第7話:使命の型

ティーガー「子供の頃、ターネスと俺は、いちばんの友だちだった。」
ティーガー「あいつにとって俺は、いちばんでたったひとりの友だちだったから、あいつは俺に、教えちゃいけない秘密を教えてくれた。」
ティーガー「あいつは、神の血を宿す者だった。こぼれた涙は白い飴、落ちた汗は砂粒ほどの金平糖に。」
ティーガー「それを拾って埋めれば、その土地のお菓子は豊作だった。まるで神話で神さまが、その身を地に溶かしたように、な。」
ティーガー「あいつはそのことを村の誰にも秘密にしていて、あいつの両親も、あいつを家から極力出そうとしなかった。」
ティーガー「……愚かなことに、その時の俺はそれがどうしてなのか知ろうともしなかったよ。」
ティーガー「ただ、俺だけがその秘密を知っていることに、子供じみた喜びを抱いていた。」
ティーガー「そんな俺だったから、村の近くの森が異形化して、とうとう村を放棄しなくちゃならねえって時に、あいつに頼みに行ったのさ。」
ティーガー「お前の力で、森を元に戻してくれないかって。」
ティーガー「結果は……、失敗に終わってりゃ、俺は今、こんな後悔を抱えずにすんでたのかもしれねえな。」
ティーガー「村が救われてから、一転、あいつの扱いは激変した。」
ティーガー「いちばんの友だちだった俺でさえ、あいつのことをまるで神さまみたいに思ったんだから、それも当然だな。」
ティーガー「あいつが村を救ったことで、それはこれからも続くものだとみんな思いこんだ。1度救ってくれたんだから、これからだってそうだってな。」
ティーガー「それが特別な力が与えられたあいつの使命で、1度、手を差し伸べた責任なんだというやつもいた。」
ティーガー「馬鹿な俺は、そうなってもまだ、それがどういうことなのかわかっちゃいなかった。」
ティーガー「それどころか、俺の手の届かないところに行ってしまったあいつにちょっとした劣等感と嫉妬さえ感じていた。」
ティーガー「それでも、寂しさなんてものもしっかり感じていたから、ある夜に、あいつのいるところへこっそりと忍び込んだんだ。」
ティーガー「厳重にカギの掛けられた居心地のよさそうな部屋の中、あいつはひとりで泣いていた。」
ティーガー「あいつのまわりに白く輝く飴が散らばってそりゃあ綺麗なもんだったが、その一方で、あいつはしょぼくれていて……、」
ティーガー「前に見たときよりも、ずっと覇気をなくしていた。それで、ようやく俺は気づいた。あいつは神さまでもなんでもない、ただの人間だ。」
ティーガー「ただの人間を、村のみんなが、俺が、無理やり神さまにしちまった。」
ティーガー「……翌晩、俺は村で騒ぎを起こして、あいつの部屋の窓に、とびきり硬い飴玉を投げて割ってやった。」
ティーガー「だが……、合わせる顔なんかあるはずもねえ。あいつが俺の仕業だと気づかれないように隠れて、あいつが無理に逃げるのを見送った。」
ティーガー「……、ユウ、あいつと同じ立場になりうるお前だからこそ、頼みたい。あいつを、この国から連れ出してやってくれないか。」
ティーガー「外の国なら、あいつはただの人間でいられる。あいつが気にかけているお嬢ちゃんのことは、俺ができる限り、どうにかしてみせるから。」
ティーガー「お前にこんなことを頼むなんて、ずるい大人とわかっちゃいるが……、……どうか聞いてやってはくれねえか。」

ターネス「どうしていきなりそんなことを持ち掛ける?」
ユウ「それは……、ええと、ある人の紹介で……。」
ターネス「紹介ねえ……。」
ターネス「……。(たしかに、最近は依頼を受けるために仲介も頼んでいたが……)」
ターネス「スイーツハンターの俺を護衛として雇いたい、なァ?それも、王国の癒術士が。」
メルク「わ、私たちはあやしいものではないのですよ!」
ユウ「いや、いきなり押しかけている時点で、結構、あやしいような気もしてきた……。」
メルク「みゅっ!?どうするのですよ、ユウさん~!」
ターネス(悪だくみをしてる様子じゃないが……、どうにも俺にとって都合がよすぎる。何か裏があるとしか思えねえ)
ターネス(だが……、いっそこの誘いに乗ってみてもいいかもしれねえな)
ターネス(どうせこのままこの国にいても、素性がバレやしないか気を張り詰めて、ひとつの町に留まることもできねえんだ)
ターネス(……この町は、ずいぶん居心地がよかったがな)
ターネス「……。」
ターネス(もしこの町のやつらが俺のことを知ったら。……なんて、想像もしたくねえ)
ターネス(……逃げっか。あやしい誘いであることはわかりきってるが、それでももう、前みてえなことはうんざりだ)
ターネス(責任も使命も、そんな重すぎるものは背負いたくねえ。だからこそ、昨日、マーガレットを見送った。適当な扱いは許さねえなんて、俺のために吐いた言葉だ。)
