お前の力で、町を救ってくれないか!」
「すばらしい、これはまさしく神の御業だ!」
「きみは守られるべき存在だ。神の血を宿す者よ。」

ターネス「……、」
ターネス「……クソッ!」

ユウ「異形化の原因っていう女の子、昨日、無事に見つかってこの町の屋敷の一室で過ごしてるんだってさ。」
メルク「でも、あの体質が治らなければ、自由に外には出られないとも聞いたのですよ。」
ユウ「……閉じ込められてるのは、つらいよなあ。だけど、ゲルトルートさんがそうする理由もわかるし、なにかいい方法があればいいんだけど……。」
メルク「それにその女の子は、この町でターネスさんという方と仲良く暮らしていたそうなのです。その方とももう会えなくなってしまうのですよ……?」
ユウ「ゲルトルートさんのことだし、会うのは許してくれそうだとは思うけどな……。」
ユウ「でも、ずっとひとりぼっちで暮らしてた女の子が初めて一緒に暮らした人だもんな。もしかしたら寂しがってるかもな……。」
メルク「なのですよ……。」
ティーガー「……。」
ユウ「あれ?あそこにいるのって、ティーガーさんか?」
ティーガー「……、」
ティーガー「くそっ。」
メルク「ティーガーさん……、」
ティーガー「……!」
ティーガー「メルクにユウか。悪い、物にあたっちまったな。」
メルク「昨日、何かあったのですよ?」
ティーガー「いや……、……ただ、昔に味わった後悔を思い出しただけだ。」
ユウ「後悔……?」
ティーガー「……、俺は昨日、いちばん、ひどいことを言った。そう言えば、あいつが立ちすくむことを知っていたからだ。俺が昔、そうさせたんだ。」
ユウ「あいつ?」
ティーガー「……あいつの話は、姫さまにもしたことがない。」
ティーガー「けど……、癒術士、か。あいつと同じ、求められる者。」
ティーガー「これも、めぐりあわせなのかもしれねえな。俺が自己満足の償いをするための。」
ユウ「どういうことですか……?」
ティーガー「ユウ、お前たちに頼みたいことがある。だからこそ、俺は今から俺が最も後悔していることを話そう。」

マーガレット「はぐはぐはぐはぐっ!」
ゲルトルート「……そんなに腹が膨れるほど食べても満たされないとは、なかなかにつらいものだね。きみは異形の森から出ない方が幸せだったのかもしれない。」
マーガレット「……?」
ゲルトルート「だけど、すまないね。もう、もとの場所に戻してやることはできないんだ。きみを自由に外に出してやることも。」
ゲルトルート「そうすれば、君も外の世界も、危険にさらされてしまうから。」
マーガレット「きけん?」
ゲルトルート「ああ、そうさ。いずれきみは、見境なくあちこちのエネルギーを吸い取ってしまうかもしれない」
ゲルトルート「異形の森が増えれば、グミ・ワールド存続の危機に繋がる。そんなきみをよく思わない者もでてくるだろう。だから……、」
ゲルトルート「いつかその体質を治す方法が見つかるまで、ずっとこの部屋の中にいてもらうことにしたんだ。」
ゲルトルート「だけどその代わり、きみの望むものは、おもちゃでもお菓子でも、可能な限り与えてあげる。きみが望むままに、望むだけ。」
ゲルトルート「これまで彼がきみに許してきたことと、同じだろう?」
マーガレット「かみさま?」
ゲルトルート「ふふふ、神さまか。きみにとって、彼は神さまか。そうか、少し残念だな。」
ゲルトルート「ああ、だからといって、きみに対する処遇を変えたりなんてしないよ。」
ゲルトルート「私は王女として、グミ・ワールドに属する者、全てを愛しているから。」
マーガレット「……?」
ゲルトルート「私はね、愛とは理性なのだと思っている。理性とは、推し留まる力、耐える力、己を律する力。」
ゲルトルート「王女として、それこそが最も必要なものだと考えているし、ゆえに私は王女としての資格を持っていると自負している。」
ゲルトルート「……今では懐かしい話だが、、私がまだ、王女たる者としての自覚もない子供だった頃、私はグミが大好きだった。」
ゲルトルート「グミのあの噛みごたえには、抗いがたい不思議な魅力があって、口寂しかったとでもいうのだろうか?」
ゲルトルート「執事に何度も叱られたのに、グミを食べ続けずにはいられなかった。」
ゲルトルート「だけど、ただ己の求めるがままにグミを食らい続けるなど、王女としてふさわしい行為じゃない。」
ゲルトルート「常に愛する民とワールドのことを考え、ワールドのために律する者でなければ、ワールドを治めることはできないからね。」
ゲルトルート「そして、私は愛を知り、理性を得た。それ以来、1日にひとつかみのグミしか食べていない。」
マーガレット「……おなかすいた。」
ゲルトルート「おや、気づかなくてすまない。もう食べてしまっていたのか。すぐに追加を用意しよう。」
マーガレット「うん!」
ゲルトルート「ふふふ……、今の話はきみに縁のないものだったね。」
ゲルトルート「だけど、それでもいいさ。きみが愛を知らずとも、私はきみを愛している。きみが望むものをなんだってあげよう。」
ゲルトルート「私はこのワールドの王女なのだからね。」

マーガレット「はぐはぐ……、」
マーガレット「……かみさま。」
マーガレット「かみさまー。」
マーガレット「おなか、すいた。」

「ターネス兄ちゃん、ちょっとは何か食べないと体を壊しちまうよ。なんか食べたいものあったら持ってくるけど……、」
ターネス「いらねえ、大丈夫だ。」
ターネス「……悪ィ、ありがとな。」
「……、うん。」
「ガトーさんは昨日からいねえから、何かあったら、俺かハロハロに言ってくれよな。お菓子でも何でももってくるからさ!」
ターネス「……ああ。」
ターネス「睡眠薬入りの菓子で、寝てるうちに監禁……、」
ターネス「……なんてな。悪ィな、メレンゲ。」
ターネス(……、あの時は追及しなったが……、ティーガーは、どうして俺を見逃した?俺の価値を、誰よりも知ってるはずなのに)
ターネス(目的はなんだ。あいつは……、何を考えてる)
「はろーはろー。」
ターネス「ハロハロ?……どうしたんだ?」
「おへんじまってるあなたのおきゃくさん。」
ターネス「俺に客……?町のやつらじゃなくて?」
ハロハロ「うんうん、どうぞ。」
ターネス「って、おい。いつの間に部屋の中に入ってやがった。」
ハロハロ「すてきなおへんじ、ばいばいさよなら。であいはわかれでわかれはであい。」
ターネス「あっ、おい、ハロハロ!客ってのは誰……、」
ユウ「えっと、あの……、お、俺たちです。」
ターネス「お前らが……?……いったい何の用だ?俺たちは初対面のはずだがな。」
ユウ「ええと!と、とりあえず用件だけ聞いてほしいんですけど!」
ユウ「俺たちの仲間になって、この国を飛び出してみませんか!」
ターネス「……。」
ターネス「は?」

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