ターネス(あいつが、豊かさと引き換えに閉じ込められることも、そのつまらなさも、俺は知っていたから)
ターネス(……中途半端な男だ、俺は。手を伸ばすべきだ、そうしたいと考えては、その先を考えて手を引っ込める)
ターネス(俺の全てを懸ける度量がない。それなら……、初めから知らねえようにするしかねえのに)
ターネス「……、チッ。」
メルク、ユウ「……!」
ターネス「……悪ィ。別にお前らにイラだってるわけじゃねえよ。……単に腹が減ってるだけだ。」
ユウ「い、いえ……、あ、それならこれ食べますか?」
ターネス「あ?いや、俺は……、」
ターネス「……これ。」
ユウ「ええと、人からもらったお菓子なんですけど、腹持ちがよくて、おいしくて……、」
ターネス「なるほどな、紹介者はティーガーなわけか。」
ユウ「あっ……。」
メルク「や、やってしまったのですよー!」
ターネス(……意味がわからねえ。今更じゃねえかよ)
ターネス(村のやつらがやってきたとき、俺の背を押したくせに。それで今更、こいつらをよこして俺を助けようとする?仕える姫さまを裏切ってまで)
ターネス「違ェ……。」
ターネス(あの野郎、開き直ってやがる。こうして姫さんに隠れて俺を助けようとしておきながら、いざ姫さんが俺を捕えろと命じれば従うつもりだ)
ターネス(そんな中途半端が、許されるのか。全てを懸けられねえのにそんな救いを与えようとすることは身勝手で残酷でさえあるんじゃないのか)
ターネス(そして……、あいつは知らねえんだ。伸ばされた手の先に、救いがあるとわかった時の、縋り掴もうとするあの逃れられない力の強さを)
ターネス(俺は、あれが、悲しく、憎らしい。それまで優しく頭を撫で、手を握ってくれていたはずの指が絡みつくように俺を神さまの形に握りこんでいくのが)
ターネス(まるで俺が、もはやただの練り飴でしかないみたいに)
ユウ「あの……、ターネスさん。」
ターネス「……、」
ユウ「もうバレちゃったみたいなんで言いますけど……、……俺たちは、ティーガーさんからターネスさんを国外へ連れて行ってほしいと頼まれています。」
ユウ「お菓子の国以外なら、ターネスさんはもっと自由に生きられるって。そして、そのことはターネスさんもわかるはずだって。」
メルク「その……、ターネスさんがためらっている理由は、もしかして、私たちがあやしいからではなく、マーガレットさんが心配だからなのですよ?」
ターネス「……本当に心配なら、今ここでこうしてはいねえだろ。ただ、再確認してただけだ。俺が中途半端な男だってな。」
ターネス「こんなふうにしかできねえのはわかってたはずなのに、どうしてあの時、マーガレットを助けちまったんだろうなァ……。」
ユウ「……、」
ユウ「中途半端でも、いいじゃないですか。それで、少なくともその時、その人が助かるなら。」
ターネス「……、」
ターネス「それで?助けたその先は?」
ターネス「そいつをもうそれ以上助けてやれねえなら、俺は、そんなの身勝手で残酷なことだと思うけどな。叶えられない期待なら、最初からない方がいい。」
ユウ「ターネスさんが助けられなくても、もしかしたら、他の誰かがまたその人を助けてくれるかもしれないし、その人はもう助けを必要としなくなってるかもしれません。」
ターネス「期待を裏切られて、絶望から抜け出せなくなるかもしれねえ。」
ターネス「それに……、どうして助けてくれないんだと追いすがられるのも、助けてくれと引きずり込まれるのも、ごめんだ。」
ユウ「……ターネスさんは、優しい人なんですね。」
ターネス「は?」
ユウ「そういうふうに、感じられる人だから。」
ターネス「違う。……ただ、俺は毎日、気楽に生きていたいだけだ。」
ユウ「それならきっと、自分だけしかいない僻地にでも行くしかないですよ。」
ターネス「……、」
ユウ「助けられても助けられなくても、関わってしまった以上、どうなったって後悔したり、罪悪感を感じたりするから、だから、それなら。」
ユウ「俺は、大切にしたいいろんなものと、その順位の中でみんなできる範囲で助けたいし、大事にしたいですよ。」
ユウ「だって、いろんなことがすごくうまくいって、大事にしたいものの全部がうまくいく可能性にかけたいじゃないですか。」
ターネス「……それで、だめだったらつらいじゃねえか。相手も、……俺もさァ。」
ユウ「でも、少しでも助けたいって思う相手なら、最初から助けなくても、つらいですよ。」
ターネス「……こう、あるだろ。つらさの度合いとか。」
ユウ「……、それでターネスさんが助けたくなくなるなら、助けなくてもいいんじゃないですか?」
ターネス「は?だって、お前さっきまで……、」
ガトー「入るぞ、ターネス。」
ターネス「ガ、ガトー?」
ガトー「会話の途中ですまないな、客人。」
ユウ「い、いえ……、」
ターネス「なにかあったのか?そういやメレンゲが、昨日からずっとお前が家にいないって言ってたが……、」
ガトー「ツテを当たって、調べ事をしていた。」
ターネス「調べ事?」
ガトー「マーガレットの体質を治す方法だ。」
ターネス「な……、」
ガトー「知り合いに、異形の森の研究者がいてな。マーガレットが連れて行かれた事情が分かった段階で、その者にコンタクトを取りに行っていた。」
ガトー「その研究者が言うには、マーガレットの体質変化が森の菓子を食べたことによるものなら、変質したエネルギーの過剰摂取が理由だろうと言っていた。」
ガトー「元に戻すには、森の菓子の大量のエネルギーを少しずつ減らしながら食べさせ続け、ゆるやかに体をならしていけばいいと。」
ターネス「本当なのか……。」
ガトー「可能性の話、だがな。それに、異形の森の食べられる菓子は、幻とうたわれるほど希少なものだ。」
ターネス「たしかにそうだが……、心当たりならある。マーガレットを見つけたところに、幻の菓子があった。だが……、」
ガトー「その菓子を採れば、森が拡大する可能性がある。そして、採ること自体が困難、ということだな。」
ターネス「ああ。」
ガトー「森の拡大に関しては気にするな。もとより、お前がマーガレットを連れ出さなければ遅かれ早かれ、町を呑みこむほどに拡大していただろう。」
ターネス「だが……、その時と今とじゃ、状況が違うだろ。」
ガトー「1度は捨てると決まった町だ。それに、幻の菓子を研究すれば、異形の森を修復する方法も見つかるかもしれん。」
ターネス「それは……、そうかもしれねえけどよ。」
ガトー「ならば、文句はないな。」
ターネス「……。」
ガトー「異形の森はただでさえ危険な森だ。王女殿下付きの従官に協力を仰げば、ことは早いかもしれん。」
ターネス「どういうことだ。」
ガトー「この件がここまで早くわかったのは、俺が訪れる前日に、その研究者が懇意にしているティーガーという従官から同じことを調べるよう、頼まれていたからだそうだ。」
ターネス「……、」
ユウ(そうか……。どうにかするって、こういうつもりで……)
ガトー「その従官の協力を得られれば、幻の菓子を手に入れるのも楽になる。俺もできる限りは力を貸そう。」
ターネス「ガトー……、……ずいぶん、マーガレットを気にいってたんだな。」
ガトー「それはお前だろう。」
ターネス「……、」
メルク「みゅっ、私たちもできる限り協力するのですよ!」
ユウ「俺は癒術士ですから、モンスター相手なら、少しは役に立てるかと思います。」
ターネス「……ほとんどろくに話してもいねえのに、俺たちはお前たちにとって見捨てるには罪悪感のある相手になったわけか。」
ターネス「……それとも、癒術士だからか?モンスター絡みのことなら、癒術士が力を貸すべきだって?お前の大事なものには、義務と使命も含まれてるわけだ。」
ユウ「……、」
ユウ「そりゃ確かに、そういうところもない訳じゃないですけど……、」
ユウ「ただ、俺たちもターネスさんたちの力になりたいと思ってそれができそうな力が俺にあったから、できる範囲で協力したいってことです。」
ターネス「さっきちょろっとしゃべったくらいの相手にねェ?」
メルク「これからもターネスさんとお話してみたいということなのですよ!」
ターネス「……、ちょろいやつらだな。適当に言いくるめられて、癒術士やってんじゃねえのかよ。」
ユウ「それは違いますよ。俺は、ターネスさんが思ってるほどちょろくないし、……やりたいし、できることだから、やってるだけです。」
ユウ「たしかに義務とか使命とか言われたこともありますけど、この旅に出る前……、本当に癒術士になりたくないころは、ずっと家でだらだらしてたんですから。」
ターネス「……、自分でやりたいと思うこと、ね。俺なら……、とてもそうは思えねえなァ。」
ユウ「……それならそれで、いいじゃないですか。そういう力があるからって、必ず役立てないといけないわけじゃない。」
ユウ「それはおかしいって言う人もいるかもしれませんけど、それでも、本当にそうしたくないと思うなら、やりたくないって言っていいと思うんです。」
ユウ「それに……、やりたくないことを覆すほどの何かがないなら、それは、うまくいかないことも多いんじゃないかって。」
ユウ「……もし、俺の旅の始まりが、納得してない義務と使命だけだったら、たぶん、今の俺はいなかったと思うから。」
ターネス「……、」
メルク「みゅっ!?な、なんなのですよ!?」
ガトー「外からだ!」

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